第8話 三すくみの関係と均衡映像
「三すくみというと、じゃんけんであったり、ヘビ、カエル、ナメクジのようなあの関係ですか?」
というと、
「ああ、そうだよ。じゃんけんなら、パーはグーには勝つが、チョキには負ける。グーはチョキには強いが。パーには負けるというやつで、ヘビはカエルを食べるけど、ナメクジには溶かされる。カエルはナメクジには強いけどヘビには食べられるという関係だね」
「それぞれでその効果を打ち消すというか、下手に動けば、自分が別の方向から打たれるので、動けないという感じですか?」
「そうだね、けん制し合う感じなんだ。だから、それぞれを一つのところに入れておくと、均衡が保たれるという考えもあるけど、例えば、入れ墨などを施す時、近親者の三すくみの絵柄を選んではいけない。お互いを食い合ってしまうという言い伝えもあったりするんだ」
と、先生は言っていた。
その話を訊いた時、高杉は何か一つの結論に到達できそうな気がした。その結論にはすでに先生は辿り着いていて、それを密かに自分に教えているかのように感じた。
「それぞれ感じた臭いが混ざり合うと、無臭になるというのはどういうことなんですか?」
と高杉は訊いた。
「高杉君は、いくつかある三原色というのを知っているかい?」
と聞かれたので、
「ええ」
と答えると、
「三原色というのは、白色の光を合成するための波長を、三原色と言って、光の三原色、色光の三原色という言い方をするんだ。その時によく教材にされたりするのが、厚紙で円盤を作って、その間に糸を中心を起点にして通して、両側に引っ張ると、円盤が高速でまわるようにしていき、円盤の表面に、三原色の垢、青、黄色の色を均等に放射状にして縫っておくと、高速でみれば、それぞれの色が反応しあって、白い色に変化するんだ。それを利用して透明を演出しようという研究も昔から行われているが、考え方は三すくみから来ていて。そして、高速にすることで化学反応を起こすという発想は、遠心分離の発想から来ているのだと思うんだ。だから、これらの三つの臭いも、三すくみの関係にあって、それぞれが刺激し合うことで、臭いを打ち消し合うと、無臭だけど、効果はそれぞれ三倍の効果をもたらすという恐ろしい兵器にも匹敵するものができると思うんだ。もちろん、兵器としてしようすることは厳禁なのだが、そんなことは反政府組織や海外のゲリラなどには関係ない。そこに目をつける組織もあって、莫大な金になるということで、今は水面下で、研究と売り込みが激化しているところなんだ」
というではないか?
「じゃあ、僕の身体はそういう反政府組織に狙われるようなものだというんですか?」
と急に恐ろしくなってそういったが、
「いや、そこまではきっと分からないだろうね。それに君はまだそこまで力を持っているわけではない。むしろ君がもしその力を使うことができるとすれば、それは兵器などの物騒なものではなく、今の君の職業において、役に立つことだと私は思うんだ。つまりは、それがどういうものかというのを私も知りたくて、君には申し訳ないが、数日間精密検査を受けてもらっているんだよ」
と言われて。
「じゃあ、僕は別に身体のどこかに問題があるというわけではないんですね?」
「ああ、そうだよ。問題があるわけではないが、他の人とは若干違っていて、他の人にはない力を出すことができる。ただ、これはいわゆる超能力と同じで、自分の中に潜在している能力が引き出されているだけで、媒体を利用しているので、念のために、本当に問題がないかということを調べているところなんだ。だけど、一つだけ今までに分かったことを忠告しておくと、君の持っている力は、今はまだ中途半端なものなので、決して過信をしてはいけないと思う。自分の意志とは違う結果を、その力が引き出すことになるかも知れないけど、だからと言って、それをすべて信用することのないようにしてほしい。あくまでも自分の思っていることに逆らうようなことはなく、力で分かったことは参考程度にしてほしいんだ。これが私の君に対しての要望だと思ってほしい。そして、もし何かちょっとでも気になることや、何かに迷いそうなことがあれば、いつでも私に言ってほしい。下手に迷って出した結論が間違っていた場合、取り返しのつかないことが往々にして起こったりする。私はそれが怖いんだ」
