第50話 半奇面のスター

「あ~……俺のファンだったか。この辺りじゃそんな知名度ないって思ってたんだけどな」


 フィスに期待と羨望のまなざしを向けられたレプトは、少し申し訳なさそうに顔をフードで覆う。そんな彼に反して、自分の憧れのバンド、そのリーダーに会えたフィスはその喜びを押さえられないのか、小さく体を震わせていた。彼女の目はキラキラと輝き、頭上の猫耳もぴょこぴょこと動いている。


「そっ、そんなことねえよ! あいやッ、そのっ……ありませんよ! あの私、昔っからファンで……歌全部聴いてます。ライブとかは行けてないんですけど、映像が残ってるヤツは全部確認してます!」

「マジ? ありがとな。お前みたいに、俺達の勝手についてきてくれる奴に会うと、こっちも自分のやってることに自信が持てて嬉しいぜ」

「そんなこと……へ、へへ」


 フードをかぶったレプトは屈んでフィスと目線を合わせると、親指を立ててファンと気持ちを共有する。出先でこういった対応をするのにはある程度慣れているようだ。フィスはレプトのファンサービスを受けると、普段は絶対にしないような笑いを漏らしながら表情を崩した。ルカはフィスの今まで見たことのない様子に目を見はりながらも、レプトが声をかけてきた本題に話を戻す。


「何かお探しのようでしたけど、そちらは大丈夫ですか?」

「ん、ああそうだった。メンバーの一人と一緒にこの辺ウロチョロしてたんだけど、はぐれちまってな。そいつ、ゲームとか大好きだから、そういうのが売ってる店に勝手に行ってんじゃないかと思ってよ」

「要するに、この近辺でそういったものが売られてそうな店がどこにあるか、ということですね」

「ああ。急に時間割いてもらって悪いな」

「いえ、このくらい大したことじゃありませんから。そうですね……」


 レプトとはぐれたというメンバーが出入りしそうな店に当たりをつけるため、ルカは首を伸ばして周辺を見回す。しかし、一口にゲームが買えそうな場所といっても、すぐに答えが見つかるものではない。

 と、そんな時だ。周囲を探っていたルカの肩をフィスが叩く。見下ろすと、彼女は自分の携帯端末をいじって誇らしげにそれをルカとレプトの前に差し出した。


「別にそんな風に探さなくても、こいつで一発だぜ」

「ん、これは……街の風景映像? これをどうするんだ?」

「……フィス。もしかしてこれ」


 フィスの示した携帯の画面には、街中の映像が映し出されていた。時刻は今と同程度であり、人の行き来もある。レプトはそれを目にしても特段何かに気が付くことはなかったが、警察という立場であるルカはすぐにこの映像がどのようなものかを察する。


「監視カメラの映像……ですか?」

「おうよ! あ、レプトさんには言ってなかったよな。私達警察でさ、監視カメラとか見れるんだ」

「はえ~……そうは見えなかったな」

「こいつでちょっと時間を遡って、レプトさんが映ってる場所を探せば……」


 レプトという人物の前だからか、フィスはいつもより一段高い声を上げて胸を張る。監視映像をそのハッカーの才能によって引っ張ってきたのも、彼にいいところを見せるつもりでやったことだろう。

 だが、どう見てもこれは違法なことである。そういったところに妥協できないルカは、自信満々に映像を流し続けるフィスにキッパリと告げる。


「職権濫用です、フィス。今すぐその携帯を切ってください」

「うぇ? い、いいじゃん別に……私も一応警察ってことなんだし」

「いいえ、駄目です。というかこれ、不正アクセスですよね。外からの端末でこんなのが見られるわけありませんし……警察の監視カメラを勝手に覗き見ることが許されると思ってるんですか?」

「う、ぐぅ……」


 規則と理詰めで追い詰めるルカ。しかし、憧れの人を前にしたフィスはここで立ち止まることはせず、勢いで乗り切ろうと声を張った。


「市民が困ってるときに全力を尽くすのが警察の務めじゃないのかッ!!?」

「市民のプライバシーを侵害しないことを前提に、それをするのが警察の務めです。普通、監視カメラの閲覧には手続きや許可が必要ですから、あなたのこれはそれに違反していることになります」

