第2話 里穂のいる世界
里穂のいう、
「本当の自分」
が存在している世界は、果たしてどこなのだろう。
里穂の世界に存在している人たちは、皆自分たちの世界とは違う世界が存在し、本当の自分がいることを分かっている。この世界では学校で、そのことを教わるので、一般常識になっていた。
将来の職業としては、本当の自分を探して、その自分の@役に立つことというし事が存在する。この世界の人間は、他の世界の自分の役に立つことができれば、この世界にも恩恵があり、社会的な立場が保証され、死ぬまで社会からの恩恵が得られるというそんな世界である。
それだけこの世界は、他の世界に比べて立場は劣っているのであろうが、何しろ世界は無数にあるのである。それぞれの世界にランクが存在してもしかるべきだ。
確かに里穂のいる世界は他の世界に比べて立場は弱いが、その分、他の世界の誰もしらないことをこの世界では皆が知っているのである。
こんなにたくさんの世界があることは、ほとんどの世界では、ごく限られた、いわゆる決められた人間しか知らない。ただ、想像するのは勝手なので、こんな世界があるということを小説などにして、フィクションとして作り出す人もいるだろう。里穂のいる世界でも、その本を買うことができる。その本はベストセラーになったが、
「あちらの世界の人でここまで想像できるんだ」
と言って、尊敬する人、
「まさか、本当ンこっちの世界に来たことがあったとか?」
という疑惑を感じる人、それぞれであった。
真意のほどは、正確には分かっていないが、どうやら、他の世界にいた人が小説家のその人と出会って、他の世界の話をしたようだ。
それは別に悪いことではない。他の世界を知らない人を、別の世界に連れ出すことも法律的には問題のないこととされていた。
もっとも、その能力を持っている人間は里穂のいる世界の人間だけだ。だから、里穂の世界の、国内法によるものだが、それらのことについてはいくつか賛否両論であった。
一つは法律上、
「この世界の人間は、この世界の人間としか混人ができない」
ということである。
他の世界の人間と交わって混血ができると。その遺伝子は、他の世界の人間の方が圧倒的に強くなる。つまりせっかく、今であれば、この世界から他の世界に行くことができたり、他の世界の人間を別の世界に移動させることができる力を持っている。
そんなことをしてしまうとどうなるか、何もできない人間が増えてきて、ただでさえ立場の弱いこの世界が何とか存在できるのも、この能力によって、他の世界と差別化され、存在理由を持てるからだ。それがなくなると、この世界が消えてなくなるだろう。この世界は他の世界に対して、とての大きな影響を持っていて。バランサーのような血がらがある。そのバランサーがなくなるということは、この世界だけの問題ではなく、大きな世界が混乱してしまい、下手をすれば、すべての世界が一つになろうとするかも知れない。
そうなるとどうなる?
一つの世界に、同じ人間は一人しか存在できない。そうなると、無数にいるもう一人の自分との間で、生存をかけることになるのではないか。そんな恐ろしい危険を秘めた混血の存在や、その原因となる他の世界の人間との婚姻はご法度であり、見つかれば、一発私刑であった。
あまりにも厳しい裁定に、皆疑問を持っていたが。まさかそんなビッグバンのようなことが起こりうるなど、この世界の人間でもそこまでは知らされていなかった。それこそm一部の人間が知っているだけである。
「ということは、別の世界には、この事実迄もすべてを把握している世界があり、そこにはさらなる万能の連中が存在するが、その人たちは、自分たちよりも劣る世界に存在はしているが、我々から見ると、万能の存在なのかも知れない」
と考えている人もいた。
その人の意見としては、
「それを神様というんだ」
という考えである。
この考えは、間違いではない。それこそが真実なのだ。
そんな神の世界は余談であったが、この世界でもできないことがあった。それは人の心を動かすことであり、それはその人の人権を揺るがすこととなるので、能力すら与えられていない。
人の心を揺るがすことは、どの世界の人間にもできるものではない。神の世界と思っている世界でもできないことで、完全にアンタッチャブルな聖域であった。
里穂はこの世界では落ちこぼれであり、他の世界が存在しているとか、他の世界に行けるなどの話は学生時代には知らなかった。
「小学生の頃に、他の世界の存在を少し勉強して、中学になると、その仕組みを勉強する。高校生からは、実際に各論に入って、大学では実習などを行う学部があるんだ」
と聞かされた。
小学生の頃から勉強が嫌いで、いつも居眠りをしているような生徒だったので、そんな世界の常識すら知らなかったのだ。
他の世界では、
「男性と女性がいて、その二人から赤ん坊は生れる」
というレベルのことを、里穂は知らなかったのだ。
