第15話 偶然の悪魔による犯行
「この事件は、登場人物の殆どが、知らず知らずのうちに、悲劇を起こす舞台装置として機能していました。まずは和代夫人。彼女はたしかに、渡り廊下の上に刃物を置きました。ですが、これは貴方宛のメッセージではなかった」
「ど、どういうことですか!?」
「あの刃物は、竹本氏を嘲笑するためのメッセージだったんです」
大地震が起きたかのように、昌義は狼狽えた。まさか殺人の大きな要石を担っていた、三宝にのせられた妻からのメッセージが、まったくの別物であるとは!
「竹本さんは、一番最初に鶴子氏に拝謁する人だ。だから、彼女が母屋から渡り廊下を渡るときに、その三宝にのった刃物を見せつけることで、こういうメッセージを向けるつもりだった。曰わく、千里眼は本物だ、と」
場を呑むような出雲の言に、まったく昌義の理解は追いつかない。何故に、和代が刃物をおくことで、竹本氏に千里眼の力を認めさせることになるのか。それにはこんな道理があった。
「知っての通り、竹本さんは鶴子の能力を疑っていた。それだけじゃない。和代こそ翔太くんの仇だと思い込んで、その事実を共犯者の鶴子に認めさせようとしていた。だから、彼女はあるものを持ち込んでいた」
「まさか」
「そうです。これがもう一つの偶然。あの包丁は、竹本さんが持ち込んだものだった」
「で、でも、持ち物を検査したときは、どこにも」
「とある場所に隠していたんです。すぐに回収できる、玄関先のとある場所に」
しばらく視線を彷徨わせていた昌義は、あっと声をあげた。
「まさか傘立ての壺に!?」
「彼女は以前、息子を見つけて貰うために千里眼の家を頼っている。だから持ち物検査が厳重で、なおかつ、どこに凶器を隠せば取り出せるか、理解していた。だが、おそらく、それに気づいたのは彼女だけではなかった。
和代さんも知っていた。そして警察が来た途端、落ち着きがなく、動揺している彼女の顔をみて、すぐに察しがついた。だから彼女は着替えるといって奥に戻ったあと、身を屈めて、玄関ポーチに向かった」
応接室で目撃された玄関に向かう人影の正体は、竹本夫人が壺に隠したであろう刃物を回収する和代夫人であったのだ。
「竹本さんはそれに気づいた。だから不安になって確認するため、煙草を吸うという方便をでっち上げた。だが壺の中に包丁がなく、それが悪用される危惧をおぼえ、中庭をさがし、庵のほうにいって、そこで死体を発見した」
「そんな、じゃあ、まさか」
「そうです。和代さんは貴方に鶴子さんを殺させるつもりは一切無かった。あったのは、八幡平家を脅迫しようとしていた竹本さんへの威圧行為だった。警察もいる手合い、竹本さんも傍若無人な脅迫には出られない。それを見込んでの、あの三宝の包丁だった」
そして。
と、出雲は思う。また権田原刑事たちの来訪も、この偶然の悪魔による作為的な配置といえるだろう。彼等が竹本がいる日にこず、蔵本医院について言及しなければ、こんないびつな歯車同士が噛み合うこともなく、錯誤の果てに、昌義が母を殺すことはなかったのだ。
「なんと、なんと莫迦なことを」
偶然の悪魔によって犯人に仕立てられた男は嗤った。
夜のしじまに、鬼哭啾々たる悲嘆が木霊した。
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