第11話 偶然の悪魔
彼はまるで今までの話をまったく聞いていなかったように、眉間に逡巡の皺を浮かべながら、ひとりでにうんうんと唸っているのだ。
「なぜ、あの人が八幡平鶴子を殺したのか」
さらに事欠いて、場を掻き混ぜるようなことをうそぶく。
そう、うそぶくように聞こえるのだ。なにせ、この場に居る彼以外のすべてが、竹本幸の自白によって、すべて完遂する事件だと思い込んでいたのだから。
が、彼はそれに反駁する。少なくとも、彼の呟きはそうとれる。
「刑事さん。ひとつ質問を」
青年はなぜこの場が、急に沈黙で満たされたのかも勘づいていなかった。ただ、都合のよい静寂が流れたことに気をよくして、精察を深めようとする。
「失礼ながら、八幡平家にきた理由をちょっと小耳に挟みまして。どうやら鶴子さんが以前勤めていた産婦人科について、なにか聴取したいということ。その内容とやらを知りたいんですが」
「事件になんの関係がある」
「わかりません」
と、恬然と言う。
「が、この場で、唯一、理解に達していないピースが、それだけなんです」
なんとも力強い台詞だろうか。事件に於いて、その全貌は見えないまでも、おおよそ推察によって犯人を定めて、真相は容疑者の口から自白させようとしていた権田原刑事とは対照的な自信である。
「ふむ」
と、腕を組んだ刑事は、僅かな逡巡のあと、すぐに決断した。
「蔵本産婦人科医院は知っているか?」
「はい。この地区の心霊スポットであり、十数年前に廃業した産婦人科ですね。たしか、いま解体工事に着手されているとか」
「そうだ。そして、そこから二十三人の行旅死亡人が発見された」
「
「本名や身元が判明せず、遺体の引き取り手のない死亡者のことだ。彼等は全員、瓶詰めにされていた」
「瓶詰め。・・・・・・まさか」
さっと血の気がひいた出雲にむかって、権田原刑事は首肯する。
「そのすべてが乳児だ。サイズは2000グラムから5000グラムのあいだ。おそらく出産直後の乳児だろう。警察としては、院長主体で生まれた子どもを死産として扱い、処理する手間賃を稼いでいたとみている」
「口減らしですか」
「時代錯誤と思うかも知れない。だが、すべての胎児が望まれて産まれるとは限らない。許容される堕胎期間をすぎた胎児は、いってみれば必ず産まないといけない。ところが、それを望まない母親、あるいはその母親をとりまく環境が、こういう闇医者に頼らないとは限らないだろう。
手口としてはこうだ。出産間近の妊婦を隔離入院させ、出産させ、胎児を殺す。だが、表向きは流産によって、胎児が死亡、そのケアとして入院しているとするんだ。そして女、あるいはその関係者から〈治療代〉をせしめる」
「でも、どうして保管など」
「青年。君は、胎児がどの時点で人間になると思う?」
「無論、生をうけたときに・・・・・・・」
「それは受精卵のときか? それとも細胞分裂を始めた時? それとも脳神経が発生したときか? だが、日本では堕胎しても殺人罪には問われないだろう。いってみれば、胎児は人じゃない。少なくとも法律上はそうだ。
そして日本の法に於いて定める限りでは、ひとは、母親の胎内から出た瞬間、人間になる。そして乳児であっても、その人間を、無闇矢鱈に処分することは一般人を殺して遺棄するのと同罪だ。いずれ足もつくだろう」
「だからホルマリン漬けに?」
「遺棄するにも、毎度毎度、乳児を埋めたり処理して足がつくより、自身が管理できる病院で保管しておくほうが安全だ。それに蔵本産婦人科は、産科としてはかなり腕のある病院として名が知れていた。或いは、望まれなかった彼等を検体として、産科の腕を磨いていたという考え方もできる。現に数人は外科的縫合の痕が発見されている」
「警察は、鶴子がその子殺しに関与したと見ているんですね」
権田原の動向は、こうして詳らかになった。
だからといって、この事実を以て、この事件の全てが解明される筈もない。そう頭ごなしに断定していた権田原は、出雲が急に襲ってきた疼痛に苦しむような、ひどく苦々しい渋面を浮かべたことに、然もありなんと、早合点した。
当初の想定道り、竹本幸を絞ることでしか真相は開陳しない。
ところが当の出雲青年が、その苦悶から絞った言葉は、推理のどん詰まりで掲げた白旗ではく、まったく想像し得ない悲嘆の声だった。
「俺はひどく考え違いをしていたらしい。これは、あまりにも悍ましい」
そういって、彼はどこか畏れ、祈るような面持ちでいう。
「刑事さん。これは人の犯行と呼ぶには、あまりにも惨い」
「どういうことだ」
「どうもこうもないですよ」
彼はそう言い添えて、この犯罪の総括とも呼ぶべき感嘆を述べた。
「これは偶然の悪魔による犯行なのです!!」
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