そんな常識も分かっていない里穂にとって、義務教育である中学生までで、それ以降はないのは誰が見ても明らかだった。
里穂は生きていくために、男に身体を売った。もちろん、身体だけであり、相手もそのつもりだった。
この世界では、それも一種の合法だった。売春も悪いことではなく。むしろ生きていくために必要なことであれば、アルバイト感覚で許されていた。
だから、中学卒業から成人するまで(この世界では二十歳)は、売春をしている女の子たちを保護する法律もあり、彼女たちに対しては、どの権力もその権利を犯してはならないという法律である。
成人してしまうと、そこから先は自営業として行うとしても、どこかの会社に入るとしても、自由であるから、保護の必要はなくなる。だから、売春をしている女の子の中には、二十歳になるまでに自分を保護してくれそうな人を探すのも、一つの仕事の一つだった。
だが、里穂はどうしても人間関係を嫌がっていた。そんな時、お客さんから自分たちの能力について教えられ、まるで、
「目からうろこが落ちた」
そんな気分になっていた。
そのお客さんは、他の世界のことに九らしい会社に入っていて、いろいろ教えてくれた。里穂にとって初めて心が通じ合える人に出会ったような気がして嬉しかった。
ちなみに、この世界では、売春買春は悪いことではない。倫理やモラルに反するという理屈もない。正当な職業として認められているのも当然で、むしろ、人を癒す仕事、リラ浮くや、マッサージなどと同じような、いや、もっと大切な仕事として位置づけられていた。
他の世界では、クリニックなどと呼ばれることもあるようだが、まさに医者のようなもので、人気のある売春婦は、名医と同じレベルの扱いであった。
夕方のテレビニュースで、
「今週の名ランキング」
というコーナーでも紹介され、カリスマという称号を与えられるほどであった。
なぜこんなにも他の世界と違うというのか、この世界では、風俗は立派な職業なのだ。
他の世界との一番の違いは。
「この世界には昔から、男女差別などという概念がなかった」
というのが一番の理由であろうか。
今では、他の世界でも、男女平等を叫んで、やっと認められようとしているが、それも、なかなか難しかったりする。確かに女性が強くなってきたことで、男女平等になってきたのかも知れないが、女性と男性とでは、そもそも身体の作りが違う。すべてを平等などありえないことだ。それを理解せずすべてを平等だなどと言っていると、そこに社会の歪が生まれ、今度は男性に対しての差別が起こってくる。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」
という言葉だってあるではないか。
だが、そもそも最初から男女がその特性を生かして、最大限の能力を発揮していれば何の問題もない。そう。男女平等というのは、
「男であろうと、女であろうと、自分の能力を十分に発揮できる世界であれば、別に男女という意識をする必要などないのだ」
ということではないだろうか。
だから、風俗も、
「女性が女性として生きていくうえでの能力だ」
と考えれば、それを卑下する必要などないのだ。
男女平等の意識があるために、男も女も偏見の目で見るのだろう。
だから、こちらの世界では、男も女も変わりがない。しかも、欲望を悪いことだとは思っていないので、余計に性風俗は流行るのである。
いくら性に明るいとはいえ、モテる男もいればモテない男もいる。女も同じである。それはどの世界にも同じことだ。
しかもこちらの世界ではドライな人が多いというのもあるのか、
「恋愛だけが人生ではない」
と思っている人も多く、結婚しない人も多い。
いくら、他の世界でも離婚率や未婚率が上がってきたとはいえ、こちらほどではないだろう。
そもそも。離婚も未婚も悪いことだとは思っていない。
他の世界では、昔であれば、結婚しないと、一人前の男として認めてもらえないとか、結婚できない女は、世間からのつまはじきにされたりしたものだったが。そんな世界でも今では少しは変わってきている。
「仕事を一生懸命にするので、結婚なんかしなくてもいい」
であったり、
「自分の夢に向かっているので、結婚はその生涯にしなからない」
などと言った考えも目立ってきている。
「結婚して子供を産んで、家を守る」
などという古臭い風習は、昭和の頃まであったにも関わらず、
「まるで封建制度の時代の出来事なんじゃないの?」
と言われるほど、地齋の差を、混在して考えるほど、歴史認識がまったくない連中がいるのも事実だろう。
離婚にしてもそうである。
「戸籍に傷がつく」
などと言われていたのは今は昔、それこそ今では、
「バツイチの方がモテる」
などと言われる時代だ。
離婚して実家に帰ってきた女は
「出戻り」
などと言われて、
「あんたは、体裁が悪いから、近所の人の前に顔を出さないで」
などということを親が言っていた時代である。
