無力な私
「っ!」
私が音のした方向に足を進めていると、惨状が目に入ってきた。
「なに、これ…」
『え?』
『やばい』
『なにが起きてんだ?』
『これオーバーフローだろ!』
そこは地獄かと見間違えてしまうほどに惨たらしい景色だった。辺りには魔物が数えられない程に溢れており人々は絶叫を上げながら逃げ惑っている。
しばらくその光景を呆然と眺めていることしか出来なかったが、ようやく今自分がしなければいけないことに気づく。
「助けないと」
1人そう呟くと襲われそうになっている男性に向かって走り出す。間に合わない。そう判断して魔法を発動する。
「『
そう唱えると男性に襲いかかっていた魔物の眼前に目を焼き切るほどの光が現れた。
「ガァウァ!」
魔物は突然の事で驚いたのか、視界を奪われて平衡感覚を失ったのか分からないが唸り声を上げ倒れ込んだ。
今しかない。そう思った私は手を前にかざしながら更に魔法を唱える。
「『光の
すると手の前に魔法陣のような円形の模様が浮き上がり、そこから三本の実体を持っているのか持っていないのか判断がつかない矢が発射された。
それは一直線に魔物目掛けて進んでいく。やがてその矢は魔物に命中した。胴に二本、頭に一本刺さり瞬時に絶命した。
『やった!』
『助かった』
『危ないとこだったな』
「大丈夫ですか?!」
私は襲われそうになっていた男性に駆け寄りそう声をかける。
「も、もう嫌だ!こんなとこにいたくない!」
男性は恐怖で錯乱しているようだった。
「落ち着いてください!」
まずは落ち着けることが必要だと感じた私はそう声をかける。だが男性はそんな私の声など聞こえていなかった。
「うわあぁぁぁ!」
半狂乱でそう叫びながら走り出していしまった。
「あ、まって!」
そう声を放った時にはもう遅かった。目の前で男性が魔物に蹂躙された。
「ひっ!うっ…」
私は目の前で初めて人が死ぬところを目撃した。それは想像より遥かに惨い光景だった。手足は様々な方向へ折れ曲がり所々から白い骨が突き出している。腹は食いちぎられ中から内蔵が見え、顔はぐちゃぐちゃになっており先程までの面影など無かった。
私は目の前で起きたことが全く現実だとは思えなかった。そして襲いかかってくる激しい嘔吐感。私は何とかそれを喉で押さえつける。
『やばすぎだろ…』
『こんなに簡単に人が死ぬのか…?』
『絶対に逃げた方がいい』
「…まだよ」
こんなところで立ち止まってる訳にはいかない。あの人のような犠牲者を出さないために私が動かないと。
そう思い辺りを見渡す。先程のほとんど変わっていない数の魔物たちが目に入る。いや、先程よりも多くなっているかもしれない。周りで
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それから何時間たっただろう?もしかしたらほんの数分かもしれない。でも何時間とも感じられるほどに長い地獄は、ある1人の男の子の登場で希望を見出すことになる。
「『暗黒の
そんな声が聞こえてきた。私はすぐさま声のした方向へ目を向ける。そこには息を荒らげながら立っている慎也の姿があった。
『うおぉぉ!慎也だ!』
『まじかよ!慎也が来たぞ!』
『慎也でもこの数の魔物倒せるか?』
「来てくれたんだ…」
それは安堵の声だった。だが今も全く油断出来ない状況だった。だが慎也は私たちだけでどうにかしていた時よりも圧倒的に違う速さで魔物を倒していった。直感で分かってしまう。次元が違いすぎると。
いける。これならこの現状を打開できる。
…でも何故だろう。現状は間違いなく良くなっているのに慎也がとても余裕を持っているようには見えない。なんだか…追い詰められているかのような…そんな気がする。魔物が慎也に勝っているわけじゃない。慎也自身が切羽詰まっているような、そんな気がする。
「間に合え!」
その時、必死さを感じさせる慎也の声が聞こえてきた。
私がその方向へ目を向けると、そこではゴブリンが女性を殺害していた。その女性の後ろには子供がいた。慎也はそのゴブリンの腹を思い切り殴って倒した後、少しの放心状態に陥っていた。
『慎也?』
『どうしたんだ?』
『大丈夫か?』
しばらくすると慎也が右手を前に突き出し、ゆっくりと右に動かした。するとその動かした範囲にいた魔物たちの周りに黒い斑点のようなものが浮き上がった。
なんだろう。今の慎也は…どこか怖い。
そして慎也が呟いた。
「…『鉄の
慎也が手を握りつぶすと魔物の周りに浮いていた斑点から勢いよく針が飛び出した。その針は魔物を貫き、一瞬のうちに絶命させた。
『やべぇ!』
『新技か?!めちゃくちゃ強ぇ!』
…やっぱりどこか怖い。底冷えするようなあの目で睨まれたらきっと私は動けなくなってしまうだろう。
慎也は次の魔法を唱える。
「『
慎也がそう言い終えると無数の拳銃が慎也の背中の後ろから現れた。その拳銃は全て浮いていた。
「FIRE《発射》」
慎也が抑揚のない声でそう言うと、慎也の背後に浮いていた無数の拳銃が一斉に発砲した。凄まじい轟音と共に銃弾が縦横無尽に飛び回り正確に魔物を貫いていく。
数秒後には全ての魔物が倒れていた。
『は?ちょwやばすぎw』
『ふぁーw正真正銘のバケモノですわw』
『ちょっと強すぎませんかね…』
全ての魔物を倒したというのに慎也の表情は暗かった。そして慎也の視線の先には先程の親子がいた。
私は気がつくと体が動いていた。その子供の方へと足が動く。
「ママ…ママ…」
泣きじゃくっている子を見る。…きっとここであやふやにしてしまうと、この子が真実に気づいてしまった時に取り返しのつかないほどに心に傷を負ってしまうだろう。だから
「…残念だけど、ママはもう起きないの」
私はそう言った。これがどれほど残酷なことなのかは分かっているつもりだ。それでも私は言わなければならない。
「なんで?なんでママは起きないの?」
「ママはね。遠くに行っちゃったの」
「なんで遠くに行ったの?!僕が悪い子だから!?」
「違うよ。ママはね、君がもう1人でも大丈夫だと思ったから遠くに行ったんだよ。だからね…き、君は…お母さんの分までちゃんと生きないといけないよ?」
私は耐えきれなくなってしまい泣いてしまった。これからこの子が歩んでいく人生を想像すると申し訳なさで立っていられなくなってしまいそうになる。
「ママ…ママ…」
目の前の男の子はいっそう大きな涙を流しながら泣いた。私には言葉をかけることしか出来なかった。事前に気づいてこの子の母親を助けることが出来なかった。
あぁ、私はなんて無力なんだろう。
【あとがき】
遅くなってしまい申し訳ありません!最低でも1週間に1話はあげたいと思っていますのでこれからもよろしくお願いします!
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