019

 その日の放課後、英子は卯月と昇降口前で待ち合わせして、樹を探すことになった。英子が昇降口にいると、1年生と思われる生徒が各々グループを作って降りてきた。みな、楽しいそうに騒いで、盛り上がっている。高校1年生は高校生活の中でも一番楽しい時期かもしれない。部活動に専念したり、新しい友達と遊んだり、中学から高校に上がって出来なかったことが出来たりする。しかし、高校3年生にもなれば、受験があるため、こんな風にみんなで騒いで帰るとかなくなって、単独行動が増えてくるのだ。英子自身は1年の頃から単独行動なのであまり変わらなかったが。

 そんな集団に目を向けていると、昔の英子と同じように集団の中で明らかに孤立している少女を見つけた。それは卯月だった。卯月は1人でいることを気にしない様子でいつものように淡々と靴を履き替え、英子を見つけて手を振って走ってきた。


「遅くなってすいません。ホームルーム伸びちゃって」


 卯月はそう言って校門に向かって歩き出した。英子は横目で卯月を見た。誰とも交わらない自分が心配するのはおかしな話かもしれないが、英子は人との会話も得意じゃないから、自ら好んで1人でいたのだ。けれど、卯月は違う。卯月は明るくて頭が良くて話しやすい。そんな女子生徒がクラスや学年で孤立するのは不自然な気がした。


 目的地に向かう道中、英子は卯月にそのことについて質問してみた。聞きづらいことではあったが、卯月なら不快に思わず話してくれると思ったかだ。


「やっぱり目立っちゃいますよね」


 卯月は笑いながら言った。卯月には自分を孤立させている周りを責めている様子は感じられなかった。


「仕方ないんですよ。私が中学の時、レズビアンであることがばれて、クラスで虐められていたんです。男子からはからかわれて、女子からは気持ち悪いって避けられて。高校に入れば良くなるって期待した部分はあったんですが、やっぱり同じ中学子がいたからすぐ噂が広がっちゃったので、高校でも同じでした」


 彼女は仕方ないと笑ったが、英子にはそんな気持ちにならなかった。中学でも受けた屈辱を高校でも受けなければいけない道理はないと思う。


「中学の時、クラスメイトに好きな女の子がいました。でも、その思いを告げるつもりはなかったんです。私の気持ちを受け止めてもらえるはずがないってわかっているから、ずっと胸にしまっておくつもりでした。けれど、私の親友がどんな私でも受け止めるって言ってくれて、つい言ってしまったんです。彼女の事が好きだって。そしたら、翌日にはクラス中に噂が広がって、虐められるようになりました。好きな女の子にもキモいから近づくなって言われて……。周りからひどい扱いを受けることは覚悟していました。でも、親友だと思っていた相手に裏切られたことが一番辛かったです。信じたから話したのに。私は自分が普通の人間とも思わないし、気持ち悪いって言われても仕方がないと思ってました。けど、これのせいで友達が出来なくなるのは淋しいですね……」


 それは卯月だけじゃない。人間は集団になると自分たちと異なる存在を追い出す傾向があるのだ。お互いに団結して、守るために敵を作る。自分たちと違う考えを持つ人間を毛嫌いする。それが人間の真理だと思った。英子も同じだ。中学の時に裏切られ、絶望した。もう、集団と関わることを辞めようと自分から離れた。進学校に通えば、勉強が忙しくて集団に対する重要視が薄れると思い、この高校を選んだのだ。


「仕方なくなんてない。卯月さんは気持ち悪くもないし、普通の人間だよ。人が人と異なるのは当然のこと。だた、それを受け入れられない人が多いというだけで、きっといつかは、ちゃんと受け入れてくれる人が現れると思う」


 英子は呟くように言った。卯月はいい子だ。明るくて普通の女の子だ。たった一部分が少数派なだけ。それを負い目に感じることなんて1つもない。

 卯月は英子の顔を見て弱々しく笑った。


「そう言ってくれたの、高倉先輩で2人目です」

「2人目?」


 卯月は頷いた。


「以前、美堂先輩に同じようなことを言ってもらいました。嬉しかったです。美堂先輩みたいな人気者にそんなことを言ってもらえるとは思わなかったから」


 それは英子も意外だった。沙羅は優しいし、いろんな事を受け止められる余裕のある大人の女性だった。けど、卯月の思うように英子も沙羅はそういうことに一番縁遠い気がしていた。


「高倉先輩もありがとうございます。そういえば、高倉先輩と美堂先輩って似たところがありますよね」

「私が?」


 英子は驚いた。それこそ、真逆な存在だと思っていたからだ。


「考え方が大人というか…、物事を客観的に見られるところ。あまり感情的にならないというか……」

「いや、それは……」


 それは違うと思った。自分は客観的になんて決して見られていない。感情的にならないのではなくて、見せないようにしているだけだ。見せれば余計相手を刺激する。でも、時として樹の様に感情的になって怒ってみたいという気持ちもある。気持ちを正直に表に出せることは羨ましい事でもあるのだ。


「だから、高倉先輩が美堂先輩の事調べてるって聞いてほんと嬉しかったんです。きっと高倉先輩なら、美堂先輩の本心を理解してくれると思えたので」


 彼女の嬉しそうな表情に、英子は何も返せなかった。


「私は皆に美堂先輩の本当の姿を知ってほしいんです。だって、誰も仮初の自分のままで死にたくないじゃないですか。幻想の美堂沙羅ではなくて、人間としての美堂沙羅の死を受け入れて欲しいと思うと思います。その最初の人が高倉先輩であって欲しいとも思います」


 英子は自分が卯月の思うような期待は背負えないと思った。けれど、本当の沙羅を知って、その時初めて彼女の死を受け止められると思ったのはほんとだ。英子は沙羅に会ってからずっと彼女の事が知りたかった。窓の外を見つめる沙羅はいつも何を考えていたんだろうと。


「もし、初めて図書室に来たのが笹山先輩だけだったら、私絶対逃げてましたよ。笹山先輩が私を嫌っていたのは知っていましたし、また放送部の子たちに絡まれるのはごめんですからね」


 卯月はさあ、行きましょうと先を急いだ。迷いが少しとんだ気がした。それに自分には樹が必要だ。樹を見つけ出して、もう一度一緒に探しに行こうと誘うことを英子は心に誓った。

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