015

 その後、卯月からは色々と情報を得ることが出来た。卯月が沙羅と仲良くできたのは、そもそも卯月の姉、水無のおかげらしい。あの文化祭の日、来年には入学予定だから面倒を見て欲しいと水無が沙羅に直接お願いをした。とは言っても、1年と3年では接点をなかなか持てない上に、入部予定の放送部では妨害も受け、叶わなかった。だから、卯月は手紙という形で沙羅とのコミュニケーションをはかったのだ。しかし、それすらも1年の部員に阻止され、見かねた沙羅が別の場所へ手紙を置くことを提案したということだった。ということは、卯月が入学した時には、沙羅はすでに化学室を利用していたことになる。

 そして、最も重要なポイントが沙羅に好きな人がいたことが明確になったことだった。しかも、沙羅の片想いからだった可能性が高い。すでに成就したかはわからないが、正直なところあの沙羅を断る学生など考えられないと思った。この件に関しては親友の知弦も知っていないように見えたが、なぜ、沙羅は卯月にだけにその秘密を話していたのだろう。そもそも、沙羅はなぜ好きな人の存在を隠していたのか。知られてしまったら、自分の好きな男たちに虐められるとでも思ったのだろうか。

 そして、最後に大事なことを卯月に聞かなければならなかった。あの、事故の日の事である。少なくとも卯月は沙羅があの化学室を活用していたことを知っていたのだ。昼休み、誰にも気づかれずに化学室に来ることは可能だ。また、尊敬する先輩が亡くなったにしては、卯月はあまりに飄々としている。知弦や寧音とは反応が違うように見えた。


「小酒井さん、あの事故の日、あなたはどこにいたの?」


 英子は卯月に直接聞いた。さすがに、卯月も自分が何かに疑われていると気が付き、困った顔をした。


図書室ここにいました。昼休みは放課後と違って、自主勉強をする人や本を借りる人もいるので、少なからず誰かが私を見ていたと思います」


 卯月は自信たっぷりに答えた。彼女はあの事件の際にはアリバイがあるようだ。


「なら、同じような事を聞くけど、美堂さんが化学室で誰と会ってたのかは本当に知らないのね?」

「はい。直接聞いたことはありませんし、先輩自身も言いたがらなかったです。隠しておきたい相手だから、話さなかったのだと思います」


 隠しておきたい相手。卯月は何か思い当たることはあるのだろうが、憶測を英子たちに答えるつもりはないらしい。


「最後に、小酒井さん。美堂さんの事故に対して、あなたはどう思っているの?あれは本気で事故だと思う?」

「高倉先輩たちは、事故だと思っていないんですか?」


 話していて感じていたことだが、卯月は頭が悪くない。相手の反応に対して敏感に察知し、的確な対処をしようとしている。英子たちの質問を聞いて、英子たちが何をして、何のために自分の場所に来たのか理解した。


「わからない。けど疑ってる」


 英子の答えに、そうですかと静かに答えて、再び口を閉ざした。その間、卯月は冷めきった紅茶を口にする。


「警察が事故というなら、事故なんだと思います。でも、私はただの事故ではないと思っています」

「ただの事故ではない?」

「はい。先輩は心中するつもりだったのだと…」


 卯月の口からとんでもない言葉が出てきた。心中とは男女が共に自殺することだ。やはり、卯月も化学室で会っていた相手が恋人だと予想している。


「心中ってそれ、自殺と同じじゃないか!? それに、先輩は1人で転落した。相手はどこ行ったんだよ?」


 今度は樹も乗り上げてくる。沙羅の事になると本当に感情的になる男だ。


「わかりません。心中が失敗して、一人だけ逃げたのかもしれないです。ただ、美堂先輩はその人の事をすごく思っていたから、心中を選んでもおかしくないと思ったんです」

「美堂先輩が心中なんてありえないだろう! あの人には開かれた未来があった。受験にだって悩んでる様子はなかった。たとえ、その恋が実らなくても、先輩が相手を巻き込むような自分勝手な行動を起こすわけないだろう!!」


 樹は椅子から立ち上がり、興奮し叫んだ。卯月も困った顔をする。


「みんな、美堂先輩の事、全然わかってないんですよ」


 卯月は小さな声を囁いた。樹は更に食いつく。


「なら、おまえはわかっているっていうのかよ!?」

「あなたたちよりはわかってます!」


 卯月ははっきりと答えた。樹はその迫力に負けて、黙り込んだ。


「皆さん、美堂先輩を自分たちの都合の良い完璧な人として見ています。でも、私は美堂先輩にも悩みがあって、うまくいかないこともあって、全て完璧にこなせるわけじゃないことを知っています。弱い心だって持っているんです。それはほんの少しだけど、好きな人の話を知った時から感じていました。おまじないをするなんて、簡単に実るような恋ならしないと思います。難しい恋で、でもどうしても叶えたいから、おまじないや占いに縋るんです。私も同じだからわかります」


 樹は何も言い返すことはできなかった。樹の中でも沙羅は完璧な女性だったからだ。恋で悩んでいるなんて予想もしていなかった。


「心中なんてロマンチストの私が考えたことなので、忘れてもらって大丈夫です。本当にただの事故だったのかもしれないし……」


 卯月は語るように小さな声で言った。卯月は確かにロマンチストだ。心中がロマンチックだと少しでも思うのはそのせいかもしれない。物語の中では恋人同士の心中をロマンチックに書くことも少なくない。もしかしたら沙羅もどこか恋愛に対して同じような思考を持っていて、愛する人と心中することが幸せだと思っていたのかもしれない。しかし、なぜだかそれも英子の中で何かが引っかかっていた。


「美堂先輩とこんなに関わっているのに、悲しんでいない私がおかしいですか?」


 卯月は英子の考えを読んだかのように答えた。卯月はかなり周りに対して敏感にとらえている。

 英子はゆっくり頷いた。卯月はそうですよねと声を漏らす。


「美堂先輩がいなくなって寂しいとは思っています。私ももっと先輩といろんなこと話してみたかったし、恋の話も聞きたかったです。けど、この死はどこか、先輩が望んだことの様にも思えたから、勝手に悲しむのはやめたんです。私たちは先輩の事を完璧に理解したわけじゃない。無念に思いながら死んだともわからない。全部勝手な憶測で先輩を見て、悲しむなんて嫌だったんです。私が同じように死んでしまっても、そう思うから…」


 彼女の言っていることは正論だ。英子たちは沙羅の事を何も知らない。恋をしていたことも、それに悩んでいたことも、本当は何に悩んでいたのかも。沙羅が誰にどんな風に思い接してきたのかもわからない。現に寧音に対しての想いも、卯月に対する関係も噂や想像とは全く違った。英子たちはまだ何も見えていなかったのだ。

 だからこそ、余計に知りたいと思った。卯月の言うように今のままでは、ちゃんと沙羅の事を思って悲しむことなど出来ない。知弦にも本当の事がわかったら話に行くと言った。その後でも沙羅の死を悲しむことが出来るから…。


 卯月は知りたいことがあれば、いつでも図書室に来てくださいと言った。彼女は快く英子たちに協力すると言ったのだ。

 英子たちは図書館を後にして、次に向かった。


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