三話・佐竹のオチ

「とまあこんな感じだ、どうだったい」

「どうもこうもない、つまらないもんだね、三文さんもん小説でももっとマシな筋書きだよ」

「事実だもの、仕方がないだろう?」

「事実は小説よりも奇なりとでも言いたいのかね、怪談にしても人が死にすぎだし、途中の暴動なんざ酷いもんじゃないか、嘘じゃないなら大問題だろう」

「なったじゃないか、大問題。知らなかったのか? 連日一面を飾ったニュースも覚えてないから、お前は三流未満の小説家なんだよ」

「あったっけなあ……」

 いくらなんでもそんなニュースがあれば知っているはずだ。あの頃はテレビとネットを見るぐらいしか娯楽もなかったんだぞ。

「三年前のニュースも覚えてないのか?」

「どうもそうらしい。『さて問題、感染拡大がいちじるしいことでコロナ初期に話題になった、豪華客船の名前は?』」

「……クイーンエリザベス号」

「ニュースを覚えてないのはお互いさまじゃないか」

「確かに、悪かった」

 佐竹は笑いながら謝罪の言葉を口にする。しかし私にはもう一つ、根本こんぽんから納得いかない要素があった。

「しかしねえ、藤村操を悪霊のように使うのはやめてやれよ。『巌頭之感』を読んだことがあれば、藤村操が地縛霊じばくれいやら現世の人を自殺に追い込むみみっちいものになるはずがないのがわかるだろ。彼自身が悪霊になりうるわけはない。『始めて知る、大なる悲観は大なる楽観に一致するを。』の響きの清々しさだって、理解できない君ではないよな」

 佐竹は少しの間沈黙し、さっきの怪談を高跳びで超す一言を放った。

「は? なにそのポエムは? 藤村操の『巌頭之感』ってのは『巌頭に立ちて呪いしは人の世。君達きみたち幾年経いくねんたてども復讐せんとす。』という文だろ?」


――――

 もう日も落ち始める午後二時、私は珍しく自分から佐竹に電話をかけることとした。知らない『巌頭之感』の文言、知らない事件、通話が終わった後、どうも後味が悪かったのだ。四時になり、もう外は薄明りさえ見せていたのに、私の四畳半よじょうはんは隅の部分からどうも真っ黒でヒヤリとしたものが辺りを包もうと――なんて陳腐ちんぷな三流小説の比喩さえ頭に浮かんだ。どうも狐につままれたようで少し腹立たしい。×も佐竹の言う文言もんごんの『巌頭之感』も少し調べて出てこない。

 携帯電話の呼び出し音が三コールもしないうちに、彼は電話に出てくれた。

「どうした? お前から電話なんて珍しいじゃねえか。『原稿書けたぜ、ありがとうございます佐竹様、今度東京に来たらおごらせてください』の電話か?」

 おごってやがる。彼の馬鹿話は無視して本題に。

「お前の昨日の電話の『×高事件』調べても出てこなかったぞ? 話を聞き終わった直後は俺の頭がどうかしたのかと思ったよ」

「×高事件? なんだそれは」

「また深夜ととぼけ方しやがる、これが小説なら味をしめたつもりの天丼てんどんだぞ」

「なんだなんだ、なにを怒ってる、珍しいな」

「だからお前のつまらん怪談にきれてんだよ」

「怪談?」

「怪談」

「いつの?」

「昨日…… いや今日の深夜のやつだよ、ネタをくれてやるなんて言って聞かせたやつ、木下と藤村操と……」

「は? なんだいそりゃ。木下って誰だい。小説を書いているとどうも皆、頭がおかしくなっちまうらしいな」

「違う、小説じゃねえ、お前のお喋りで狂いそうなだけだ」

「どうも納得いかん。俺が昨日したのは巡礼旅じゅんれいたび。金持ちすぎて通った町がインフレ起こすって、そんなに怒るほど怖いか? 大丈夫かよ、

 マンなんとかの話なぞ、聴いた覚えが一切ないのに、彼の声色は真剣そのものどころか、本当におかしくなったかと心配して語気がどんどん優しくなってゆく。なんだか佐竹が恐ろしくなって電話をブツリと切ってしまった。冷や汗が頬を伝う。胸の鼓動だけが聞こえる静寂の部屋の、天井の隅をぼんやりと眺める私は、『巌頭之感』の一部分を思い浮かべないわけにはいかなかった。

――万有の真相は唯一言にして悉。曰く「不可解」

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語り部佐竹のうそばなし 笠井 野里 @good-kura

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