初配信

「大智、俺配信者になってみるよ」


次の日、学校で大智にそう話した。


「お、遂に覚悟を決めたんだな?」


すると大智はニヤリと笑いそう言った。


「あぁ、でも配信の仕方とか全然知らないんだよな」

「なら俺の出番だな」

「え?」

「俺はこういうことには詳しいからな」


俺は大智に話を聞いた。まぁ簡単に言うとダンジョンの中を撮るにはドローンが必要ってことだ。そのドローンが対象の人物を常に追って撮影してくれるらしい。なんとも便利な世の中になったものだ。


「でもそれ高いんだろ?」

「いや?1万位で買えるぞ?」


何?そんな高性能なドローンが1万程度だと?


「…それって大丈夫なやつなのか?」

「大丈夫だって!ほんとに!知らないのか?今はダンジョン配信が流行りすぎてドローンの開発技術が凄まじく向上してるんだぜ。そのおかげで高性能なドローンでも手軽な価格になったって訳だ」

「ほんとかよ…」


俺はまだ半信半疑だった。だが帰りに電気屋によると本当に1万2000円で売っていた。しかもダンジョン配信者用という別スペースまで作ってあった。やっぱりかなり人気なんだな。


俺は高校生にしては高いそれを葛藤しながらも買ってしまった。分かっている。俺は今生活保護を受けているような状態だ。そんなものにお金を割くなんてと自分自身でも思ってしまう。だが昨日のあの高揚感が忘れられないんだ。画面に張り付いてしまう程の熱気を、興奮を。


家に帰ると昨日同様に葉由奈が出迎えてくれた。


「ただいま」

「…おかえり、お兄ちゃん」


だが昨日のような元気が無かった。


「どうしたんだ?何かあったのか?」


俺は葉由奈の前で片膝をついてそう聞いた。


「…」


だが葉由奈は何も言わない。恐らく言いたくないのだろう。ならば無理に聞いてはいけない。


「分かった。無理には聞かない。でも話したくなったら何時でも言ってくれ」


俺はそう言って立ち上がり葉由奈の隣を通り過ぎようとしたところで葉由奈に制服の袖を掴まれた。


「葉由奈?」


なんだと思い葉由奈の方に目を向けるとそこには涙目になっている葉由奈がいた。


「ど、どうしたんだ?」


突然の事でしどろもどろになってしまう。


「嫌だよ…」


葉由奈は一言そう言って本当に泣き出してしまった。どうしたらいいか分からずあたふたしていると葉由奈が言葉を続けた。


「魔物のせいでお父さんとお母さんが死んじゃったんでしょ?」

「…」


そう、俺たちの両親はオーバーフローによって死んでしまった。


「お、お兄ちゃんまで死んじゃったら…私もう生きていけないよ…」


最初裾を掴んでいた葉由奈は次第に俺の体を引き止めるかのように抱きしめていた。


「…大丈夫だよ葉由奈。潜るっていっても家の庭にある奴にしか潜らないから」

「…ほんと?」

「あぁ、ほんとだ」


そう、俺たちの家の庭にはメタホールがある。それはある日突然そこに現れた。そして俺は何気なく触ってしまいダンジョンに飛ばされた。だがそこに居た魔物たちはとてつもなく弱かった。それこそ武器を持たずに丸腰だった俺が勝てるくらいに。きっと初級ダンジョンなのだろう。本当に運が良かった。


「約束…だよ?」

「あぁ、約束だ」


そう言って俺たちは指切りげんまんをした。そして決意を抱く。絶対に妹を悲しませないと。


その後俺は大智に電話した。


「大智、今ちょっといいか?」

『どうかしたのか?』

「あぁ、ドローンの使い方が分からなくてな」

『お、随分やる気じゃねぇの』


大智が茶化すようにそう言ってくる。


「…うるせぇ」

『悪い悪い。それで、ドローンの使い方だったな』


それから一通り大智からドローンの使い方の説明を受けた。


「助かった。ありがとな」

『お易い御用だ』


大智との電話を終えて時計を見てみる。今の時刻は6時。


「いい時間だな」


俺はそう言うとドローンを持って庭に向かった。その時、後ろから心配そうな視線が刺さったが右手を挙げて心配するなというメッセージを送る。


かなりワクワクしている。俺あんな配信ができるんだ。そう思うと胸の高鳴りが止まらない。そして俺はメタホールに触れた。


次の瞬間、目の前が歪んだかと思うと既にそこは俺の家の庭では無くなっていた。少しひんやりする。周りは石で覆われているが洞窟ように形がバラバラな訳では無い。まるで誰かが丁寧に削ったかのように綺麗な道が出来ていた。