と先生は言った。
「分かりました。ところで僕が今の段階で感じているのは、先生のおっしゃった超能力というようなものは、何かの予知能力のようなものではないかと思うんですが、違うでしょうか?」
というと、
「ああ、そうだよ。その力は君だからこそ許される力なんだ。他の人も持ってはいるんだが、それを使うことを許されていない。だから表に出てくることはないし、人間は基本的に予知能力を使うことのできない動物で、もしそれを使うことができれば、それを超能力と呼ぶのだと思っているんだろうね。でも、実際には、予知能力というものを持っている動物は他にもたくさんいるんだよ。だけど、人間にはそれが分からない。唯一分かるかも知れないこととして、動物によっては、自分の死期が分かったりするというだろう? 死を感じた動物が、自分の死ぬところを見られたくないという思いから一人孤独に死んでいくという発想だね。あれは人間にだってあるんだ。そして、自分の死期を実際には悟っているんだけど、それでも、それを錯覚だと皆思いたいんだろうね。だから、せっかく力を持っていても、否定しようとする。もっとも、それが現実なら、もう自分の命が燃え尽きるのが分かってしまった証拠なので、普通であれば、何もやる気も起こらないだろう。そこで、欲というものに対しても淡白になり、そこまで来ると、感情はあってないようなものになるんだろうね。実に皮肉なものではないだろうか?」
と先生は言った。
「そんな力って、本当に皮肉なものですよね。人間知らない方がいいこともあるって思ってしまう。じゃあ、僕もこの能力を持ったことで、死が近づけば分かるんだろうか?」
と聞いたが、
「今だって、その気になれば、想像することはできる。だけど、潜在意識は、そんなもの知りたくないと思っているから、決してすることはないんだろうけどね。でも人によってはそれでも潜在意識にもまして、知りたいと思う人はいるようで、その人は結局それを知ってしまい、急にやる気をなくして、何もできなくなるか、逆に、生きている間に、欲望だけを表に出して、生きようと思うだろうね。しょせんそういう人に限って、寿命は短いものだし、やりたいことが犯罪であっても関係ないと思うんじゃないかな? 人間というのは、死という終着点が自分で見えてしまうと、究極の選択をするものであって、
「何もやる気をなくしてしまって、ただ死を待つだけの放心状態になるか、それとも、どうせ死ぬのだから、この世で思い残すことのないように欲望のままに人生をまっとうするか?」
という二択になるのではないだろうか?
欲望のままに生きるということは、法律や人間関係などは、優先順位としては低いもので、あくまでも、優先順位は、
「自分の欲望」
である。
そこには、倫理も秩序も存在しない。犯罪であろうが、相手がどうなろうが関係ない。まるで知らない人が見れば(知っている人など誰もいないという前提であるが)、
「気が狂ったのではないか?」
と感じることであろう。
今まで誰かに迫害されていたとすれば、その人への復讐、最悪殺人も考えることだろうし、好きな人がいて、その人が自分のことを毛嫌いしていると思えば、浚ってきて、監禁し、今までの自分に対しての思いを、相手の屈辱感で償ってもらうかのように感じることだろう。
もし、自分がSでなかったとしても、ほとんどの人間が、S性か、M性を持っていて、人によっては、その両方を使い分けることができるとすれば、今までM性だけを表に出していた人はその反動から、自分の死期が分かれば、S性を前面に押し出して、
「こいつの屈辱感を最高の慰めとして、俺は自分の生きた証をこの世に残すことができるんだ」
という思いの元、後はやりたい放題になるのではないだろうか。
どうせ、警察に逮捕されたとしてもやりたいことをやり通した自分は、そのまま監獄死したとしても、本望だと思うことだろう。
そんなことを妄想していると、先生の言っていることが分かってきた気がしたが、先生としては、高杉がそこまで考えているということを、最初から分かっていたのであろうか?
もし分かっているとすれば、先生のこの研究の向いている方向はどっちだと言えるのだろう? これが先生の、
「ご乱心」
だとすると、どういうことになるのか?
