拝啓、先生へ。

高戸優

届きませんように。

拝啓、先生。


この手紙を書くことをお許しください。


そして、貴方へ届けないことを笑ってください。


もうそろそろ、時効だと思うので、この手紙はネットの海に流そうと思います。

このボトルが、貴方に届きませんように。

届いたとしても、自分だと確信しませんように。

別に貴方を困らせたいわけではないので、ね。


でも、先生、と表記するのは許してくださいね。







さて。今振り返って驚きましたが、私は先生の生徒になって早くも十年は経つようです。


何ひとつ上達していない、それどころかここ最近は多忙を理由に後退していますね。不甲斐ない生徒で申し訳ありません。


多忙、そうです。多忙が理由です。


多忙が理由なんですよ、先生。


多忙が理由と、思っていてくださいね。







私も、よくもまあこんな面倒くさい生き方を選択しているなあと思います。


貴方に密かに思いを寄せていた私のことを利用して、私の友人と付き合い始めた先生のこと、すっぱり切り捨てればいいと、わかっているんです、これでも。


切り捨てたら楽だって、理解しているんです。

本当ですよ、先生。


だって、先生?

貴方、私と話した内容すら覚えていませんよね。


二、三回なら許しましょう。ですが、五、六回目はそろそろ怒ってもいいとは思うんです。


同じ話を何度なぞればいいんでしょう。ちゃんと時間は進んでいるはずなのに、貴方との会話は何度も停滞しています。


しかも先生。

そんな態度の癖に、貴方、私を通して私の友人とお付き合いをはじめましたよね。


貴方が、仕事が恋人だと言っているのを日々近くで聞いていたから。貴方が、送ってくれる時当たり前のように助手席を叩いてくれたから。人混みの中で見つけて捕まえてくれたから。大勢の中で隣に座る存在に選んでくれたから。


貴方の中では一人の大事として扱われている存在なんだと。

信仰だか敬愛だかを混ぜた恋愛感情を抱くには、あまりにもピースが揃いすぎていたんです。


それなのに、貴方が私を飛び越えて、その相手を見て、その通過点として私を利用したのが、ごめんなさい。どうしても、許せませんでした。


結局、私は貴方の通過点でしかなかったと思い知らされた出来事でした。今でも思い出すだけで吐き気がします。まあ、それは内緒ですけど。


そんな貴方と一緒にいる時間は、今でも悔しいほど楽しいのに、何故、壁一枚を隔てて貴方が選んだ人の気配を感じなければいけないのでしょう。


正直ね、生活音を聞くのが苦しいです。

同時に突きつけられる、「貴方が誰かを選んだという事実」が耐えられません。

貴方の助手席に、唯一がいることを、今でも信じたくありません。





そんな酷い先生ですけれど、唯一覚えてくれていますよね。

私がブラックコーヒーが好きなこと。


「ブラックコーヒー、よく飲めるよね」


女の子なのに珍しいねって、淹れてくださる度に何度も笑っていますね。


当然ですよ。だって、貴方がブラックコーヒー、好きでしたから。

貴方に憧れて、近づきたくて、苦いこれを覚えて、少しでもわかりたかったんです。


ブラックコーヒー、美味しいですよね。

苦味が強いのが好きですよ、貴方と一緒で。

そんなこと、絶対に言ってやらないですけれど。





……こんな面倒くさい状況、さっさと見限って他を探せばいいんでしょうね。私だって、わかっていますよ。いい歳ですし、そろそろ結婚とか真面目に考えないといけませんし。


でも先生、聞いてください。私、男性と会話していると、先生がいつも過るんですよ。

見せつけるように貴方の一番弟子とも付き合いましたけど、結局貴方が過るだけ。


貴方から離れようとして、何人かの男性と出会いましたが、そういう時って盲目になるんですかね。

ものの見事に全て騙されました。

消費するだけ消費されて捨てられました。

そのうちの一人に、「割り切った関係になろうよ」と言われたのを今でも覚えています。


そうですね、私もそれがいいかと思います。

先生と出会った時点で、他を好きになる選択なんて、無くなってしまったのなら。

割り切った関係、乗っておけばよかったですかね。

でもそんな私になったら、先生に会ってはいけない気がするので、切っておいてよかったかなとも思ったり。






先生、ここまで書いて思ったんですけれど、先生は狡い人だと思います。

子どもっぽくて、人たらしな狡い人。

唯一ができたなら、変わらず私に笑いかけないでくださいよ。

背中を叩かないでくださいよ。

好きなものを嬉々として語らないでくださいよ。

私に、優しい言葉をかけないでくださいよ。




先生。貴方のこと、いつだって、断ち切っていいんだと思います。


断ち切ったって、誰にも迷惑はかかりませんし、私は楽になりますし。


……でも、先生。断ち切れないんですよ。


断ち切ろうと思うだけで涙が出て、貴方の一言で喜んで帰り道に泣き噦るくらい、呪われているんです。


その鎖を、手繰り寄せてしまうんです。


渦巻く感情が純愛なのか泥愛なのか、わかりませんけれど、この呪いは一生解けないようです。


先生、先生、ごめんなさい。


貴方には一生言いませんから、困らせませんから、近くにまだいてもいいですか。


停滞どころか後退した技術を取り戻すので。

貴方の好きなアーティストを覚えるので。

貴方の好きな曲を覚えるので。


コーヒー美味しいですねって、隣で笑っててもいいですか。


弟子としての唯一を、今度こそ狙ってもいいですか。


貴方の隣で綺麗に笑う、弟子でいさせてください。




拝啓、先生。


どうか、こんな愚かな愛を、感じ取らないでくださいね。


そして、あまりにも愚かな弟子を許してくださいね。



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拝啓、先生へ。 高戸優 @meroon1226

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