第7話 刑事の嘆息

「それでは、準備をしてまいります」


 和代と昌義は家の奥に入っていった。

 

 ふたりでもやや手狭な印象があった応接室に、あらたに成人男性がふたりもやって来たことで、この悪趣味な応接室は、たまりかねる圧迫感にみちみちていく。


 まして、ひとりは鶴子の信者、ふたりは天下御免の捜査一課である。出雲などは、竹本の隣にすわって、刑事二人と向き合うような形のため、なにやら聴取されているような緊迫感すら覚えてしまう。


 刑事二人も何か、こちらに話を差し向ければいいのだが、ことのほか、二人とも寡黙なたちらしく、陰陰鬱々とした雰囲気が、さらに応接室に滞留する。


「息が詰まるなあ」


「なにか?」


 古株の刑事が、じろりとこちらを見える。


「いえ、あの、人形でも視ようかと」


 出雲が立ち上がったとき、ふと窓の縁で、玄関のほうに横切る人影がみえた。


 それは人の輪郭というより頭の輪郭で、ちょうど頭頂部がちょこんと見えたに過ぎない。


「どうしました?」


 権田原刑事が、めざとく出雲の表情をよんだ。


「いえ、いま、そこの窓に、誰かが通ったような」


「そこに?」

「うーん。気のせいですかね」


 そのとき竹本がすくりと立ち上がった。

 顔色はいまだ青ざめて、やや落ち着きがない。


「玄関で煙草を吸ってきます」


「竹本さん」


 出雲は彼女を呼び止めた。


「ポーチ、忘れてますよ」


 彼女の小さなポーチから未開封のマイセンのメンソールが覗いていた。

 彼女は開いたポーチの中身を凝然と見下ろし、また出雲のほうに鋭い視線を投げた。まるで仇を睨むような鬼面である。


「・・・・・・どうも」


 彼女はそっけなく礼をいうと、逃げるように玄関のほうに歩いていく。


 玄関戸のサッシがぴしゃりと閉まると、若手の刑事が口をひらいた。


「ここには妙な奴等ばっかりッスね」


「そうだな」


 権田原はじろりと出雲をみとめた。


「君も、ここに人捜しか?」


「ええ。まあ」


「悪いことは言わない。止めておけ」


 デショウね、と喉まで出掛けた。

 が、それを我慢して、話の端緒をひらく。


「そう思い到る理由が?」


「そもそも奴等はオレたち警察の頭痛の種だ」

 権田原は愚痴る。

「やつら自身が死体を発見したというならまだ良い。だが奴等のお告げを信じた輩が、まことしやかに通報してくると機捜や派出所が動かざるを得ない。それで見つかれば恩の字だが、見つからないとなると更に質が悪くなる」


「どうなるので」


「またどっかの莫迦が、同じ内容の通報をするのさ。発見出来なかったのは、間抜けを信じた自分じゃなく、見つけられなかった警察の過失だと思い込んでな」


 様子が目に浮かぶようである。今でさえ、些細なことで通報され、業務がパンクしている現状で、使命感をおびた善意の第三者の〈お叱り〉は、疲労困憊の係員を殴りつけるに等しい。


 だがその一方で、本当に見つかることもあるという。


「だから益々厄介なのさ。十割嘘なら取っ捕まえれば良いが、その一割が、遺体が見つからないにしても、新しい遺留品を見つけるとなると」


「では、やはり千里眼は」


「莫迦を言うな。あるはずがない」


 権田原はにべもなく一蹴する。


「占い師の手口と一緒だ。当たり障りのない、どちらともとれる内容を喋っておいて、信じ込んだ他人に捜させる。遺族も元より千里眼を信じちゃいない。あたるも八卦、当たらぬも八卦。ただ打つべき手数のひとつとして利用して、見つからなければ当然、ときおり思わぬ大金星をひいた奴等が、まるで本当のように喧伝する。それにそもそも鶴子は霊能力者であっても、そいつをまともに使える状態じゃない」


「どういうことですか」


「八幡平鶴子は認知症だ。それもかなり進行している」


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