029

 あの日から英子は樹と会うことも、連絡を取ることもなくなっていた。渡の事件も解決し、今は警察で事情聴取をされていることろだろう。沙羅の転落事故の件も、渡の事情が判明されたおかげで、再度調査されることになったようだ。渡が事故と見せかけて沙羅を殺したという可能性が出て来たということだ。しかし、いまだに渡はその件について否認を続けていた。


 この日は、卯月と下校をする約束をしていた。それは卯月からの提案だった。あんな怖いめにあったのだから、1人で登下校するのは危ないと言い出したのだ。しかし、本当の理由は、単に英子と話をしながら登下校したいだけかもしれない。

 英子が自分の教室で卯月を待っていると、同じように教室に残る3人の女子生徒がいた。女子生徒の2人は椅子に座っているのにも関わらず、1人の女子生徒だけ机に軽く寄りかかっているだけだった。


「カラオケの割引チケット、今日までだって言ったじゃん」


 1人の女子生徒が不満そうにその寄りかかった女子生徒に言った。手にはカラオケの割引チケットが握られている。受験生なのに余裕があるものだと英子は呆れて見ていた。


「ごめん、ごめんて。今度は行くからさ」


 その女子生徒は顔の前で手を合わせて謝っている。どうやら前々から約束をしていたようだった。


「諦めんなよ、さぁち。まーちんは彼氏が一番だからさぁ」


 さぁちと呼ばれていたのは、カラオケのチケットを手にしていた女子生徒だった。そしてまーちんはその謝っていた女子生徒になる。


「だって、あっくんが今日デートしよって」


 まーちんという女子生徒は嬉しそうにそういった。彼女は心から彼氏とのデートを楽しみにしているようだった。


「どうせ、その彼氏がここに来るんでしょ? まーちんも座って待っていればいいじゃん」


 さぁちと呼ばれた女子生徒がまーちんに椅子に座るように勧めたが、彼女は座らなかった。


「いいよ。すぐ来るし」


 彼女はそう言って、愛しそうに彼氏が来るドアの方をじっと見ていた。そして、彼氏らしき男子生徒が来ると嬉しそうに駆け寄っていく。彼氏はそんな駆け寄ったまーちんに優しく頭を撫でた。


「ラブラブじゃん」


 女子生徒の1人が言った。するとさぁちが不愉快そうに荷物を持って、立ち上がった。


「うちらが呼んでも駆け寄ったりしない癖に、男の前ではあれだもんな。もう行こう」


 さぁちはそう言って教室を出ていこうとする。もう1人の女子生徒も荷物を持ち慌ててさぁちを追いかけていった。



 英子はその光景を茫然と見ていた。すると、横から卯月の声が聞こえる。


「せぇんぱい!何見てるんですか?」

「え?」


 英子は卯月の方を振り向いた。卯月は相変わらずにこにこしている。


「遅れてすいません。さぁ、帰りましょう!」


 卯月はそう言って英子の腕を掴んだ。英子も卯月のされるがまま、立ち上がって教室を出ようとする。しかし、あることに気が付いて、卯月の手を放した。


「ごめん。ちょっと私やる事出来た」

「やる事?」


 卯月は首を捻って聞いて来る。


「うん。だから小酒井さんは先に帰っててほしい」


 卯月には理解できなかったが、英子がそういうのだからと素直に従った。明日は一緒に帰りましょうねと言った卯月に英子は手を振る。


 英子は再び席について、鞄から筆箱とノートを取り出した。そしてそのノートを1枚切り、そこに数字を並べて書いた。


『83 2 23 71

 2 13 71 11 61  67 5 19 47 47 37

 5 19 11 41 23 67 71 61 97  61 47 47 41』


 これで伝わるかはわからなかったが、英子はその紙を折りたたんで、ある人の下駄箱に入れておいた。これはちょっとした賭けだった。

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