「遂に来た…」


と言ってもたまに潜っているから初めて来た時のような緊張感はないが。今はそれ以外の感情の方が大きい。高揚感。それが俺を埋めつくしている。


俺はドローンを起動し、大智に教えてもらった録画ボタンと言うものを押した。するとドローンのカメラの端に赤黒い光る点が出てきた。これが出てきたら今録画していると言うことらしい。


俺は緊張感しながらも挨拶をした。


「み、皆さんこんにちは」


確か茉莉也は自分の名前も言っていたな。


「えっと、慎也です」


ドローンには配信されている画面を映す機能もあり、そこには同接人数というものが見える。同接人数とはリアルタイムで俺の配信を見てくれている人たちのことだ。今の同接人数は…2人。


うそ…だろ?俺はその事実に驚愕した。


まさか…まさか…もう俺の配信を見てくれている人がいるなんて!とんでもない事だ!体の中から歓喜の感情が溢れてくる。


『こんにちは』


「っ!こ、こんにちは!」


俺は初めてコメントしてくれた人にそう言った。まさかコメントまでしてくれるなんて!


『今日はどの階級のダンジョンに潜ってるんですか?』


俺はその質問に答える。


「あ、はい。今日は初級ダンジョンに潜っています」


調べたことないけど多分そうだろ。だってめちゃくちゃ魔物が弱いから。


「そ、それじゃあ攻略していきますね」


俺はそう言って奥に進み出した。今の同接は1人。減ってしまったが未だに見てくれている人が居るという事実がとても嬉しかった。


数十秒歩くと魔物が姿を現した。


「お、来たな」


今の同接はなんと3人!めちゃくちゃ増えたな!


そしてドローンは俺と対峙した魔物を映し出した。魔物の名前は分からない。見た目は岩を身体を纏ったリザードマンみたいな見た目だった。


俺はこの時全く気づいていなかった。コメントがどうなっているのか。


『は?ちょ、え?おかしくね?ww』

『あるぅえ?コイツって確か…』

『あぁ、コイツって数年前に危険すぎて封鎖されたダンジョンにしかいないっていうめちゃくちゃ強い奴じゃね?』

『ええと確かロックリザードマンだっけ?』

『てか今日の配信どこでやってんだよw』


そんな会話が3人だけのコメントで広げられていた。


「さて、いつも通りに行くか」


そう言って俺と目の前の魔物は対峙した。


「…」

「…」


お互いが無言で見つめ合う。壁の岩がほんの少しだけかけた。それが地面に落ちてカツンという音を立てた瞬間、両者が地面を蹴った。


そして画面に拳が入る。俺の拳が魔物の顔面にめり込む。


俺に殴られた魔物は二転三転して吹き飛んで行った。


『あぁ…』

『なるほどね』

『なんだCGかよwwwww』

『やっぱりおかしいと思ったんだよ。なんでダンジョンに丸腰できてんだよ』

『ホントだwこいつ何も持ってないww』


そう、慎也は丸腰でダンジョンに来ていた。だがそれも仕方ないことなのだろう。何せ慎也たちには金銭的余裕が全くない。


俺に吹き飛ばされた魔物は素早く立ち上がった。顔面は岩が剥がれ中のピンク色の筋肉が見えていた。それでも相手に戦力を喪失したような様子は見られない。


「…いいね」


やはり趣味でダンジョンに潜るのはいい。運動が出来て身体にいいし配信という新たな趣味も出来た。それが俺に高揚感

与える。


「ギュアァア…」


魔物は相当怒っているようだった。そのせいだろうか?俺を見た瞬間バカ正直に突っ込んできた。そしてそのまま右手で俺の顔面目掛けて殴りかかってくる。


「ほっ」


俺はそれを左に逸れる事で避ける。そして無防備な背中を晒した魔物に思い切り蹴りを入れた。


「ギュエエエ!!」


すると背中の岩も取れた。顔面同様ピンク色をした筋肉が顕になっていた。


これ以上苦しめる必要はないだろう。そう思った俺は右手に力を込める。


「ふぅー」


そして深く息を吐き、瞬発的に右手でパンチを繰り出す。その拳は魔物の急所である胸の中心に突き刺さった。俺の拳は魔物の身体を貫き、魔物の背中から俺の握りこぶしが見えていた。


その一撃が決定打となり魔物の身体は灰になって消えた。そして残ったのは先程戦った魔物の岩のような鱗だった。俺はそれを拾うとドローンに映っている配信画面を見た。そして言葉を発する。


「ど、どうでしたか?」


同接人数は1人にまで減っていた。だがこの1人だけでも楽しんでいてくれたら…


『合成乙www』


そんなコメントが流れてきてすぐ同接人数が0になった。


「…はあぁぁぁ?!合成?!ふざけんなあぁぁ!!」


そんな俺の悲痛な声がダンジョン内に響き渡った。

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