第3話 機転

 マツモト城の庭で、俺は、スピカに詰めよられる。スピカの赤い大きな瞳で見つめられると、いつもうまく言い返すことができない。


「コフィ?パバリ様がこなかったら、グインがどうなっていたか、ちゃんと考えて!」


 スピカのその瞳には、真剣さが宿っていた。


「それにコフィ!あなた、わざとあの屋上に誘い込んで、貯水池に落としたでしょう!私とリオ兄には、わかるんだからね!

 今ごろ、ゲルンさんが私の撮影したビデオを見ているところよ。あのビデオがなかったら、どんな言いがかりをつけられていたことか。私に一生感謝しなさいよ!」


「あ、ありがとう...でも、そもそも悪いのはグインじゃないか...」


「コフィは、全然自分の力をわかってないのよ。グインなんか10人束になってもコフィに敵うわけないわ!自分が強い、その自覚を持ちなさい!」


 パバリ師匠がその一部始終を楽しそうに見ていた。


 それからスピカは、そのパバリ師匠にその強い目を向けた。


「パバリ様もちゃんと叱ってやってください。パバリ様は、コフィに甘すぎます!」


 パバリ師匠もスピカにたじたじだ。


「すまん、すまん。確かにそうじゃ。反省が必要じゃな。では、久しぶりに剣の稽古をつけてやろう。罰として、コフィは、短剣一本じゃ!」


 剣術道場に行き、俺とパバリ師匠は、それぞれ、長さの違う木剣を構え、すぐに打ち合いが始まった。短剣でパバリ師匠の剣を受けると、手が痺れる。だめだ、もっと受け流さないと。

 スピカは、楽しそうに、離れた場所から見ている。


「コフィ、頑張って!」


 俺を懲らしめたいのか、応援したいのか、どっちなんだ。それに、どうして俺ばっかり責められるのか。あぁ、また、額がうずくように痛む。

 パバリ師匠が長剣で容赦なく攻め、俺は、ギリギリで避けるのが精一杯だ。


「どうした?避けるだけでは勝てないぞ。それにグインからも、どうして逃げてばかりいたのじゃ?」


 パバリ師匠が斬撃を緩めずに言った。

 俺は、右に左に避けたり、身をかがめて、なんとか剣を避けながら、答える。


「力を無闇に使わないと教えたのは、師匠ですよ。力を使うなと言うのに、なぜ剣の技を教えるのですか?」


 パバリ師匠がニヤニヤしながら、急所をしっかり狙ってくる。重力魔法と剣の完成者といわれているだけあって、圧倒的な剣技だ。

 俺は、短剣でなんとか凌ぐが、絶望的に不利だ。こんな一方的な状況でどうしたらいいんだ。少しでも動きが鈍れば、すぐに仕留められてしまう。頭も痛いし、もう限界が近い。


「フォッフォ!力には責任が伴うこと、力では真の勝利はないと教えるためじゃ!1万年鍛えたこの剣技、しかと味わえ!」


 パバリ師匠は、一層、剣の速度を上げて、満足げに答えた。

 俺は、体力の限界を悟った。そして、たった一つのチャンスを見出した。


「師匠!もっとわかりやすい答えを、お願いします!」


 パバリ師匠が俺とほぼ同時に答える。

 俺は、できるだけパバリ師匠の声真似をして、いつもの口癖に言葉を重ねた。


「答えなどないのじゃ」「答えなどないのじゃ」


 俺は、狙いが当たって、得意げに言った。


「絶対、そう言うと思いましたよ」


 パバリ師匠が豪快に笑って、やっと剣を納めた。

 俺は、息を切らして、その場にしゃがみ、大の字に仰向けになった。


「フォッフォ!一本取られたわい。剣の腕は、まだまだじゃな。機転に免じて、今日は、これくらいにしておいてやろう」


「もう!パバリ様は、やっぱりコフィに甘すぎです!もっとコフィを懲らしめてやってください!」


「だから、お前は俺をどうしたいんだよ!」


「うふふ♪」


「フォッフォ、コフィもスピカの心は読めないようじゃな」


 それから、俺は、パバリ師匠とスピカと一緒に、村のリーダー、ゲルンさんにグインのことを謝りに行った。

 マツモト城の天守閣には、ゲルンさんとリオ兄が待っていた。

 リオ兄は、3年前に両親を失った俺の育ての親だ。絶対に逆らうことができない、圧倒的な存在。

 俺は、リオ兄からいつも、子供扱いされてしまう。きっとひどく叱られるだろう。

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