018

 この1件の事件に関しては、沙羅の事件以上に大事になっていた。


 結局その後、伸隆は宇都宮によって確保され、生活指導室で隔離された。英子たちは保健室でそれぞれ事情を聴かれ、英子についたのは国語教師の藤越だった。男性教師が聞くより女性教師の方がいいと判断したのだろう。藤越は優しく英子の話を聞いてくれた。英子自身は伸隆と話をするまで薬物の事は知らなかったため、それほどお咎めはなかったが、樹に関しては、見つけた際にすぐ報告しなかったことや直接退治しようとしたことなど、ひどく咎められたらしいが、配慮した上で警察に報告することを決めたらしい。そのため、2人の停学処分は見逃された。

 伸隆および他3名については退学処分とされ、警察へと引き渡された。樹と英子に関しても一度は警察署へ連れていかれたが、尿検査と事情聴取だけで、無事に帰宅を許された。学校の方は保護者説明会や教育委員会への報告などで大騒ぎになり、数日の休校と自習続きの日々が続いた。


 あの日から、樹は学校に来なくなってしまった。英子が何度か樹の教室に顔を出しに行ったが、樹を見ることは一度もなかった。

 英子自身、今後どうしていいかわからないでいた。沙羅の事を調べることで、別の事件に遭遇するなど、今まで想像もしていなかったからだ。気持ちが落ち込んでいるのもある。しかし、実際には真実にも近づいている。ここまできて、何もしなくてもいいのかわからなかった。


「高倉先輩!」


 廊下を歩いていると後ろから、誰か声をかけてきた。英子は驚き、振り向いた。そこに立っていたのは、卯月だった。


「小酒井さん……」

「なんか、大変なことになっちゃいましたね」


 卯月は英子を慰めるように言った。英子は笑うしかなかった。




 2人は自動販売機で紙パックのジュースを買って、中庭のベンチで座っていた。相変わらず卯月は元気そうだった。


「そうですか。笹山先輩ずっとお休みなんですねぇ」


 卯月はジュースのストローを嚙みながら言った。英子も買ってきた紙パックにストローを刺す。


「私もだいぶこたえたもん。笹山君はもっと辛いんだよ…」


 でもっと卯月はストローから口を放して言った。


「ここで諦めていいんですか?」


 卯月の大きな目で英子に訴えてくる。英子はどんな顔をしたらいいのかわからない。


「いいとは思わないけど…、これ以上の真実が出てくるんじゃないかと思うと怖いんだよ」

「そうですかぁ。せっかく、先輩の恋人が教師かもしれないってとこまでたどり着いたのに」


 そうだ。伸隆の言っていたことは信じられないが、あの瞬間に嘘を付いていたとも思えなかった。相手が恋人かもわからない。あの場所にいたのが本当に教師かも断定はできない。しかし、調べるきっかけは出来た。ここまで来たら、本当の事を知りたいという気持ちもある。


「小酒井さんは、馬嶋君の言っていることどこまで当たってると思う?」


 英子は初めて卯月に意見を求めた。卯月も意外そうな顔を見せるが、少し嬉しくもあった。


「私は、意外と的を得ていると思っています」

「どの部分を?」

「全部です」

「全部!?」


 卯月は自信たっぷりに答えた。つまり、卯月は沙羅の恋人は学校の教師で、あの化学室で逢引きしていたというのを信じるというのだ。


「私も確信は持てません。実際、化学室で美堂先輩を見たことないですし、今までそんな噂も聞いたことはなかったので。ただ、美堂先輩が昼休みや放課後、4階に何度か足を運んでたのは確かみたいですよ。クラスの子が噂してるのを聞いたことがあります。1年にも美堂先輩のファンは多いんですよ」


 卯月はにこにこ笑いながら答える。


「実際、勉強に熱心な子は教師のいる職員室とか資料室に行ってわからないところを教えてもらってたので、美堂先輩を見かけても、皆さん差ほど気にしていなかったみたいです。でも、美堂先輩の転落事件以降、再び噂が浮上してきて、わかってきたこともあります」

「わかってきたこと?」

「はい。美堂先輩って1年の冬ぐらいまではあんまり笑わなくて、どちらかというと暗いイメージがあったみたいです。ですが、2年に上がるにつれて少しずつ明るくなってよく笑うようになったとか。意見とかも全然いうタイプではなかったのに、部活でもやりたいことを自発的に言うようになって、雰囲気もどこか余裕が出てきていたそうです。それは恋をしたからじゃないかって冗談で言う人もいたみたいですが、強ち間違いじゃないと思うんですよね」


 英子は放送室での写真を思い出していた。沙羅の表情が変わり出したのは老人ホームのボランティアあたりから。確か、1年の終わりだ。辻褄は合っている。


「そして、私の印象なんですが、私と手紙を交わしている時にはすでに好きな人がいて、両想いになろうと必死だった気がします。いくつか恋のおまじないも教えました。その後、そう言った話が来なかったので、成就したんではないでしょうか。先輩は絶対好きな人の事は書きませんでしたし、たぶん喜多原先輩にも言っていなかったと思います。今思えば、それが学校の教師なら納得がいきます。未成年の少女が成人男性と付き合うなんて、しかも学校の教師なんて問題有りますからね。隠す理由はあったんではないでしょうか」

「けど、教師って言っても誰がいるの? そんな美堂先輩が好きになりそうな教師、いたかな?」


 2人はうぅんと声をそろえて悩んだ。


「私、そういうの疎いからいまいちわからないんだよね」

「私も、男性には興味がないので全然わかりません」


 そうだと卯月は声を上げた。


「やっぱり、笹山先輩にも相談しませんか?」


 卯月は意気揚々と答える。英子は渋る。


「でも、笹山君は今、学校を休んでるし、そういう話は聞きたくないんじゃないかな」

「そうですか? 笹山先輩だって本当は美堂先輩の恋人が誰だったか知りたいんじゃないですか?」


 それはそうだろうけどと英子は迷っているにも関わらず、卯月はぐいぐい押してくる。


「先輩! 笹山先輩の自宅とかよく行く場所とか知らないんですか?」

「自宅は知らないけど…」


 英子はそう言えばと思い出す。樹はおそらく家にはいない。しかし、樹のいそうな場所には見当がついていた。


「ほら、まずは行って話をしてみましょう!」


 卯月はやる気満々で英子の腕を引っ張ってきた。卯月は本当に、英子や樹とは全く違うタイプの女子生徒でいつも驚かされるばかりであった。

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