016
英子と樹は再び4階に来ていた。放課後の4階は人気がなく、怖いぐらい静かだった。2人は何か、馬嶋がここへ来ていた理由のヒントがないかと歩き回る。
この4階には化学室以外に、生物室、物理室、地理社会科室、多目的室そして各々の準備室がある。基本、実験や大きな資料のある教室をメインとして配置しており、他は特別教室を持たない国語や数学と言った科目の準備室だった。
樹は一番奥にある多目的室の前に立った。ここは普通教室の代わりに臨時で使う教室である。事情により教室が使えなった時や特別教室のない科目で事前準備が必要な時に使われることが多い。また、文化祭や体育祭で使う教室がない時もよく使われていた。実際、英子も使ったのは2、3度ぐらいだ。
彼が引手に手をかけ開けようとしていたが、ドアは鍵がかかっていて開かなかった。
「多目的教室は日頃から鍵がかかっているようですね」
彼はそう言って、今度は隣の生物室へ向かった。生物室の鍵は空いていた。カーテンが引かれて薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。独特な空気も感じられて、入りづらい教室だ。樹は教室の中に入り、窓を開けてみる。この部屋の窓は普通教室と同じ窓で、転落は出来そうになかった。それに長い間、このカーテンを開けた形跡がない。ただ隣にある準備室には担当教師がよく出入りしているようだった。
「ここは使いづらそうですね」
彼はそう言って次の物理室に向かった。
物理室は化学室とよく似た作りだが、流し場やガス管がない分、すっきりしていた。見通しも良く、きれいだ。しかし、この教室を誰かが使った様子はない。窓も、例の普通教室と同じものだった。少しの間、沙羅の様に無断で教室を使った形跡はないか調べて見たが、特にそれもなさそうだった。
「ここ、たまに僕らのクラスの生徒が来るんですよ。自習室代わりに。あの事件からは禁止されましたが、僕たちの担任、物理なので、集めたプリントとか基本ここに持って来てました」
ここも多少なりとも人が来そうな場所だ。そんな場所を学習以外で使えばすぐにばれてしまうだろう。
今度は地理社会科教室に向かった。しかし、ここも扉が開かなかった。開かなかったというより、入り口にすでに段ボールや資料があって、開けられる状況ではないのだ。とにかく、詰められるだけ教室に詰めている状況だ。英子も思い出してみれば、この教室を使っているところを見たことがない。
「社会科目の先生たちの資料、全部ここにしまい込んでるから、もうただの倉庫ですね。他の教室より狭いし、基本、使いにくいんですよ」
樹は諦めて社会科教室から離れていく。そして向かいにある国語の準備室と数学の準備室に向かった。どちらの教室も鍵がかかっていた。
「ここって生徒が使うことがないから、基本、鍵がかかってるんでしょうね。テスト採点とか、教室でやりにくい作業の時、各科目の先生が使ってるとは聞いたことありますが、生徒が無断で使うのは不可能そうです」
そうなると、伸隆が4階に来た理由が見つからない。まさか、あの問題児の彼が物理室に来て自習をしていたとも思えない。当然、勉強を教えてもらうために、各資料室の教師を訪ねることも考えられないだろう。
あとはと呟きながら、もう一度周りを見渡した。後あるとしたら、トイレしかない。
「トイレ……」
何か思いついたのか、樹は足早にトイレに向かった。樹は男子トイレの前、英子は女子トイレの前に立った。
「各階にトイレの設置はあるし、わざわざ4階まで来るかな? 女子なら時々、下の階が込んでるからって使っている子を見たことあるけど、男子は珍しいんじゃ」
「だからですよ!女子は使っても男子はたまにしか使わない。特に昼休みなんて、教師すら来るのは稀です」
英子は樹が何を思いついたのかはわからない。ただ、馬嶋が人気のない場所を探していたということだけは理解した。それが、男子トイレというわけだ。
樹は興奮した様子で英子に指示をした。
「先輩は念のため、女子トイレを調べてください。僕は男子トイレを調べます」
彼はそう言ってトイレの中に入っていった。
英子は女子トイレの中に入る。基本、2、3階と変わりのない作りであった。両サイドに3つの部屋に分かれ、一番奥の壁には内倒し窓があり、3割程度しか開いていない。しかも奥には網戸までついていた。
出入り口の近くには、3つの洗面台と鏡がある。床は水が流しやすいようにタイル張りとなっていた。
英子は一つ一つの部屋を確認していく。この学校のトイレの掃除は生徒でなく、掃除婦さんがやってくれていたので随分綺麗だった。昼休み、女子トイレは込みやすいので好んでくる生徒もいただろうが、やはり他の階のトイレより随分綺麗だった。それにあの事件があって以来、4階に近付くことすら嫌がる女子も少なくない。使用数は一気に減っただろう。最後に扉の奥にある掃除道具置き場をチェックした。特に変わった様子はない。英子は樹に報告をしようとトイレから出ていった。
樹は男子トイレの中に入る。中は思いのほか、きれいだ。念のため、周りの様子も観察した。怪しいところは何もないが、なんとなく空気が悪い気がした。正面の窓は空いている。そして、個室の中も一つ一つ確認しに行った。そして、最後、掃除道具置き場にたどり着いた。樹は扉を開け、しゃがみ込み、スロップシンクの中やその下、モップの下、そしてバケツをどけて念入りに調べる。バケツの下をひっくり返すとそこには何かが張り付いていた。樹はその瞬間、自分の推測が当たっていたのだと確信した。
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