第6話 キツネの正体

 昼の時間は、午前中よりも、少し長く感じたが、それは、前半が自分で感じていたよりもあっという間に過ぎたことで、自分の中で、時間に対しての感覚がマヒしているのを感じたからだろう。

 そしてもう一つは、

「時間を無為に過ごしているようで、それがもったいないと思った」

 と感じたからかも知れない。

 結局一日を通して感じた時間というのは、

「思ったよりも、想像通りに落ち着いたかも知れないな」

 という思いであった。

 そういう意味もあってか、一日目としては、想像していたのと同じくらいの出来上がりになったが、紗友里としては、満足のいく結果ではなかった。

 本当は想像していたよりも、もう少しできていてよかったと思っている。いつも何かを計画した時、その時間配分を最初に計算するのだが、最初は平均的なレベルに比べると、少しサバを読んで計画するつもりでいた。

 だから今回も、もう少し早く進むつもりでいたのに、計画通りということは、

「不満はないが、何となくモヤモヤしたものを感じる」

 というすべてが中途半端な気持ちにさせられるのだった。

 それを思うと、この滝に何か、描いている時に、ふと考えさせられるものがあるような気がした。

 要するに気が散っているという感覚である。

 何に対して気が散っているのか自分でも分からない。だが、滝をじっと見ていると、何かそこに吸い込まれていくように感じるのは事実だった。

 確かに風が強いことで、描くことが容易ではないことは分かっている。だからと言って、時間が押してくるほど、描けないというわけでもない。何と言っても描いている自分が一番よく分かっているからだ。

 書いているうちに、この間感じた、自分の中での絵に対する感覚を思い出してきた。

「そうだ、省略できるところが大胆に省略するんだった」

 と思いながら、絵を描いていた。

 描きながら省略できる部分を考えると、その場所というのが、滝の横の地面に生えている雑草のようなものが風に揺れていたが、滝に近い部分は別にして、自分の方向から見て、延長線上に滝があるその雑草は邪魔な気がした。

「雑草は横にあればそれでいいのであって、滝を隠すものではないんだわ」

 と感じたのだ。

 そう思って描いていると、その先には何もなく、ただ滝が勢いを増してくるような気がして、絵を見ただけでも、轟音が分かりそうな絵に仕上げたいと感じたほどだった。

 だが、それは実際には無理であり、逆に絵の中だけは静寂であるという思いを抱かせるという意味で、隣にある祠は必要不可欠なものだっただろう。

 絵を描いているうちに、初めてこの祠の存在価値を見出すことができた気がした。

「この祠の存在で、滝を絵の中心に持ってくるのではなく、祠の存在がバランスを取ることで、ここがダイナミックさを求める壮大な場所ではなく、バランスを保つことで、森にある木々の一つ一つの存在が、意味を成している」

 という気がした。

 だからこそ、先ほど大胆な気持ちで、思い切って、滝を延長線上に見る場所の雑草を、省略できたのかも知れないと感じたのだ。

 ゆっくりと前を見て、鉛筆を立てるようにして、遠近感とバランスを計りながら描いていた。

 絵画サークルでは、そのように教えられたのだが、実際には自分流に描くのが今までの紗友里だったが、こうやってスペクタクルな大自然を前にしていると、それこそ自然と絵の基本ができているのだろう。

 案外と芸術を前にした時というのは、下手に余計なことを考えない方がいいのかも知れない。

 そんな風に考えた紗友里は、どんどんと絵の世界に入り込んでいるようで、その気持ちが、意識の中で、絵というものが時間のバランスをも保たせる力を持っているのではないかと感じたのだ。

 絵に限らず、芸術というのは、そういうことかも知れない。

 先代がやっている俳句にしても、そうだ。

「俳句というのが、あまたある言葉の中から、韻を踏む形での語呂の良さである、五七五という文字数で、表現するわけだから、当然、制限はかなりかかっているよね。しかも、季語が必要であったり、その気後も多重の禁止、そして、その季節の句を詠むのを基本にしているのよね、そういう意味での文芸の世界は、文字数が少ないほど、テクニックが余計に必要なのかも知れないね」

