第5話 歴史

 ゲルンさんの表情が険しい。


「スピカ、その通りです。マツモト村のバリアなど、すぐに破られてしまう。

 人類は、一万年前に起きた第二の創世記以降、滅亡の一途です。

 氷河期が始まってから、気温は下がる一方で作物も乏しい。

 村はずれの巨人隕石を魔石として加工できれば、繁栄の道もあったはずでしたが...」


パバリ師匠が重々しく口を開く。


「しかし、歴史の通り、全人類の叡智を集めた数千年の研究の結論は、巨大隕石の活用は一切不可能じゃった。

 そうして、かつて魔石研究の中心として栄えたマツモトが衰退して、もう5000年は経ってしまった。

 人類は、50に満たない点在する魔石バリアに頼った村々で生き延びるだけじゃ。総人口100万人ほどにまで減って....今や人口50万人のメキシコ村も失われた....」


 ゲルンさんがマツモト村を大切そうに見渡す。


「ここは、植物の王エイゴン様の加護の元、花が咲き子供が遊び回る辺境の村になりました。

 星の精霊リオ、星を破壊するほどの力を持つ者よ。その力で我々を、人類を、助けてくれませんか。無理は承知です。

 私は、この平和な辺境の村が大好きなんです。

 遺物の資材を寄せ集めて作った建物が並ぶ風景、かつての魔石を研究した科学者の末裔が細々と世代を重ねていく歴史、甘いあんことパリパリした皮が美味しいピカリ焼きも、夏の風物詩として古代から残る盆踊りやお祭りも。

 だから、どうしても守りたい。どうか....」


 頭を下げるゲルンさんに、リオ兄が心を痛めて辛そうに答えた。


「助けたいです。心は、もちろんそうです。3年前、エイゴン様と村が、僕とコフィを受け入れてくれたご恩、日々感謝しています。もちろん、ゲルンさん、あなたにも。

 僕達にとってもマツモト村での日々は、守りたい、かけがえがないものです。

 でも、残念ながら僕は、攻撃に参加できません。理由は、ご存知の通り。異星人として、星の精霊として、訪れた星の歴史に関わる出来事に積極的な干渉をしないのが、宇宙の不文律です。

 しかし、防衛だけになら自己防衛を言い訳に、最大限加勢しましょう。

 そうはいっても、村民1万人の早急な避難が先決かと思います。いざとなれば、僕が村人を瞬時に空間転移させましょう。問題は、どこに避難するか....」


 スピカが続けた。


「森の一つ目巨人も、避難が優先という意見でしょう。

 でも、魔石が作るバリアを壊すことなんて、どうしてアスタロトはできたのでしょう?一万年、誰も壊せなかったのに?」


 パバリ師匠がさらに深刻な顔をしている。そして、俺をちらりとみながら言った。


「そう。隕石も魔石も魔石が作るバリアも誰にも壊せない。神が、人類が生存できるように作った魔石バリアは一万年、不滅じゃった。

 しかし、その神、コフィの母しょうこ殿がどこかに隠していた「神の力」をアスタロトが見つけたのじゃ。

 事実、メキシコ村のバリアは破られた。

 そして、人類は、バリアの外ではモンスターの餌食。避難できる場所などないのじゃ」


 絶望するしかない事実に全員が絶句する中で、リオ兄がパバリ師匠に強く抗議した。


「パバリ様、まだ両親のことをコフィに伝える時では、ありませんよ」


「フォッフォ。すまん、すまん。つい、口を滑らせたわい。しかし、コフィをいつまでも子供扱いするわけにもいかないじゃろう?」


 俺は、混乱して思わず口をはさんだ。


「一万年前に母さんが魔石バリアを作ったの?....どうして、母さんは、神の力を隠したの?そしてそれを悪魔が?リオ兄、教えてよ、亡くなった父さんと母さんは、何者なの?いい加減もう隠すのは、やめてよ!」


 リオ兄は、何かを念じながら、目を閉じて叫んだ。


「来た!」


 その時、大きな地鳴りと立っていられない程の地震が起きた。外から大きな爆破音がいくつも聞こえる。

 スピカが外を見て、空を指さした。


「きゃあ!まさか、あれが魔王城?!コフィ!見て!村が、燃えている!?」

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