My souls with you

 登美丘眞愛は、優歌の墓標の前で、そのを濡らしていた。悲しかったのではない。名前の字義通り、彼女は真実の愛を探していた。そうして、やっと人生の伴侶を見つけたと思った矢先、優歌に先立たれたのだった。それが何故悲しくはないのか。その答は、彼女の遺書に在る。それはたった五行の肉筆だった。



 この世界は、情熱を持ち続けるには、冷めたすぎる。

 わたしは此世の森厳たる言霊の前に、心から涙を零した。

 為に、わたしの心は暴風雨あらしによって、斃れた。

 けれども、わたしという一つの夢は、土に還り、軈て花が咲く。

 わたしという種が蒔かれた真実が、人々の胸にいつまでも温もりを与えるだろう。


 この遺書は、インターネットの遺書投稿サイトで見つけたものだ。既に亡くなった人の遺族が投稿するパターンと、自らの死を悟った老若男女が、遺書を書き記し、投稿するパターンとがある。

 眞愛は、優歌がアルバイト先でいじめに遭った事実を知っていた。優歌は耐えた。彼女は、寧ろ、過労死だった。

 学生の身で過労死とは、その知性、肉体、感情という個性を形成する優歌の大志が、道半ばに斃れたと云っても、その将来の道標は、路傍に咲く花のようにある。

 「そんなに辛いなら辞めたらよかったのに……」

 と、眞愛は、呟くように言った。

 ところで、眞愛は、城下の書店でアルバイトをしていた。

 或る日、出勤し、ロッカーで着換えたあと、一階の奥のレジの前に立った。三〇分に一人、客が来る。

 本の茶色のカバーを掛けるのに手間取った。

 「あ、もういいです」

 と、客は言った。

 「申し訳ありません……」

 眞愛は、少し気を落として、其儘売った。

 二階に昇る階段の傍で、客に止められた。作家の名前を急に言われて、眞愛はメモ用紙に作家名を書いて、社員らしき女性に尋ねた。

 「ああ、一寸待ってね、調べるから」

 眞愛は、社員に任せて、レジ業務に戻った。

 社長が来た。

 「あの女子高校生の二人組を見てて。レジはいいから」

 「はい。判りました」

 眞愛は、退屈なレジ業務から一と時解放された。けれども、女子高校生の二人組は、本の窃盗などする様子はなかった。

 女子高校生の二人組は、本を偸むことなく、雑誌と小説を買っていった。

 「ありがとうございました」

 「一寸いいかな」

 社長が再び現れた。

 「何でしょうか」

 「クレームが来てます」

 「態度が悪いという苦情が来ています」と社長はいってから、少し許り黙った。何やら考えているようだった。

 「……気を附けます」

 「はい。よろしくお願いします」

 社長は丁寧にそう言って、何処かへ行った。

 その後、少し時間が経ってから、珍しい楽器のようなものを持った客が来た。その客は鳥の鳴き声の研究をしている、と言った。

 「何か、気になるんだよなあ……」

 眞愛は、苦笑した。

 業務を終えて、事務室入り口に設置されたロッカーで着換える。居合わせた社員の女性が、小声で、ぽつりと「おなか空いたな……」

 「おなか空きましたね」

 と、眞愛は言った。

 聴こえないふりをしてもよかったが、思わず反応して了う。社員の女性は不覚を取った、という顔をした。

 錠をして、書店を出る。飲料自動販売機のすぐ傍で、蹲っている女性が居た。

 「大丈夫ですか……?」

 おそるおそる声を掛けた。

 三〇代前半辺りに見える女性は眞愛の顔を見て、ビックリしたらしかった。そののち、奇跡を目の当たりにしたような様子の女性は、けれど無感動に顔を近附け、警戒心を露わにしている眞愛の唇に、くちづけをした。

 眞愛は、びくりとした。何か、すっかり忘れていた大切な思い出が思い出される。愛されないならいっそ死んでしまおう。死んでしまえば、思い出は、余りに愛しく、美しい儘だ。然し、その短い生涯を、自ら閉じた罪は、一体、どう償えばいいのだろうか。

 「葵、私だよ、周防だよ……」

 「周防……」

 複雑な表情をした周防は眞愛の可愛らしいてのひらを恥かしそうに取った。

 思い出した。その幸福だった前世を。而して愛する人がいま目の前に居る奇跡に、神に感謝の念を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

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My souls with you 小松加籟 @tanpopo79

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