第49話 待ち合わせ場所には十分前に着こう

  約束の日当日……


「ラムロンさんはまだ、ですね……」

「チッ、あの野郎。女二人を待たせんじゃねえっつの……」

「まあ私達の方が待ち合わせ時間より早く来てますし、気長に待ちましょう」


 ルカとフィスは連れ立って待ち合わせ場所である公園に訪れていた。周辺を見渡しても見覚えのある顔はおらず、彼女達はラムロンが来るまでの時間を潰そうと手近なベンチに並んで座る。その間、空いた時間で少しでも距離を詰めようと、ルカは自分達にとっての共通の話題を切り出す。


「そういえばフィスさんは、どうやってラムロンさんと知り合ったんですか?」

「えぇっ、いや、それはその……グレイに捕まる時に居合わせたっつーか」

「ああそういう……。あの方はいつもこの街の面倒ごとに首を突っ込んでますよね。それに、変なこともよくするし。私と初めて会ったときなんか、上裸で暴れてたんですよ?」

「えっ、なんだそれ。どういう状況になったらそうなんだよ」

「まったくですよ。今度は何故かSMクラブの地下なんて所で合うことになりましたし」


 ラムロンの奇行について知ったフィスは思わず口元を緩ませるが、それも一瞬のことだった。彼女はルカの口から先日のクラブで起きた一件の事を耳にすると、眉間にしわを寄せる。警察内部でもある程度話題になっていたのか、フィスもあの事件についての概要を知っていたのだろう。


「クラブの……。確か、エルフとか亜人が虐待されてたってアレか」

「ええ。ひどい人は皮が剝がされたりしていました。あの時検挙できて本当に良かったと思います」

「…………」


 ルカは自分がクラブに乗り込んだ時のことを思い返し、同時にイズミらが晒されていた被虐について思いを巡らせる。何の罪も犯していない者達が、他者の欲求を満たすためだけに虐げられるのは許しがたいことだ。

 彼女の隣に座るフィスも、同じように思っていた。しかし、その目線の行く先はルカとは少し異なっていた。


「ルカ……人間には、私達亜人がどう映ってるんだ? お前は私達をどう思ってる?」

「と、言いますと?」

「……ごめん、八つ当たりしたかったわけじゃない。けどやっぱり……」


 フィスは頭を抱えてため息を漏らす。元より彼女は人間に対してフラットな視点を持っている人物ではない。そんな彼女にとって、あのクラブで行われていたことは亜人が受ける差別にも関連する事件に見えたのだろう。

 しかし、ルカの考えはフィスとは異なるものだった。ルカは隣で悶々としているフィスに対し、あえて気楽につらつらと語る。


「個人的にはどうとも思ってませんね。翼のある亜人や毛皮の亜人の方達を見ると、生活が面倒そうだなぁとは思いますけども」

「……そんだけ?」

「はい、そんだけ。みんな大体こんなもんですよ。一部の人達が過激なだけで」

「そういう……もんなのか?」


 フィスは、従来までの自分が全く想像もしていなかった考えをルカが持っていることに、怒りや疑問を通り越してただ驚く。そんな彼女に、ルカは淡々と自分の考えについて説明していく。


「法律とか商品なんかの明確にある格差は置いといて、一般の方達はそんなもんでしょう。差別とか溝を理由にして犯罪を犯す人っていうのは、多分ですけど……人間と亜人の違いがなくても似たようなことしてますよ」

「い、いやいや! それはいくらなんでも……それこそ、さっき話してたクラブの奴とかだって、亜人を選んでいたぶってたって話じゃねえのか?」

「う~ん……私、あの人の取り調べしましたけど、多分人間相手でも同じことしますよ。その時は多分、社会的地位の低い人間の方々がターゲットになるっていうだけで……」

「……ああ、うぅ……よく、分かんねぇ」


 これまで常識にしてきた見方とは大きく異なるルカの思想を受け入れるべきかどうか、フィスは額を指で叩きながら悩んでいる。反面、ルカの方は気楽そうに笑いながら話を締める。


「まあ、私達警察のすることは目の前で苦しんでいる方を助けるってことだけです。そこに亜人や人間の違いなんてありませんから、難しく考える必要はないんじゃありませんか?」

「う、ん~……それもそれで、楽観的過ぎるって感じもするけどなぁ」

「そんなもんでいいんですよ。気楽にいきましょ~」


 単純さは行動を軽やかにする。根っこの考えさえ間違っていなければ、その単純さは何の毒にもならない。ルカはそういう考えを地で行く人間だった。しかし、人間との確執をこれまで感じてきたフィスにとっては、その行動指針を理解はできても自分のものにまで落とし込むのは難しいようだ。

 そんな風に、二人が談笑というには少し複雑な話をしていた、その時だ。ベンチに並んで待ち人が来るのを待っていた彼女達に、声がかかる。


「わりぃ、ちょっといいか?」

「……ん?」


 二人の座っているベンチに正面から近付いてきたのは、亜人であってもなくとも振り向いてしまうような奇妙な顔を持つ男だった。その顔は左右で状態が異なっている。右側面には通常の人間のように薄橙の人肌が広がっている反面、左側は爬虫類のような緑色の鱗が覆っていたのだ。眼球の形状すら左右で違っている。

 ルカは男を一目見ると、彼が異種の亜人同士の間に生まれたか、あるいは何か出産前後に問題があった人物なのだろうと判断する。そして、その事実には触れずに彼の言葉に耳を傾けた。


「この辺りに来るのが初めてでよ。場所について少し教えてほしいんだが、時間もらって大丈夫か?」

「ええ、いいですよ。目的地について教えていただければ大体どんなところか……」

(珍しい亜人の方ですね。左右非対称の顔を見るに、通常の亜人ではなさそうですし……)


 ルカは近付いてきた男の出生ついて軽く思考を巡らせながら、ベンチから腰を上げて応対しようとする。

 だが、その時だ。ルカの後ろで座ってジッとしていたはずのフィスが、急に勢いよく立ち上がる。突然の行動に、ルカと男は反射的に彼女の方へと目を向けた。


「あ、アンタもしかして……」


 フィスは、世界の神秘でも目の前にしたかのような興奮と驚きに満ちた表情をしていた。その目は大きく見開かれ、口は何か言葉を紡ごうとパクパクと動いている。そこにあるのは、溢れんばかりの憧れと喜びだった。そして、フィスはその感情の赴くまま、震える声と共に次の言葉を発した。


「トランスのリーダー、レプト……か?」

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