「ふぎ、ぅ……わ、分かったよ」


 どこまで行っても真面目なルカの言動の壁を突き破ることはできないと思い知らされたフィスは、泣く泣く自分の携帯をルカに明け渡す。

 だが、その瞬間だ。フィスの手からルカの手へと渡される携帯をなんとなしに見たレプトが、気にかかるものを映像の中に見つける。それは、はぐれた彼のバンドのメンバーだった。その存在を目にしたレプトは、ルカの手に収まっている携帯の映像をもう一度見せてもらおうと声を上げる。


「なあ、その映像もうちょっとだけ見せてくれねえか?」

「申し訳ありませんが、これは市民のプライバシーに関わることなので……例外は認められません」

「いや、そこをなんとか! 今、さっき言ったメンバーが映ったんだよ!」


 決定的な瞬間を見た、というレプトの主張にルカの決意が揺らぐ。規則と問題の早期解決という天秤を前に、ルカの視線は宙を舞った。それを目ざとく見つけたフィスは、レプトの言葉に合わせるように涙目を浮かべ、彼女自身も頭を下げて追撃を重ねる。


「私からも頼む! 見る場所分かってるならちょっとで済むだろ?」

「う、うぅ……分かりましたよ。私が確認しますから、ちょっと待っててください」


 せめてもの妥協案ということで、ルカは正規の警察である自分が映像を確認すると主張した。それを聞いたフィスはグッと拳を握り、レプトもそれに応じてニッと歯を見せて笑う。

 そうして、ルカはやれやれと呆れのため息をつきながら二人から離れると、端末に映った映像を改めて再生する。どうせ何もないだろう、そんな風に思いながら画面を見ていた彼女だったが、そんな斜に構えた彼女の視界に明確な異変がすぐに映り込む。


「……ん、今の?」


 映像の中の街を行き交う人々。その中でひと際目立つ赤い髪の青年がいた。ルカの視線は自然とその彼に吸い寄せられる。

 そして、事はその瞬間に起こる。赤い髪の青年が歩道を歩いていると、脇の細道から人影が現れ、青年を薄暗い路地に一瞬にして引きずり込んだのだ。青年は一瞬の間に暴れようとしたようだったが、口元に布のようなものを当てられ、そのまま街の陰に消えていく。


「……あ~、レプトさん」

「どうした? ああ、連れのメンバーは赤髪で目立つから分かりやすいと思うぜ」

「すーっ……これを」


 ルカはレプトの方へと携帯を差し出し、先ほどの監視カメラ映像を再生する。メンバーの行方が気になるレプトはもちろん、その隣にいたフィスも首を伸ばして画面を覗き見た。そして問題のシーンが流れると、フィスの顔面は蒼白に染まり、レプトは頭を抱えてため息をつく。


「ちょっ、これヤバいじゃねえか」

「はぁ……ったく、またトラブルかよ」


 旅を続けているせいか、攫われた当人と知り合いであるはずのレプトはそこまで動じていない。横のファンガールのフィスの方が慌てているくらいだ。そんな中で、ルカは冷静に状況を判断し、行動目標を共有する。


「事件性がある以上、監視カメラの許可どうこう言っている場合じゃなくなりました。フィス、端末を操作して誘導をお願いします」

「お、おう……分かった」

「レプトさん、あなたは警察への通報をお願いできますか? 私達は今すぐ現場に向かうので……」

「いや、俺も一緒に行くぜ」


 一般市民を危険にさらすわけにはいかない、ルカのその判断に当のレプト本人が反対の声を上げた。彼は指の骨をポキポキと鳴らしながら、自信満々に自分の実力を誇示する。


「こう見えても喧嘩慣れしてるんだ。迷惑はかけねえよ」

「え、いや……流石に、市民を危ない目に遭わせるわけには……」

「大丈夫だって。さっきの映像見た感じ、攫った奴らも慣れてない感じだった。大方、俺達がこの辺りに来てるって知って、身代金で一攫千金しようとした素人の集まりだ。こんなん行く先々であることだから慣れてんのよ」


 先ほどの一瞬の映像で、レプトは誘拐犯達の背景をある程度見抜いていた。これが事実かどうかは確認してみるまで分からないが、少なくともルカの目からはレプトが確信を持っているように見える。となれば、彼自身がこういう状況に慣れているのは間違いない。ルカはそれらを鑑みて、ため息をつきながら小さく頷く。


「……分かりました。無茶はなさらないでくださいね」

「ああ、分かったよ」


 妥協を重ねてのルカの言葉に、レプトはとりあえずという感じで頷くのだった。そうこうしていると、映像の解析を大方終えたのか、フィスが進行方向を指で差して声を上げる。


「こっちだ、ついてきてくれ!」

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