第5話 杏樹ちゃん殺害遺棄事件の顛末

「お孫さんの喪失によって、鶴子様は千里眼に目覚めたのです」


 子ども用品がおしかたまる応接室で、竹本から千里眼として開眼した謂われを聞かされていた。


 奇人変人の応対として、気が済むかぎり喋らせることが第一であろう。およそ先日調べた事実の総ざらえだったが、まるで初見のような振る舞いで、適宜相槌を打ってやった。


 しかし、彼女が饒舌になるのも分からないではない。


 事実、その妄言と思わしき老婆の通報は、的中した。死体は彼女が述べていたとおり、自宅から二キロメートル離れた、化学製品の廃工場の一郭に埋められていた。


 警察は当然、彼女を怪しんだ。


 これほどまで詳しいのなら、孫を殺した犯人ではないか。祖母が孫を殺すというのは、動機の線から考えても有り得べからざる感がつよいが、先入観は往々にして人を騙す。


 ところが、数日と待たず、彼等は彼女を容疑者から外した。


 無論、なにも理由がないのではない。


 遺棄現場に度々顔を見せていた無職の四十代の男が、捜査線上にあがったのだ。その男は杏樹ちゃん失踪現場と遺棄現場の直線上に住んでいる男で、過去に学童に対する痴漢によって起訴された経験があった。


 警察は事情聴取のため、その男が住む単身アパートに向かい、任意同行を求めたところ、犯行の露見を恐れたためか、ベランダから飛び降り、そのまま逃亡、途中、乗用車に轢かれて、意識不明の重体、のちに死亡が確認された。


 事件は、そこで一端区切りをみせる。


 が、開眼した第三の目は、白濁だった世界に色を取り返したことで、使命感によろこび勇むようにあらたな要救護者を探し始めた。


 とどのつまり、他の死体を見つけ始めたのである。


「それから鶴子様は、たびたび夢枕に、親元に帰れない児童の霊魂が立つと言います」


「子どもが?」


 竹本は我が意を得たりとうなずく。


「その霊魂に触れると、彼等が最後に見ていた光景が映し出されて、どこにいるのか、忽ち分かってしまうのです」


「それは降霊術の類いでは?」


「千里眼というのは、一義的なものじゃありませんから」


 彼女の脳裡には、御船千鶴子みふねちづこ長尾郁子ながおいくこのことがあるのだろう。どちらも明治後期に千里眼と謳われた女性だが、前者は透視、後者は念写である。必ずしも視るという行為に限定されないという点で、千里眼という呼称は、かなり雑である。


「そうすると、この周りにある玩具は、降霊のための依り代?」


「生前につかっていたものには、子どもの残留思念が宿りますから」


 さも当然なことのようにいう。


 呪術、魔術、オカルトにいたるまで、その思考の行き着くところは大方同じだ。この場合、本人から切り離されたものに、いまだ霊魂的なバイパスがつながっているという古い観念が、つよく結びついている。


 残留思念というのも、その観念から播種されたものだろう。

 

 人形など、本人がよく所持していたものに、霊的な同一性がうまれると思い込み、そこには故人の思念だけでなく記憶さえも残留するとする。さながら心臓移植をうけた患者に、ドナーの記憶が甦ったというオカルトと同じように。


「そう考えると――」


 信者がいる手前、気色悪い、とまでは言わないが、急にそこいらにあるヌイグルミの釦の目や、ビニール人形のプラスチックの目玉が、ぎょろり生々しい眼球に置き換わったような不気味さをおぼえた。

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