高杉は、何となく全貌が見えてきそうだが、最後はベールに包まれている最終結論を見ることができず、やきもきしていた。
それから最後の日になると、さすがに検査にも疲れてきた。何度も意識を失ったり戻ったりするのは結構楽でもない。そのことを先生にいうと、
「実は、門倉君に話をして、君の復帰を二日遅らせてもらっているんだよ。だから、まだ三日は何もかも忘れていても構わないんだ。検査の方は今日で終わるんだけど、あと二日、ここで入院していても構わないし、退院しても構わないが、どうするね? 私はここにいるのもいいのではないかと思うんだ。別に何かがあるというわけではないが、私に聞きたいことがあればと思ってね」
と先生は言った。
「じゃあ、後一日だけ、病院にいて、もう一日は家に帰るというのはありですか?」
というと、
「それはもちろん、高杉さんの自由ですよ」
ということだった。
高杉は、先生の意見をなるべく聞きたいと思ったのだ。先生の話では検査の結果が分かるまでに、一週間近くかかるということであったが、高杉には先生にはすべてを分かっていて、その結果は裏付け取りに過ぎないということは分かっているつもりだった。
高杉は、ここに入院中に何度、意識を失うような検査をしただろうか? 中には苦痛を伴うかも知れないと言われた検査もあったが、看護婦さんがいうほど苦痛な検査はなかった。それよりも、二日間入院してきて、何度も意識が遠のいたりするのを感じていると、まるで今まで見て、忘れていた夢を取り戻しているかのような気がしてくるから不思議だった。
もし、この検査を知らない人、医療従事者の人が見ると、ひょっとすると、やめるように先生を諭しているかも知れないと感じるほどのものであった。
「人間って、そんなに何度も気を失って大丈夫なんでしょうか?」
と聞くと、
「大丈夫ですよ。眠くなったら寝るでしょう? 眠くなった時に無理して起きていようとしたり、起きなければいけない時に、スタミナドリンクを飲んで、無理に起きていようとすることだってある、人間はそれだけのことに耐えられるようにできているんじゃないですかね?」
と先生はそう言った。
やはり先生と言えども、さすがに結果論からの話には確信的なことはいえないののであろう。
「ところで、迷信だと思うんですが、これは子供の頃に聞いたことで、あの頃はずっと信じていたんですが、気になっていることがあってですね。それは、人間が寝る時間というのは決まっていて、だから、あまり寝すぎると、長生きできないよ、って言われたことがあったんです。たぶんいつもずっと寝ていた私に対して、おじいちゃんだったか、おばあちゃんがそういっただと思うので、小さな子供に大人がいう戯言の一種だと思ってはいたんですが、言われた時に感じた印象が強かったんでしょうね。迷信だって思いながらも、心の奥で信じている自分がいるんですよ。自分がおじいちゃんになったら、孫に同じことをいうんじゃないかって思うと、思わず笑えてくるんですけどね」
と、高杉は話した。
すると、先生は、
「私も似たような考えを持っています。でも、この検証はほぼ不可能に近いので、それが正しい、間違っているということはまったく言えません。でも、その理屈というのは大切なことで、それを正しいと思って、そこから生まれる発想を、自分の研究や臨床試験に行かしてみることで、自分の仮説を検証してみる一つの過程になるんですよ。そういう意味での似たような発想は、実は山ほどあるんです。何しろ夢の世界というものは、ベールに包まれたものですからね。いわゆる、昼と夜の世界なのか、異次元やパラレルワールドのような世界なのかという発想ですよ」
と言った。
「どういうことですか?」
と聞くと、
「昼と夜の違いというのは、時間が違うので同じ世界にあるものだということを証明しているようなものでしょう? でも、異次元やパラレルワールドの発想は、同じ時間に、同時に別々の次元、いわゆる世界に存在しているものですよね? まったく違う発想ではあるけど、世の中というのは、必ずどちらかに含まれているんですよ。人間というものは、どうしても自分中心じゃないですか。だから、同じ時間に存在しても、自分が見ていない、感知していない世界は、まるで別の世界のように思っている発想。たぶん意識はしていないと思うけど、持っているはずなんです。その発想が、夢というものの概念に結び付いてきて、その感情を証明したいと思うのが、今回の検査でもあるんです。もちろん、これから証明したいと思っていることへの、まだまだ導入部でしかないですけどね」