 と先代が言っていた。

 先代が俳句をどうしてやりたいと思ったのか分からなかったので、一度聞いてみたことがあった。

「私は、本当は小説を書きたいと思ったんだけど、なかなか難しくてね。数行書いただけで挫折したんだ。そこで、それなら短い文章からどんどん長い文章にしていけば、段階を踏むことで、書けるようになるんじゃないかって、単純に考えたんだ」

 という、

「それは分かります。普通は誰もが思うことですよね」

「でも、実際にやってみると、短い文章の方g難しく、高貴が気がしてきたんだよ。そこで感じたのが、俳句というのは、自分のような人間がするにはふさわしいとね」

「どうしてふさわしいと思ったんですか?」

「俳句というのは、短い文章に制約が多い。でも制約や束縛の中から生まれる芸術というのは、果てしない可能性を持っているような気がしてね。そしてもう一つ考えたのが、芸術というものは、大胆に省略することができる力を持った人でないと、難しいのではないかと思ってことなんだ」

 という話だった。

 その頃、すでにデッサンを趣味にしていた時期だったので、先代の話、特に最後のところは、完全に意見が一致していた。

 そして、それを訊いた時、紗友里はなぜか先代が、自分の命がそれほど長くないということを悟っているかのように感じたのだ。

 今度の温泉旅行に関して、旦那にはこれっぽちも後ろめたさはなかったが、先代に対しては悪いことをしていると思っていた。それだけに、ここでのデッサンはしっかりしたものを仕上げて、自分のスキルが上がったということを、自分でも納得したかったのである。

 先代の俳句、そして紗友里の絵画ともに、似ている趣味というわけではない。だが、心を通じ合わせるという意味では、共通点が多いことを、紗友里は知った。

 だが、それ以前に、先代の方は最初から分かっていたようで、絵画を始めたいという紗友里に対して、

「応援しているよ」

 と言ってくれたのは嬉しかった。

 それだけに、絵画を理由に、不倫旅行に出かけてきたことへの後ろめたさは、先代に対してだけは大きく持っていたのだ。

 だが、最初こそ不倫旅行と思っていたが、来てみると、やはり絵画のための旅行であり、不倫相手がついてきたというだけで、ついでのようなものだった。

 だが、実際には不倫であることに変わりはなく、まるで言い訳を紡いでいるかのように見せているあざとさに、自分の中であまりいい思いがしなかった。

 一日目に何かモヤモヤした気分が残ったのは、そのあたりの複雑な感覚があったからなのかも知れない。そして、この絵が今のところまだ明日に完成させることは難しいと感じた紗友里は、

「私、絵が完成するまで、ここにいようと思うんだけど」

 と孝弘にいうと、

「そうなんだ。俺の方は戻ってから仕事があるので、予定通りに帰るけど。それでいいか?」

 と言ってきたので、

「ええ、いいわ。その方が自然だもの」

 と、何が自然なのかハッキリというわけでもなく、男の方も別に言及することもなくスルーしてきたので、その場だけのことかと思ったが、紗友里の中では、この思いが本音であることを自覚していたのだ。

 紗友里は、宿の人に、自分だけが残ると説明したが、ちょうどその部屋に予約が入っていないこともあり、三日ほど余計に宿泊を伸ばした。

 家の方でも旦那と先代に迷惑を掛けるがと言って連絡した。旦那はどう思ったのか電話では分からなかったが、先代の方は、

「そうか、そうか、それならゆっくりしてくればいい」

 と、まずそれ以外の回答は思いつかなかったほど、返事のツボに嵌っていた。

 それから、三日間は、ゆっくりと絵を描くことができた。家事もせずにゆっくりとできたのはよかったが、その時、一人友達になった人がいた。

 彼女は一人で泊りにきていた、彼女が泊りに来たのは、ちょうど孝弘が帰った翌日で、

「これでゆっくりできる」

 と思い、まるで自分がプロの画家にでもなったかのような気持ちで、絵を描いていたのだが、その様子を滝を見にきたその彼女に見られて、その女性が思わず紗友里を見て笑ったのを、気付いたことから、話をするようになった。

