第3話 上から降る声は汚れを実感させる

「ゆーちゃん泣かないで」

ねぇ信じられる?この人私に泣くなって言ってくれるんだよ?

「ゆーちゃん僕がついてるから」

ねぇ信じられる?この人私をほっていかないんだよ?

「ゆーちゃんのことが好きだ」

ねぇ信じられる?

私のこと信じられる?


「考えさせて」


結局私はこの人にその一言しか言えなかった。


『優香泣いてんの?』

そうだよ泣いてんの。お前のせいで泣いてんの。

私が泣くとお前は笑う。もっと泣けよって意味分かんないこと言う、そして出て行く。それがムカついてムカついて、私は泣きたくなかった。

なのに昔も今も泣く理由はいつもお前だ。

私の心を揺さぶるのはいつもお前だ。

『こいつら年1しか会えないのに、他人の願い聞くとかバカだよな』

去年お前と同じプラネタリウムを観た。毎年7月7日はペアチケットデーなのだ。

『俺だったら優香の願いしか聞かないのに』

ムカついてムカついてムカついてしょうがなかった。

『そんなこと夢にも思ってないくせに』

あぁ、ムカついてムカついてムカついてしょうがない、綺麗な顔がこっちを見てる。

私はその少し厚めの唇にキスをした。

その年は初めて短冊に願いを書かなかった。


「ふーん、んじゃ勇気くんと付き合ってみればー?」

上から声が降ってくる。ただこれは天の声でもなんでもなく、

「はぁ!?結ねぇ今の話聞いてた!?」

2段ベッドの上からの無責任な声だ。

「聞いてる聞いてる…ねぇ!!さっきのとどっちがいい?」

どぎつい赤のブラジャー、それだけでも吐きそうなのにそれを着て浮かれている姉がついてくる。

私たち姉妹は両親の仕事の都合で去年から2人で暮らしている。家は広くはないが2人しかいないのだから普通に部屋は余る。だが、この姉、大学生にもなって1人では寝られないらしい。いつも私か恋人と一緒だ。

「さっきのがいくらかマシ」

青のレースもなかなかやべえけどな。

「いやぁでもさ?軽ーいノリで付き合ってもいいと思うぞー」

下着の話が続くと思ったら恋愛相談だった。

「でもあっちはガチなんだよ、そんな遊びみたいなの可哀想」

昔の私みたいで。

「えーそうかな?たとえ相手は遊びでもガチで好きなやつと付き合えるって超幸せなことなんじゃない?」

極度な楽観思考にムカつく。

「まあ優香が嫌なら断ればいいけどさ、悩んでるから相談したんでしょ?勇気くんの何が引っかかってるの?超いい子っぽくない?」

そうだ。勇気くんは超いい子だ。なのに…いや、だからこそ。

「…怖い」

姉がベッドから降りてメイクを始めた。

「たぶん、勇気くんは私のことを天使か何かだと思ってる。穢れなき純白の天使だと思ってる。それが苦しくて、それを破ってしまったらと思うと怖くてしょうがない」

ポーチをカバンに入れ、青のレースの下着の上にシャツとジーパンを着ている。

「優香は汚ったなくて生意気ないい子だね」

寝っ転がった私の頭をクシャっとした。

「思う存分泣きなー!!いってきまーす」

そう言われて初めて気づく、私はまた泣いていたのかと、お前が好きな理由を。


1時間後、姉は泣きながら帰って来た。ただいまも言わずに2段目に飛び込んだ。

「私がっ、私がっ、バカだった」

涙で喉がつまってる。

「私がっ、うさぎを汚しちゃったったから」

うさぎは姉の彼女の名前だ。

「男の靴が乱暴に置いてあってっ、嫌な予感して私っ、静かに入ったのっ、階段から声聞こえてっ、部屋覗いたのっ」

同意のない行為、ではなかったということは姉の様子で分かる。

「あのふわふわのベッドでっ」

ムカついてムカついてムカついてしょうがない。

「思う存分泣きな」

やっぱりこのクソ姉は私の話をこれっぽっちも聞いちゃいない。自分の話ですら覚えちゃいない。

「人間みんな汚ったなくて生意気だってことだよ」

勇気くんと付き合うかはまだ分からない、ただ当分は姉の世話で手一杯になりそうだ。

今年も短冊に願いを書くつもりはない。

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