と先生は言った。
「すごく難しいお話のようですが、何となく分かる気がします。私は先生のその仮説に一役買えるのであれば、それもいいのかなと思いますよ」
というと、
「そう言ってくれるとありがたい。だから、私はこれが医学界だけではなく、他の世界でも使えるものとして証明できればと思うんだ。お金の話をすると、少し俗っぽくなってしまうが、研究するにもどうしても、お金と時間が掛かるんですよ。本当は厚生労働省から資金提供があればありがたいんですが、そうなると、国家事業になってしまって、信憑性のないものを研究できなくなる。それも困るところで、そのことがジレンマとなってのしかかってくるんですよ。私の研究している内容は、証明するのが難しいところでもあり、だから余計に、医学界だけへの貢献ではないと思うんですよ。たとえばあなたたち警察にとっても、今のように、事件が起こってからでしか、なかなか動けないでしょう? しかも手続きが多すぎて、捜査を始めるまでにも時間が掛かったりする。目の前に見えている殺人事件などへの対応は早いかも知れないけど、これから起こるかも知れない事件。例えばDVであったり、苛めであったりなど、どうしても相手のプライバシーなどから、簡単に踏み込んで行けない世の中だからこそ、手遅れになりがちな捜査も、事前に分かっていて、しかも、その証拠の片鱗を掴めさえすれば、介入できるようにしておけば、被害を未然に防ぐこともできるだろう? 今のままだと、人が自殺してから動いて、被害者が死んでしまったことで、まるで死人に口なしのごとく、犯罪にもならないようなそんな社会にウンザリしている人はたくさんいるはずなんだ。いつわが身になるかも知れないからね。それは被害者に限ってのことではなく、加害者だってそうだ。被害者が死んでしまったことで、その人は一生その十字架を背負って生きなければいけない。それでも死んだ人は帰ってこないわけだから、永遠にその罪が消えることはない。つまりは、未然に防げさえすれば、被害者も加害者も出ないというわけさ」
と先生は言った。
それを訊いた高杉は、確かにその通りだとは思ったが、聞いていて、どこか腹立たしく思ってしまっていた。その原因が分かっているような気がするが、それを口にするのが怖い気もした。
そのため、言えることとして、
「それは、理想論でしかないと思うんですが」
と、いうと、
「そう、その通りなんだよ。いくら、その時点での犯行を食い止めることができたとしても、犯行に及ぼうとしたり、苛めをしなければならなかった本当の原因を解決しなければ、トカゲ尾尻尾切りでしかない。だけど、その元になったことを解決したとしても、その前には何かの原因が潜んでいることになる。つまりは、原因があって結果がついてくるということを絶えず世の中は繰り返して成り立っているということなんだよね。それはいいこともあれば悪いこともある。だから、時間が経過するのと同じで、いくら同じスピードで追いかけたとしても、どうしても、過去を変えることはできないわけで、すべてがトカゲの尻尾きりにしかならない。そう思うと、今の高杉君のやり切れない気持ちがどこから来ているか分かるんだよ。だけどね、だからと言って何もしないというのは、また違うと思うんだ。トカゲの尻尾きりであっても、やっていると、それまで見えてこなかったものも見えるかも知れない。ただ、今この状況でハッキリと言えることは、人間には、時間よりも早く動くことはできないということと、未来を予見できたとしても、未来に介入することはできない。この二つを考えると、人間の限界は、やはり、トカゲの尻尾きりにしかならないということになるんだ。とにかくは、事件を未然に防いでいくことで、未来に広がる犯罪の根を食い止めることができるかも知れない。それが私の今の目標なんだよ」
と先生は説明してくれた。
「何か、きっかけになるようなことがあればいいんでしょうね。たとえば、フランケンシュタインを生み出した博士が、命を吹き込むために、人間の力で引き起こす電力ではまったく足りずに、雷という自然現象を使うことで、命を吹き込むことができたようにですね」
というと、
「それはそうなんだけど、でも、結局怪物を生み出すことになったという教訓でもあるわけだろう? フランケンシュタインという話はね。だから、人間が自然現象をむやみに使うと、ロクなことにならないという教訓ではないかとも思うんだよ。だから、今までの人たちも踏み込んでこなかった聖域があると思うんだ。それがどこにあって、自分がその地雷を踏まずに、いかに進んでいけるかというのを、五里霧中の中でしなければいけないんだ。これほど恐ろしいものはない。十字架にも背負えるものと背負えないものがあるんじゃないかな?」