「ごめんなさい、別に悪気があってのことじゃないのよ。あなたの絵を描いている様子が、本当に時間を贅沢に使っているという雰囲気に感じたことで、思わず微笑ましくなったので、それで笑ってしまったの」

 と言っていた、

「私に贅沢な時間を感じたというの?」

 とその言葉を訊いて、紗友里は聞き返した。

 なぜなら、紗友里も自分でまったく同じことを思っていたので、感性が同じだと思ったのだ。

 もし、彼女が少しでも違ったことを言っていれば、彼女に興味を持つことはなかっただろう。しかし、自分の考えていることと寸分変わらずの話をしているのを感じると、まるで運命か何かで引き寄せられているかのように感じたのだった。

「ええ、贅沢な時間。それを見て私は羨ましいと思ったのよ。人の贅沢な時間というのは分かるくせに、自分が果たして贅沢な時間を使ったことがあるのかと思うと、嫉妬するような気持ちになるのよね」

 と彼女は言った。

「それはきっと、自分のことは、鏡か何かの媒体がないとみることができないのと同じことなのかも知れないわね。自分の顔なのに、身近な人の中で一番見たことがないとすれば、それは本人でしょうからね」

 と、紗友里は言った。

 それを訊いて彼女も、

「うんうん」

 とばかりに頷いたが、その思いに間違いはないであろう。

「でも、贅沢な時間って、何なのかしらね?」

 と彼女がいうと、

「それはきっと、自分ではあっという間だったと思うことが実際には結構時間が経っている場合なんか、そうなんじゃないかしら? 本当はゆっくり味わいたいと思うことであっても、あっという間だったということに、もったいなかったとは思わないでしょう。それは自分の意識の中で、贅沢に時間を使ったからだって、思うからなんじゃないかと私は思うのよ」

 と、紗友里は言った。

「私は舞鶴真由美というんだけど、今二十八歳になったところなのね。私のような小娘にと思っているかも知れないけど、私はあなたのことをお姉さんのように慕っているような気持ちになっているのかも知れないわ。だから、ため口になっているんだけど、ごめんなさいね」

 と彼女がいった。

 紗友里は一人っ子だったので、兄弟や姉妹というものを分からない。真由美が、

「妹と思ってほしい」

 というのであれば、妹のように思いたいのだが、実際に妹がいないので、どうしていいのか分からないところがあった。

 そんな自分の戸惑いを知られたくないという思いもあった。

「私、一人っ子だったから」

 というと、

「そんなの関係ないのよ。お姉さんだって、お友達はいるでしょう? そのお友達の中で、いつも気にかけているような人がいれば、それは姉妹のような気持ちになっていると言ってもいいんじゃないかしら? 何でも相談してほしいとか、もし、相談に乗ってくれば、自分ならどういう態度で接するかしら? などという感覚に陥ったことってありますよね?」

 と言われて、

「ええ、あると思うわ。でも、実際にはかなり昔のことになるので、なかなか思い出せないかも知れない」

 というと、

「でもね、お姉さんが心の中で妹がほしいという思いがあるのだとすれば、そういう人が現れれば、昔の記憶がよみがえってくると思うの。人の記憶というのは、そういう時のために一度は封印されているのではないかと思うのよ」

 と、真由美は答えた。

 話をしていて、紗友里は真由美が何をいいたいか。真由美は紗友里が何を言っているのかということをお互いに分かっているような気が、お互いにしていた。そう思うと二人は初対面のはずなのに、過去にも何度かあったことがあるような気がする。

「気のせいではないか?」

 と思うと、その感情を打ち消している自分がいるのだった。

 そういえば、紗友里は今までに何度か、妹がいるという夢を見たことがあった。目が覚めるにしたがって、妹の夢を見た時は他の時と違って夢から覚めるのが比較的早かった気がした。その都度、

