第4話 懐かしい声は俺を突き放す
おもしれぇ女。
少女マンガのヒーローみたいなセリフが出てきたのは近所のゴミ捨て場でおもしれぇ短冊を見つけたからだ。
『風よもっと強く吹け』
なんだこれ。変なこと書くな、年1チャンスそれでいいのかよ。
「優…ゆーちゃん、僕ゆーちゃんの言ってること全然分かんないよ」
七夕の気分をこんなみすぼらしいとこで味わってる物好きは俺だけではない。俺より先にいたの男はぼーっと『ゆーちゃんとプラネタリウムに行けますように!!!!!!』と書かれた短冊を眺めながら電話をしている。
『分かんなくていいよ!!全部知ろうとして、それでいて汚いもの見えたら離れていくんでしょ!!黙ってよ!!』
「そんなわけないよ!!」
たぶんコイツ人生で1番デカい声出したんじゃねぇかな。
「僕はゆーちゃんが好きなんだよ」
優香。
電話越しに聞こえた声に懐かしい名前を重ねた。
帰ろう。
階段を登って、鍵をかけなくなってしばらくする扉を開ける。おいチェーンキーはかけろって。
「すまん、遅くなった」
時計が10時を指してる。畜生、アイツ全然帰してくれねえな、別れるか。
「すーにぃおかえり〜!!」
出迎えは嬉しいがバタバタと足音を立てるのはやめてほしい。下のババア肝心なとこは耳遠いくせに騒音だなんだは文句言ってきやがるからな。
「陸、海、ご飯何がいい?」
『お邪魔しまーす』
なんて言うやつを初めて見た。
『これ、お土産。お母さんに渡したいんだけど…いない?』
普通に遊ぶ時に土産なんて持ってくるやつを初めて見た。
『あー、うち、親留守のこと多くて』
いつもみたいに笑い話にすればいいじゃねぇか、なんでこんな曖昧なことを言ってんだよ。
『そっか、じゃあうちとおんなじだ』
全然ちげぇよ。
『まあ大したものでもないし…陸くん、海くん!お姉ちゃんたちとお菓子食べよー!!』
汚ねぇ団地に、優香の周りだけが綺麗で、浮いていた。
「なんでもいいよ〜!!」
我慢、させてるよな。
『陸、海。傑はなんで傑なん?空はー?』
陸と海の宿題の面倒を見てくれている。俺は上手く教えらんねぇんだよな。
『あー、リズム感じゃね?空は兄』
なんでまたこんな曖昧なこと言ってんだよ。
『傑って、抜きん出た人ーみたいな意味あるっぽい』
全然ちげぇよ。
『でもたしかにリズム感いいね!!』
知らねぇよ。
『傑!!』
優香の周りにいると自分の汚さが目立って、優香を汚したくて仕方がなかった。俺の所まで引きずり下ろしたかった。
「兄さん」
電話越しに聞こえた声に懐かしい名前を重ねた。
『それやめろ』
帰りたい。
『俺宛ての手紙来てるだろ?新しい住所に送れ』
家にも俺の居場所を感じられない。
『空宛ての手紙、来てない』
嘘じゃない。
『はぁ?そんなわけねぇだろ。そんなに俺を困らせたいのかよ』
電話が切れた。
『お前らには分かんねぇよ』
空が出て行ったのは5年前。
『そら…』
陸と海が引き止めようとしている。
俺のせいじゃない、俺のせいじゃない。
『この汚ねぇ家にずっといられっかよ』
ただ俯いた。
「あの」
チェーンキー越しに聞こえた声に自分と同じ寂しさを重ねた。
「やけ食いしようと思ったら作りすぎました、食べませんか?」
挨拶もねぇんだな。理由も料理も分からねぇし。
「陸、海。メシ来たぞー!!」
『あんたがもっと上手くやればよかったのよ!!』
知らねぇよ。
今から5年前、俺が小6、海が生まれてしばらく経った頃。俺の顔つきがどうにも父親と似ておらず、DNA鑑定を父親が勝手にした。
結果はまあ違った。
母親は傑の元へ行った。父親は帰る頻度がどんどん、どんどん減っていった。
「なんか俺さ、托卵らしいんだよね」
陸と海は変な煮物を食べてすぐに寝た。
「うちの母親狂っててさ」
水を、せめてちょっといいグラスに注いで出す。
「俺の名前を相手の名前にしたってわけ」
蛇口から出た冷たかった水もすぐに緩くなる。
「君は、何かが欠けているのに、ずっと完璧なフリをしているんだね」
コトリ、とグラスを置いて言った。
「友だちになろう」
真っ直ぐな目で何バカなことを。
「これは新しい呪い、かな」
『なんで私が泣くと笑うのよっ!!』
泣きたいから。簡単に泣く優香が可愛くて、羨ましくて。
『おもしれぇじゃん』
自分が泣いた時、笑ってほしかったから。
「ハハハ。なんだ、君だって泣けるんじゃないか」
宇宙に1人だけ、取り残されたみたいな俺に、涙を教えてくれた。そんな思い上がった、少女マンガのヒロインみたいなことを吐いてもいいか。
「目にゴミが入ったんだよ」
爆笑しやがって。
『彦星なんてやめて俺んとこ来いよ』
おもしれぇ女。
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