第53話 人生ガチャに終わりはない

「思った以上にすんなりいきましたね」

「ああ。こいつらまるっきり素人っぽかったし、楽勝だったな」


 誘拐犯達の大部分を取り押さえたラムロンとルカ、二人は手早く済んだ戦闘の後片付けをしようと、各々動き始める。


「一件落着、ですね。署から人を呼ぶので、ちょっと待っててください」


 ルカはこの場にいる全員にそう伝えると、誘拐犯達の移送をするために警察本部に連絡を飛ばそうと携帯を片手に外へ出る。ラムロンはそんな彼女を見送ると、部屋の隅に寄せておいた誘拐犯の若者達を見張っておくために彼らの周りをウロチョロする。

 こうして、とりあえず事にひと段落がつくと、荒事を一歩引いたところで見ていたフィスも部屋の中に入った。彼女はなんとなしに辺りを見渡すと、すぐに自分が憧れを向けるレプトの存在に気が付く。


「あの……」

「ん、そういや礼を言ってなかったな。この場所見つけてくれてありがとよ。おかげでこいつを助けられたぜ」


 レプトは壁に寄りかからせている気を失ったままの赤髪の青年を示しながら、フィスに礼を告げる。感謝の言葉を受けたフィスはというと、身の入っていない返事をしてレプトの隣に立った。


「どう、いたしまして……」

「……? あんま元気ねえな、どうかしたのか。えぇと……」

「フィスっていいます。その、さっきのレプトさんの話を聞いて、ちょっと……思うところがあったっていうか」


 フィスを含め、ラムロン達は誘拐犯達の気を引くためのレプトの話を行動中に聞いていた。彼の語った内容は、以前に罪を犯したことのある亜人のフィスにとって、ただ聞き流すことのできる内容ではなかったのだろう。彼女は広場でしていたようなカラッとした羨望の表情ではなく、道を見失った子供のように目を足元に向けていた。


「私、昔は施設で暮らしてて……。そこじゃあ、私みたいな亜人がいじめられたり、人間と同じ待遇を受けられないってことがずっと続いてたんです……。それもあって、あまり人間が得意じゃなくて」

「苦手、ってよりかは嫌いって感じの顔だな。まあそういう生活してたんなら当然か」

「……はい。それで、さっきのレプトさんの話ですけど」


 フィスはラムロンが見張っている誘拐犯の亜人達に目を向けながら、自分の過去と彼らの今を照らし合わせる。


「やっぱり、亜人だからって理由で不幸になってる人はいっぱいいると思います。それを理由にして言い訳してるとかじゃないです、絶対に。私もあの人達も、きっとそこは本当で……ああ、なんて言ったらいいのか、ちょっとアレですけど」


 フィスはルカと先ほど話したことも思い返しながら、自分の考えを明確にする。亜人だから、人間だから、という理由は明確にそこにあり、やはりそれは人生に多大な影響を与えている、と。

 フィスの言葉を聞いたレプトは、頭の中で少し咀嚼の時間を取った後で、改めて自分の考えを言葉にする。


「言いたいことは大体分かる。けどな……そもそも、俺は亜人だから不幸になるってことを否定してるわけじゃないぜ?」

「え、でもさっきは……」

「俺が言ったのは、自分と他人の違うところを敵意を持つ理由にしちゃいけないってことだ。人間だからとか、亜人だからとか、そういう理由で誰かを憎むのは無駄なんだよ。そういう意味じゃ、あいつらはその典型だっただろ?」


 レプトは首を振って誘拐犯達を示し、話を続ける。


「違いを憎む理由にすると、それこそ誰でも敵視するようになっちまう。種族の違う亜人、人間、自分より楽に暮らせてる全員……そんなのはキリがねえ。別に誰に対しても怒るなって言ってるんじゃない。でも、キレる理由は考えるべきだ。不当な理由で誰かを傷つけたからとか、理不尽なことを喚き散らしてる、とかな」

「……そういう、ものですか。いや、そういうものですね」


 昼時のルカの話とはまた角度の違った話。フィスはレプトの話を、憧れの人物という理由からでなく、人生の先達が残す道標として受け取っていた。彼女はそれを、身近なルカからもらった観点を頼りに頭の中で解釈する。


(違いや格差で敵を探しちゃいけない。怒りを向けるべき相手は、きっとその時がくれば分かる……か)


 警察であれば、とにかく目の前の苦しんでいる人を助ける。そうしていれば問題ないとルカは言い切った。フィスはその考えに乗っかって日々を過ごしていれば、レプトの言った怒る理由を見つけられるのではないかと結論を出す。要するに、今は答えを見つけなくていい。

 つき物が落ちたかのようなスッキリした顔をするフィスの隣で、レプトはフッと小さく笑いながら続ける。


「その点、フィスはうまいことやってると俺は思うけどな。亜人相談事務所の兄ちゃんとか、一緒にいた警察の子とかだって人間だろ? フィスみたいな過去を持ってて、そういう所を切り替えられるってのはすげえことだと思うぜ」

「あ、あはは……その、ついこの間まで切り替えられてなかったって言ったら……失望しますか? っていうか、あいつらと似たようなことしてたっていうか……うぅ」


 迷いを払ってもらったそのすぐ後で、フィスは自分がつい先日までしてきたことを思い返す。彼女は自分のハッカーとしての腕を利用し、金を欲しがる人間を犯罪に誘導していた。亜人に手を上げた過去があるかどうかなどを下調べしていたとはいえ、あまり褒められたことではないだろう。

 フィスが自分の過去をぼかして伝えると、レプトは意外そうに両目を丸くし、そのすぐ後で愉快そうに笑みを浮かべた。


「フィスが? ……クク、意外なこともあるもんだな。でも、重要なのは今は違うってことだろ。お前は変われたんだ。運がよかったんだな」

「運、ですか……」


 レプトの口から発せられた運という言葉に、フィスはハッとさせられる。それは、丁度彼女が変わる機会を得た時に、似たようなことをラムロンから言われたのを思い出したためだ。


「ああ。人生は運試しの連続だ。その中でも、巡り合わせが一番重要だと俺は思ってる。いい親のもとに生まれるか、いい友人を持てるか……。そして何より、ツイてる巡り合わせに出会った時、そのチャンスをものにできるかってことが大事だ」

「チャンス……」

「いい機会を手にしても道を間違えることはあるからな。あの誘拐犯どもは、同じ苦しみを負ってる連中が十人近く集まるって縁を手に入れたのに、やることが負の感情の増幅と八つ当たりだった。三人寄れば文殊の知恵っていうし、十人もいりゃあもっと有意義なことできただろうによ」


 レプトは呆れるような憐れむような目線を、自分のメンバーを攫った者達に向けた。そんな彼の横で、フィスは自分のこれまでの人生を振り返り、そこから自分の展望を見る。


「じゃあ私は、最近は結構ツイてるし、チャンスも無駄にしてないってことですかね」

「……ん、ああ。少なくとも俺からはそう見えるな。自分を変えるチャンスをものにできる奴は少ねえんだ」

「へへ……じゃあ、チャンスを逃すなって言われたことですし」


 あの時からしばらく抱えていたもどかしい気持ちが晴れたフィスは、満面の笑みで両手を差し出し、レプトに頼み込む。


「サイン、もらっていいすか? 憧れのレプトさんに会えるなんてチャンス、今後あるか分からないですから」

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