「また同じ夢を見て、今感じているのと同じ思いをするのではないか?」

 とも感じるのだった。

 だから、もう一度(と言わず、何度も)同じ夢を見るのだろうが、その都度、思い出すということは、どこかで忘れてしまうのだろう。

 それがいつなのかということを考えてみると、紗友里に中では、

「夢を見る寸前なのかも知れない」

 と感じた。

 人は夢を見る時、それ以前の意識をすべて、一度記憶として封印することで、新しい夢を見たと思うのではないかと感じた。

 人間というのは、絶対に既存のものを見るよりも、何か新しいものを発見したり、開月することに喜びを感じるのだ。それができるということが、人間にとって他の動物にはない特権なのではないかと思う。

 そんな時、夢は新たな開発への起爆剤になるのではないかと思っている。だから、起爆剤になるための要員として、一度頭の中をリセットする必要がある。そのリセットしたそれまでの意識は一度どこかに退避しておく必要があるだろう。それが、

「記憶の奥の封印」

 というものなのかも知れないと思うと、漠然と考えていた、この空間を、自分の中で正当化しようと思うだろう。それがリセットという発想であれば、どこか辻褄が合っているように思うのだ。

「私ね。時々夢を見るのよ。お姉さんがいればよかったってね」

 と真由美がいうと、

「あなたにはお姉さんはいないの?」

 と聞くと、

「私もお姉さんと同じ一人っ子だったのよ。だから、お姉さんが欲しかったという思いが強いうえに、ちょうど今目の前にいたあなたが、お姉さんのイメージにピッタリだったので、それで思わず笑ってしまったというのも実際にはあるの。そういう意味では私の思い描いているお姉さん像は、さっきお姉さんに感じた『贅沢な時間を使っている人』というイメージなのかも知れない。だから、相手が私より年下であったとしても関係ないの。お姉さんの定義を満たしていれば、皆私にとってのお姉ちゃんなのよ。そして、さっきお姉さんは私に対して、初めて会ったような気がしないと思ってくれていたでしょう? 私も同じことを感じたことだけで、十分な気がするんだけどな」

 と真由美は言った。

「私は金沢紗友里と言います。三十五歳なんですよ。でも、私これでも主婦なんですよ。見えないかも知れないけど」

 というと、真由美はニッコリと笑って、

「主婦だなとは思いましたよ。贅沢な時間の使い方にも、既婚と未婚で違うような気がするのよね」

と言った。

「どういうこと?」

 と聞くと、

「未婚の場合は、贅沢な時間を使っているという自覚があると思うのよ。でもその自覚があるだけに、絶えず裏側には不安が渦巻いている。それは考えれば考えるほど大きくなるというスパイラルを背負っているのよ。でも既婚の場合は、そういう不安は意外と小さい。なぜなら、感じた不安を自分で消化できる力があることを自覚しているのよ。自浄効果のようなものがあると言えばいいのかしら? だからといって、未婚者は贅沢な時間を使ってはいけないというわけではない。むしろ使い方がうまいのは未婚の方だって思うのね。自覚をなかなか持てないというのが理由のような感じがするんだけど、これは勝手な私の意見なので、どう解釈するかは、その人それぞれなんじゃないかしら?」

 と、真由美は言っていた。

 なるほど、真由美の言っていることには、いちいち納得するところがある。こちらが必死になって質問を考えていて、どんな質問をしてくるのかというのもあらかじめ分かっているかのようで、下手をすれば、すべて見透かされているようで、忌々しさすら感じさせられる。

「ところで紗友里さんは、どうしてこの温泉に?」

 と訊かれて、

「ええ、ちょっと温泉に浸かりたくなって、主人には、絵のサークルで来ていると言ったんだけど、ご覧の通りです」

 行って苦笑いをしたが、

「そうなんですね。それで贅沢な時間に見えたというわけですね」

「ええ、そうです」

 いずれは正直に言うかも知れないが、さすがに出会ってすぐの相手に、

「不倫旅行だ」

 というのは忍びなかった。

 だが、彼女の何でも相手を見透かしている様子から考えれば、紗友里がウソをついているというか、言葉が足りないところは当然看破しているのではないかと思えた。

「真由美さんはどうしてここに?」

 と聞き返すと、彼女の表情は意外そうに見えた。

「私にウソを言っておきながら、私のことを聞き出そうというの?」

 とでも言わんばかりの表情に、ドキッとしてしまった。

 しかし、彼女の考えているのはそこまでのようで、

「自分のことを棚に上げて」

 というような雰囲気ではないようだった。

「人間、言いたくないことはいくらでもある」

 とでも言いたげな表情に、お互いに腹の探り合いをしているかのように感じた。

 しかし、それは決して嫌なものではなかった。くすぐったさを感じるかと思ったが、どこか心地よさがあった。

 相手のことをいろいろ観察してみるのもいいことであり、それは、気心の知れた相手でないとできないと思っていたことから、まだ出会ってすぐの真由美に対して、運命のようなものを感じたと言っても、不思議ではないだろう。

