第6話 悪魔

 マツモト城の屋根が吹き飛び、夕暮れの空から驚くくらい可愛い女の子が降りてきた。月と星のイヤリングがキラキラ光る。


「なによ、魔石バリアなんかしているから、わざわざ奪いに来てあげたのに。なんて小さな魔石なのかしら。あたしのコレクションには、要らないわ。ザイド、お前にあげる」


 サングラスの男、ザイドが忠実そうにお辞儀をした。


「アスタロト様、ありがたき幸せ」


 ゲルンさんも、パバリ師匠までもが、一瞬にして、若い女の子の姿をしたアスタロトに魅惑されてしまったみたいだ。パバリ師匠がその美貌に釘付けになって、ヨダレを垂らしている。


「う、美しい...なんてことじゃ...た、たまらん」


 ゲルンさんとパバリ師匠の瞳に映るのは、アスタロトの若く鮮やかな美しさ、溢れる色気だけのようだった。ゲルンさんは、口から泡を出して倒れている。


 アスタロトは、その女性らしい身体から自信と豊かな魅力を振りまきながら、口を尖らせて不満を漏らす。その姿がまた、愛らしい。

 次に、アスタロトの視線が、やっと俺に移る。俺の瞳の奥にその姿が焼きつく。ドキリとして、目が離せない。


「あら、坊やね。やっぱりそうよ、間違いないわ。愛しの大悪魔ルシファー様の息子ね。さぁ、こっちへおいで」


 空中のアスタロトは、白いすべすべした胸元に俺を引き寄せて、柔らかく抱き寄せる。懐かしいようないい匂いだ。

 俺もまた、アスタロトに魅了されて意識がもうろうとしていく。胸がドキドキして、アスタロトに触れたい衝動がおさまらない。アスタロトのモチモチと心地よい胸に顔を埋めて、温かい甘い香りが俺の心に満ちていく。


「あら、可愛い。水も滴るいい男ね。しかも、神の聖な力も宿している。危険だわ。あぁ危険って、恋のスパイスね。さっさと悪魔の方に目覚めて、あたしと楽しく暮らしましょう。お名前、何ていうの?」


 俺は、アスタロトの言葉に逆らえない。

気がつくと、勝手に言葉が出てきてしまう。


「俺の名前は、コフィ....俺が悪魔の息子?」


 アスタロトは、星が輝くような美しい瞳で優しく俺を見つめる。


「そうよ、コフィ。自分のことを知らないなんて、おかしいわよね。あなたが誰なのか、誰も教えてくれないのね。でも安心して、あたしが教えてあげるわ。いけないことも、嘘も、真実も全部。でも、それを知りたいって、本当に思ってるの?」


「し、知りたいんだ。教えてくれ!誰も本当のことを教えてくれないんだ。それで、俺ばっかり責任を取れっていうんだ」


 俺は、心から思っていたことを打ち明けてしまった。


「可哀想なコフィ。わかったわ。あたしが一つずつ教えてあげる....まだ角も生えていないなんて。心が角を拒んでいたのね。辛かったでしょう。目覚めるのを助けてあげる」


 アスタロトが柔らかい両手を俺の両耳に当てて、俺の額にねっとりと口付けをした。俺の身体がしびれて熱くなる。

 そして、アスタロトがみずみずしい唇を離すと、俺の額から小さな黒い角が生えてきた。手の爪が尖って分厚くなる。

 俺は、恥ずかしいような嬉しいような、不思議な気持ちになった。

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