と、教授は言った。
「でも、それでもやらないといけないことはあるような気がするのであって、それを実現してくれるのが君ではないかと思うんだ。君は警察官としての正義感もあるし、責任感もあると思う。それは今までの君に対しての治療で分かっていたことなんだ。正直にいうが、私は治療をしながら、私と長年連れ添いそうな患者だけに限って、検査の中で、その人の性格を理解することのできる薬品を使って、調査してきた。だから私には分かるんだ。君なら私の考え方などを理解してくれる一人になってくれるとね」
と、教授はさらに話を続けたのだった。
「僕がそこまでの責任感が強いかどうかは分からないですが、警察官になった以上、その職務をまっとうするということが先生の話に繋がってくることだとは思います。だから、先生が私に施してくれる検査も、怖いとは思わずに受けているのだがら、先生の方も医者としての責任をしっかり取ってくださいね。先生には僕以上の覚悟を持ってもらわないといけないと思ってるからですね」
というと、先生は無言でうなずいていた。
最終日に検査が終了すると、先生はその場に現れなかったが、いつもの看護婦が見送りをしてくれた。
「三日間でしたが、お疲れ様でした。先生はあいにく本日の早朝から、学会出席のために出かけられたので、私がお見送りさせていただきます。あなたがこれからも、お元気でお仕事ができることを願っております」
と言って、花束を渡してくれた。
「そんな、花束までいただけるなんて、驚きできよ。でも、本当い嬉しいです。ありがとうございます」
というと、心なしか顔が赤らんでいて、
「いえ、私の方こそ、あなたとお知り合いになれて嬉しいです」
と言っている顔を見ると、胸がどきどきしてくる。
すると、その様子を見ていると、急に頭の中でフラッシュアックしてくるのを感じた。
――あれ? 初めてここで会ったはずなのに、懐かしさを感じるのはなぜなんだろう?
と思っていると、今目の前に見えていることとは別の世界が急に開けてきた気がした。それは、昼と夜のようなまったく出会うことのない世界を、見ることができないはずなのに見ているような感覚だった。しかも、後から想像した感覚は、過去のものではなく、どうやら未来のような気がした。
しかも、彼女の姿がどんどんタブレット端末に映るワイプが定期的に変わっていくかのような状態に、違和感はまったくなかった。
「僕は未来を見ているのだろうか?」
というと、ワイプの向こうに言える彼女が、
「ええ、そうよ。これがあなたの力なの」
とだけ言って、すぐに姿が消えた。
ワイプには、十数年後の自分なのか、彼女と一緒に小さな女の子の手を引いているのが見えた。やはり未来が見えているということなのだろうか。
目を瞑って、もう一度目をカッと見開くと、今までのワイプは消えて、元の世界だけが写っていた。
もし、幻影を見ていたとすれば、少しおかしい、なぜなら見えている彼女の姿は、ちょうど目の前の真ん中に境界線があり、現実世界が右側に見えていれば、ワイプは左側だった。しかも、ワイプの方に集中していれば、そちらの方が次第に大きなスクリーンとなっていて、まるでテレビの二画面映像のようであり、左右の大きさを自分の意志によるものか、変えることができるものであった。
そんな光景を見ていると、この間の臭いを感じた時に先生の言っていたのを思い出していた。
「臭いは三すくみで混じりあうと、無臭になるんですよ。その時に、ショックを起こすんですよね」
と言っていた。
今感じた感覚もそういうことなのだろうか?
高杉はそう感じた。
病院を退院した高杉は、一日家で養生して、翌日から捜査本部に復帰した。その時点では、ある程度まで状況が分かってきたようだったが、分かってくれば分かってくるほど暗礁に乗り上げてしまったようで、捜査本部は膠着状態にあった。
さすがに敏腕の門倉刑事も暗礁に乗り上げている捜査状態に、考え込んでいた。
「ここまで、順調すぎるくらいに事件の状況が分かってきたんだが、順調すぎたせいか、分かってきたことを整理しようとすると、どこか噛み合っていないような感じで、それ以上のことが分からないんだ」
という状態になっているというのだった……。
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