離婚したといえば、帰ってこいと言って暖かく迎えてくれたのかと思えば、その仕打ち、それを訊くと、
「親がなんぼの者じゃ」
と言いたくなるのも無理もないことであろう。
そんな変な風習は、こちらの世界には存在しない。
血痕するも離婚するも自由。しかし、逆にいえばすべては自己責任。誰も助けてはくれない。
したがって。どこかの世界にあるような、
「できちゃった婚」
などというのも存在しない。
「子供ができたんだから、責任を取って結婚?」
そんなことはありえないのだ。
そもそも誰も面倒見てくれない世界、否認していないとどうなるかというのは、学校教育でしっかりと勉強させられる、他の世界では倫理に反するなどと言って教えない、セックスのやり方や否認の方法、そして他の世界で起こっている、いろいろな犯罪であったり、悲劇などを、教材として教えてくれるのだ。
これが本当の性教育であり、生協域は道徳の時間の一環として勉強させられる。
「いいか。他の勉強はおろそかにしろとは言わないが、この世界ではすべてが自己責任なんだから、これからの話を曖昧に聞いていると、後で困るのはお前たち自身だ。だから、中途半端な気持ちでは聞くんじゃないぞ」
と、先生は、性教育の前ではそう言って訓示するものだった。
さすがにそれ以外の性に関してのことはあけっぴろげな世の中なので、一つくらい引き締めるところがあってもいいだろう。生徒もそう思っているから、生協域の授業を真剣に聞く。それこそ、これから学んでいくための人生勉強のスタートラインに立つからであった。
そんな世界なので、当然、男も女も好きになった人がいなければ、結婚する必要もない。家を守るなどという感覚はなく、別に自営業の人出も、弟子に優秀な人がいれば、その人に後を託せばいいだけだ。
そうすれば、生まれながらに先代の息子というだけで、世襲しなければいけないというプレッシャーも子供にはなく、いくらでも職業を選択でき、しかも、店の次代も、
「ちゃんと任せられる人」
として、先代が認めた人間なので、大丈夫なのだ。
これほど合理的なことはないのではないか?
確かに社長を継ぐために生まれてきたということであれば、親は嬉しいカモ知れないが、子供にとっては、生まれながらに大きな足かせをつけられているようなものだ。
「職業選択の自由」
それがないということは、もし、途中で継ぐのが嫌だということになると、家を出なければいけなかったり、勘当されたりして、それ以降、一生親と溝ができたまあ暮らしていかなければならないという悲惨な人も他の世界では決して少なくはないだろう。
その点、里穂の世界ではそんなことはないのだ。
何しろ、
「どうして、店が世襲でなければいけないのか。優秀な人たちが継いでいけばいいのではないか」
ということではないのか。
そう思うと、子供ができたからと言って、そこで、
「跡取りだ」
ということがないように、法律もできていた。
「親が息子の職業選択の自由を奪ってしまうことは許されない」
ということを基本にできた法律だった。
だからと言って、子供ができない家庭が多いわけではない。うまく人口が増えすぎず、かといって減っていくわけではない。この世界は、人口問題など今までに発生したことはない。皆が食べていけるだけの食料はちゃんと確保できているのだ。
血痕しない人も多いのに、どうして子供が減らないかというのは、国が子供二人目からの養育費をかなりになってくれているからだ。
小学生までの医療費がただであったり、義務教育までの学費や、教材大、給食代までがただなのだ。
それは税金によってまかなえている。
かといって、税金が高いわけではない。どこかの世界のように、一部の政治家が国民の税金で私腹を肥やしたり、無能な政治家が必要のないことに税金の無駄遣いをすることがない世界だからである。
政治に国民が深く入り込める世界になっているので、首相を決めるのが、政府や政党によるものだというような中途半端な民主主義ではないのだ。
民主主義の形をとりながら、社会主義の考え方のいいところを絶秒な割合で取り込んだ政府の方針は、功を奏していて。民主主義の課題である、
「貧富の格差」
であったり、
「自由競争による敗北者の悲哀」
などはありえない世界になっていた。
ただ、これもここ十年くらいの間で確立されたもので、それまでは紆余曲折があった。
それでも今のこの世界は、他の世界から見れば、政府としても社会としても、まるで桃源郷を思わせる理想郷と言えるのではないだろうか。
今は、お試し期間が好きた後の安定期に入っていて、さらにここからもっと社会に根付かせる世界になっていくことを望んでいるという世界であった。
だが、どんな世界にも見えていない綻びというのはあるであろう。まだ誰も気付いていないが、さすがにこんな有頂天な世界がいつまで続くのかという漠然とした不安はあるようだ。
ただ、具体的にどう思うかということが分かっていないだけで、果たしてどうなるのかは、
「神のみぞ知る」