「紗友里さん、そこでじっと座って描いているようですけど、腰が痛くなったりはしないんですか?」

 と、真由美が聞いた。

「ええ、大丈夫よ。まだそんな年ではないからね」

 というと、真由美が少し怪訝な表情になり、

「年に関係なくということなんですけど」

 と、意味の分からないことをいうのだった。

「どうして、そういうことを訊くの?」

 と訊ねると、

「お姉さんは、ここのおキツネ様のお話をお聞きになりました?」

 というので、

「ええ、板前さんとのお話でしょう?」

 と答えると、

「ええ、でも、きっとお姉さんはいい話しか聞いていないんでしょう?」

 というではないか。

「ええ、宿の女中さんから聞いた話だったんだけど、詳しいことは分からないと言っていたわ」

「それはきっと、女中さんがそこまでしか聞かされていないからね、このあたりの出身でも何でもないのかもね。温泉の宣伝用に聞いた話をそのまま話しているだけなのね」

 ということだった。

「じゃあ、他に言い伝えでもあるというの?」

 と紗友里が効くと、

「そうね。私の聞いた話では、その後で、キツネは板前の子供を身籠るの。そして、奥さんであるキツネが、臨月を迎えると、奥に籠って、決して覗かないようにって言っておいて、中に籠ったんだけど、男はその禁を破って覗いてしまったの。すると、そこではキツネが恐ろしい形相で眠っていたらしいの。それを見た男は恐ろしくなって、キツネを退治したということなんだけど、本当は臨月で大変だったことで、別にキツネが男を裏切ろうとしていたりとかいうわけではなかった。人間のオンナだって、臨月で苦しんでいるところを旦那とかに見られたくないでしょう? それと同じだったのに、結局は男は相手がキツネだということが最後は怖くなった。それで、退治してしまったということになるのよね」

 と、真由美は言った。

「それで、旦那はどうしたの?」

 と紗友里は訊いた。

 紗友里が一番聞きたかったのはそこであり、ここでおとぎ話が終わるわけはないと思ったのだ。

 それに、この話は温泉街の人たちは隠そうとしているのだ。当然、恐ろしい結末が待っていることは分かり切っていた。

「どうやら、おキツネ様の祟りに逢われたのか、その後三日間ほどうなされていたらしいの。その後は、気が触れてしまったようで、家にいても時々狂気のような笑いを家全体に響かせてまわりを不安にさせていたというの。でも最後は、あの滝に飛び込んだっていう言い伝えも残っているわ:

 という真由美に対して。

「今の話を訊いていると、何か違和感があるんだけど?」

 と紗友里が指摘すると、別にその指摘に対して驚きも見せず、まるで当たり前でしょう? とばかりに、

「実は男が滝に飲まれたというのは事実らしいんだけど、実は村人の数人が、キツネの仕業であることを知っていたようで、その祟りであれば、この男を生かしておけば、村に災いが降りかかるということで、気が触れたということにして、何人かで、男を滝つぼに叩き落したという説もあるらしいの。私は実はこっちの意見の方に信憑性を感じるんだけど、要するに恐ろしいのはキツネではなく、人間の疑心暗鬼と不安が、このような悲劇を生んだんじゃないかと思ってね。人間というのは、それだけ自分たちが特別だと思っているということなんじゃないかって思っているのよ」

 というのだった、

 紗友里も黙って頷いたが、まさにその通りだった。これはキツネの正体が云々というよりも、その裏で暗躍した人間の本性が、ここでのキツネの正体なのではないかと思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る