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 美堂沙羅は才色兼備さいしょくけんびというその言葉が最も似合う女子生徒だった。

 手触りの良さそうなさらさらとしたきれいな黒髪を凛と伸ばし、濁りのない真っ白で繊細な肌。その整った顔立ちはまるで彫刻のようで、すっと伸びたまつ毛と流れるような切れ長の瞳が彼女の上品さを引き立てている。日本人とは思えない筋のきれいな小鼻と口紅を差しているかような淡い紅色を浮かび上がらせた唇。また、バランスの良いその身体は、細すぎもせず、ふくよかとも言えないちょうどいい肉付きが、彼女の妖艶さを感じさせる。


 勉学に優れ、スポーツ万能、芸術の才にも秀でていた。何よりも彼女のその放つ声は誰もを魅了する。耳に心地よく、じんわりと染み入るような声音こわねだった。


 彼女はその才能を生かすため、この春頃まで放送部に所属し、部長を務めていた。テレビ局が主催する高校放送コンテストや朗読大会など、数々の功績を残し、将来を有望視されていた。昼休みに流す放送部の活動を心待ちにしていた生徒も少なくない。


 彼女は非の打ち所のない、そんな女子生徒だった。だからこそ、そんな有能な彼女が校舎から転落したと聞けば、驚かない者などいない。ただの転落事故だったのか、それとも自殺か、構内中ではその話題で持ちきりであった。


 英子はそんな沙羅と、クラスメイトという以外にあまり接点はなかった。彼女以外のクラスメイトともほとんど会話をすることなどない。沙羅と会話をしたことだってないに等しい。けれど、彼女はよくクラスメイトの中で話題となっていたので、教室でそれを耳にすることは始終あった。


 クラスメイトたちの話によれば、沙羅は代々医者の家系に生まれ、立派なお屋敷に住むお嬢様らしい。幼い頃から多くの習い事をこなし、教育熱心な母親に厳しく育てられてきた。将来は医者になるようにと母親によって志望校を東帝医学大学と定められていたが、彼女の希望は医者ではなく、アナウンサーだったため、当然彼女の志望学部は医学部ではなく、経済学部か法学部に進学したいと思っていたようだった。


 確かに彼女の家庭は経済的に恵まれていたが、環境として良かったとは言えなかった。ただ、それを彼女が煩悶はんもんしているようには見えなかった。彼女はいつも穏やかで、どこか余裕があるようにさえ感じていたのだ。


――あなたの周りって、なんだか静かで心地良さそう


 一度だけ、沙羅が英子に話しかけたことがあった。それは体育の授業で体調の優れなかった日、英子と沙羅は誰もいない教室に二人きりでいた。

 沙羅は窓際に立ち、グラウンドを眺めていた。英子は自分の席で読書をしている時だった。沙羅は英子を見つめ、おもむろにそう呟いたのだ。一瞬、自分に向けられた言葉とは思えず、反応に遅れてしまったが、ゆっくりと彼女の方に目を向けると、彼女は英子に微笑んでいた。窓の向こうから太陽の光が差し、風に靡く髪が輝いている沙羅の姿に、英子は見惚れてしまったほどだ。


 ほとんど話したことのない英子でさえ魅了する沙羅だった。その言葉の意味を今でも理解しきれてはいないが、あの時の沙羅を見て、自分の生い立ちを不運に思っていることなどと微塵も感じている様子はなかった。彼女はただ受け身であった。全てを受け入れ、それに納得しているように見えた。


 そんな彼女が自殺など、英子には到底思えない。彼女の何を知っているわけでもないが、少なくとも彼女が受験や家庭環境において、思い悩み、死のうなどと考えはしないだろう。もし、自殺だとしても他に理由があったに違いない。英子はそう思わずにはいられなかった。

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