というところであろうか。
そういう意味で、新興宗教が多いのもこの世界の特徴だった。これが一番の問題なのだが、世の中というのは、有頂天になればなるほど、世の中に対して、余計な不安を持つ人が増えたのも事実だ。
しかも、この時代というのは、いろいろな意味での過渡期でもある。そうなると、不安が蓄積されるのも仕方のないことだろう。
そういうところに、新興宗教が入り込んできた。詐欺まがいのところも多く。いや、詐欺に塗れた宗教団体と言ってもいいくらいの時代背景に後押しされた団体なので、社会を悪しき意味で反映していると言っても過言ではないだろう。
ほとんどの人は神様の存在を信じている。実際に神様が存在することを理解している人もいるのだが、理解できていない人もたくさんいる。そんな人たちが神を求めて入信してしまい、彼らの心を巧みに利用し、神というものを彼らの意志で捏造するのだ。
そもそも神の存在を一番信じていないのが宗教団体で、信じていればこんな宗教を始めることもないし、人を騙すことに、何ら疑問を感じないというような、人間としての感覚がマヒしてしまったような団体はできあがらないだろう。
お金を貯め込んだ老人をターゲットにしたり、宗教の名を借りたテロ行為なども頻繁に起こっていた。今の世の中での一番の問題で、社会悪だった。
警察も宗教団体専門の部署もできあがっていて、内偵を進めたりはしているのだが、何しろ法律にそんな宗教をただすだけのものはなかった。
それでも、何とか後追いにはなっているが、法律も次第に充実してきて、いくつかの宗教団体を封じ込めることはできたが、、大きな団体のいくつかは、そうもいかなかった。
そんなやつらの言い分としては、
「こんな甘ったるい世界にいては、人間が腐ってしまう。他の世界にはもっと自由な世界があり、自由競争によって、もっともっと豊かな世界が存在する」
というのである。
それが今の読者のいる世界の民主主義であり、中途半端な世界であった。
先ほど言い忘れたが、民主主義が問題なところは、
「何かを決める時の最終決定法が、多数決にあるところだ」
ということである。
一見、公平に見えるが、いい悪いを問題にするのではなく、多数意見だけを組み込むことになるのだ。本来であれば、決を取る人間たちに、決を採るまでに、最大に情報を提供しなければいけないのだが、中途半端にしか提供しなかったり、自分たちの意見を通したいがために、反対意見を出そうとする相手に圧力をかけて、決を採る人間を盲目にしてしまうということだってある。
それが不平等を作り出すことになり、本当は正しい意見を訊けなかった人たちが間違った多数決によって、世の中を間違った方向に導こうとする。
それが次第にファシズムを生み出したり、ひどい時には独裁政治を許すことになったりするのだ。
社会主義のように、そんな民主主義の限界を突破するためには、
「自由競争を辞めて。多数決をやめる」
という考え方が基本となることで、
「自由競争の代わりに、産業を国営化し、競争の代わりに、国家が厳重に取り仕切る。多数決の代わりに、国家元首が君臨することで、考えを一つにする」
という国家がすべてにおいて介入してくるという考えである。
民主主義にとって、いや、民主主義を隠れ蓑にして、利益を得ている一部の特権階級の人たちにとっては、その考えは脅威である。
貧しい人間にはどんどん貧しくなってもらい、自分たちだけが栄えればいいという考えの元に形成される世界では、社会主義を悪として、徹底的に撲殺しなければいけない相手だった。
しかも、極秘裏に行うのではなく。国民に対して、
「だから、社会主義というのはいけないんだ」
ということを証明することで、自分たちの立場を絶対的なものにしようという考えである。
それこそ、社会主義は、自分たち民主主義を隠れ蓑にした特権階級にとっての敵だということを知らしめて、自分たちが征伐したのだということを宣伝する必要があるのだ。
そうやって国民を欺き自分たちの立場を盤石なものとする。そんな世界が他の世界に存在しているということも事実であった。
今のこの世界も宗教団体の台頭によって、その危機が迫っているとも言える。彼らは自分たちが他の世界でいう、
「特権階級」
となり、この世界を裏から操りたいという野望を持っている。
そのためには、兵隊や武器が必要であり、第一段階として、金が必要だというわけだ。
だから、金を設けるためには、人民を騙す詐欺行為も辞さない。悪いことだと思うことなく社会を操ることは、彼らにとって必要不可欠であり、それが彼らにとっての正義であるのだ。
いいところばかりではない里穂の世界でがあったが、まだそのことにほとんどの国民が気付いていなかった。まだまだ桃源郷だと思っている人がたくさんいることが、この世界の一番の問題点だった。
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