009

「おい、お前ら、下校時刻とっくに過ぎてるぞ!」


 ドアを開けるなり、放送部顧問、化学教師の茂田枝が怒鳴り込んできた。英子は慌ててノートパソコンを閉じる。


「おいおい、3年もいるじゃねぇか。お前ら受験生だろう?」


 茂田枝は英子と知弦を見るなりそう言った。受験生が下校時間を過ぎても校舎に残っていると他の教師に知られれば、茂田枝も怒られるに違いない。


「すいません、僕が先輩たちにお願いして部室の掃除を手伝ってもらっていました」

「掃除? まあいい。とにかく今すぐ帰れ! 道草も食うなよ」


 そう言って茂田枝は乱暴にドアを閉め、出ていった。英子は緊張が解け、息をつく。


「高倉先輩も喜多原先輩もすいません。すぐに帰りましょう」


 樹はてきぱきとノートパソコンやアルバムを片付け始めた。そんな樹の姿を黙って英子は見つめていた。


「樹はほんと、しっかりしてるよね」


 英子の隣に立っていた知弦が話しかけた。


「あいつさ、入部した時はすごく大人しいっていうか暗くて、話しかけるのにもためらうぐらい警戒心強くてさ。でも、放送部で活動し始めて変わったのかなぁ。少し柔らかくなったと思う。今ではみんなが頼れる部長だし、樹がいてくれて良かったと思うよ」


 知弦は樹の事を認めていた。樹も沙羅と同じなのかもしれない。放送部に入り、何かやりがいを見つけたから、まっすぐ前を向くことが出来る。しかし、英子は何も変わっていなかった。高校生活が今、まさに終わろうとしているのに、彼女は入学したころからあまり変わらなかった。


 樹が放送室のドアを閉めて、3人は階段を降り、昇降口に向かった。そして、靴を履くと、軽く挨拶をして知弦は帰っていった。

 英子と樹は一緒に校門へ向かっていた。校門はすでに半分閉められており、校舎には教師以外残っている様子はなかった。


「先輩、この後、時間空いてますか?」


 樹は校門の前で英子に尋ねる。英子は答えられず、黙ってしまった。


「あ、すいません。先輩、受験生ですよね。時間とらせてしまってすいません」


 そう言って樹は軽く会釈をして英子から離れていく。英子は迷っていた。しかし、迷う暇はなかった。


「大丈夫」


 辛うじて樹に届く小さな声で答えた。樹はゆっくりと振り向く。


「私、受験しないから時間はある」


 樹は驚いていた。それは英子が誘いを受けたことなのか、それとも受験をしないと言った事なのかはわからないが、樹も納得して言葉を返す。


「なら、少しだけ付き合ってください」


 彼はそう言って、再び彼は英子の前に立った。

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