第10話 疑いの眼差し

「なにを藪から棒に!」

 

 和代は吼えた。


 だが、それにおっかぶせるように竹本もヒステリックに叫んだ。


「刑事さん。この女です。この女こそこの事件の、いえ、千里眼事件の首謀者なんです!真相を知ったのを見抜いて、鶴子が真相を明かさないように、さっさと殺して、わたしに罪を着せようとしたのだわ」


「落ち着いて下さい。落ち着いて」


 権田原は過熱していく二人の言い争いに、すかさず待ったをかけた。


 だが、犯人として指弾されている竹本は、ここで押し黙る訳にいかなかった。肩を怒らせ、歯を剥くようにして、いかに和代が恐ろしい存在であるかを語るのだった。


「刑事さん、そこの女はね、翔太が失踪した日から、現場近くで何度も目撃されているんです。奇しくもね、今日、着替える前に来ていた服が、まさに、そのときと同じ服なの。その服で、日傘をさして、付近をうろつきまわるアンタの姿がね」


「わたしが?」


「しらばっくれないで! わたしだって視たのだから。裾に牡丹の絵柄をあしらった紫の長羽織に、くろいパコダ型の長傘で顔をかくして、まわりをうろついていたでしょう。服はさっき、そして傘も玄関で確認したわ。それが証拠よ」


 登った血が首筋の血管をふくらまし、怒りで指先が痙攣している。

 そして竹本は昌義にまで、その忿怒に煮えたぎった目をむける。


「あんたたち、グルなのだわ。マッチポンプなのだわ。千里眼なんて言ってるけど、本当は子どもを殺して、見つからないところに埋めた後、それをさも視たかのように、あのババアに語り聞かせるだけなのだわ。だから殺した。わたしがあの憐れな老婆に詰め寄ることを察して、バラされないように殺したのよ。それが真実。千里眼殺しの真相よ!」


 信者の如く振る舞っていた竹本の本心は、その実、共犯者とする鶴子に直に相対して、和代の犯行を詳らかにさせることだったのだという。


 ところが、指弾された和代本人は鼻でわらう。


「アナタ、矢っ張り義母さまの力を信じていなかったのね。感謝を伝えに、なんて言うから、いやな予感がしたのよ。ましてそこの学生に、ぺらぺらとこちらに聞こえるように、義母さまの偉業をかたるものだか、絶対に裏があると思ったら、まさか、こんな妄言をいうなんて」


「妄言!? これが真相よ」


「その真相とやらに取り憑かれたからこそ、大恩人であるはずの義母さまを殺したのでしょう。そうでしょう!」


「あなたこそ、そうやって、自分の罪をこちらに着せようとしているのだわ」


「だったら、なぜ義母さまの神殿を覗いていたの? 疚しいことがないのなら、答えられるはず」


「それは・・・・・・」


 ここにきて、放物線を描いていた疑念は、ブーメランのように竹本に戻ってくる。


 なぜ彼女が殺人現場の窓を覗いたのか。

 その理由を問う視線が、ふたたび竹本に殺到する。


「で、でも、あなたたち夫婦も、アリバイが怪しいじゃない。あなたたちも、千里眼を殺す機会は充分あったはず」


 事件に於いて、たしかに二人もアリバイは疑わしい。


「そうね。じゃあ刑事さんに聞いてみましょうか。ねえ、刑事さん。義母さまは、いつ頃殺されたか、それくらい分かりますよね」


「・・・・・・被害者の体温から鑑みて、発見から死後十分も経っていないだろう」


「訊いた? つまり、義母さまが殺されたのは、彼等、警察が来たあとなのよ。もし

もわたしたちのどちらかが犯人だったとして、同居している人物を殺すのに、警察が、しかも殺人を扱う第一課がいるときに、わざわざ殺すと思うの?」


 事実、その点で権田原刑事は竹本ひとりに的を絞ったと言える。


 昌義か和代が鶴子の命を狙っていたのなら、わざわざ刑事がいるときに殺すリスクを背負うとは到底思えない。


 まして相手は認知症で、要介護老人の鶴子である。誤飲を装って殺すことや、失踪したとして秘密裏に殺害して、遺体を埋葬することなど容易なのだ。


「そ、それなら、わたしだって、そうじゃない」


「いいえ。アナタはむしろ逆。あたしたちに罪を着せるには、刑事がいたほうが都合が良くなくて? それに日を改めて、また殺害しにきたら、すぐに発覚する。ああ、あの人は警察が居たから、犯行を控えたのだ、とね」


 やや粗いながら、感覚的には筋が通る話だ。


 和代の推理に権田原が沈黙を通しているのも、おおかた同じ筋読みをしたからだろう。


 応接室は、いまや竹本幸の取調室となっていた。


 彼女を弁護するものは独りとしておらず、さだめし求刑をまつ囚人として、彼女はここに座っている。



「・・・・・・・・・・・・ない」



 だからこそ、その青年の独り言に、みんな耳を疑った。


「動機が分からない」


 ぼそりと呟いたのは、ほかでもない出雲青年であった。

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