第48話 共通点のない初対面はやりにくい

「いや~まさか、フィスさんがラムロンさんと知り合いだとは思いませんでした!」

「ああ……」

「意外なところにつながりってあるもんなんですね~。これぞまさに、世界は狭いってヤツでしょうか!」

「……うん」

「あ、あはは……」


 ラムロンはとりあえずフィスが立ち去るのを引き留め、ルカの向かいに座らせた。だが、彼女達の会話は職場が同じ者同士とは思えないほどぎこちないものだった。二人とも、ラムロンが用意したコーヒーにも隙をうかがってから手を伸ばすような状況である。

 気まずい沈黙。二人が静かになり始めたところで、ラムロンは呆れつつも口を開く。


「お前ら、どっちもグレイの部下でよく顔合わせるんだろ? フィスが警察に入ってからもう何週間か経ってるのに、まだそんな感じなのかよ」

「いやまあ、それはですね……」

「別に、仕事の最中にくっちゃべる必要もなかったし……」

「つっても、もう少しは打ち解けてんのが普通だっての。察するに、お前ら二人の依頼内容は人間関係……今まさに顔を合わせてる奴とどう距離を縮めようかってことだな?」


 図星だったのか、二人は事務所のソファで同じように身を縮める。実のところ、ラムロンはフィスが事務所から逃走しようとした辺りで二人の悩みを見抜いていた。


(こういう奴ら……特にフィスの方は無理にでも話す機会つくらねえと、一生話さないなんてこともあるしな)


 ラムロンはフィスのことを引き留めた手前、悩みを解消できないまま帰すのも悪いと考え、二人の会話に油を差し込む。


「ほんじゃまあ、最初はそれぞれの好きなものについてでも話したらどうだ?」

「あっ、それじゃあ私が先に……!」

「いやルカ、お前は後攻だ」

「えっなんで……」


 ラムロンは二人の会話の一部始終を第三者視点から見た結果、なんとなく、このわだかまりはフィスの方から歩み寄らせないと進展がなさそうだと感じていた。ラムロンはルカの言葉を止めると、フィスにそれとなく促す。


「私の、好きなもの……その、なんていうか、どっから話せばいいか」


 フィスは頭の中で話す内容を軽く組み立ててから、ようやく話し出す。


「バンドの“トランス”って知ってるか? 仮面かぶった亜人がボーカルで、リーダーもしてるバンドなんだけど……」

「あ、知ってますよ。数曲聞いたことがある程度ですけど……」

「そっ、そうか……! 私、あのバンド大好きなんだ。カッケー曲いっぱいあって、それなのに親しみやすいっていうのかな。曲調もいいんだけど、歌詞がすげーんだよ。日常の隣にあるような言葉しか使ってないのに、胸の奥に隠れてた何かをズゥッて引っ張ってくるみたいで……多分、子供でも分かる言葉だからこそなんだと思う。それで……」


 フィスは自分の好きなものについて熱弁する。その一言一言はせわしなく語られていたが、ちゃんと熱がこもっていた。向かい合うルカもラムロンも、フィスの言葉に耳を傾ける。

 だが、熱い語りを始めてから十秒程度経つと、フィスは自分が返事の類をしていないことに気付き、ハッとする。一方的に早口で熱中しているものについて語っていたと後から気付いた彼女は、顔を赤くして俯いてしまう。それに瞬時に気付いたルカは、反射的に会話の隙間を埋めるように言葉を挟み込む。


「確か、リーダーの方がメンバーを色々なところから集めたんですよね。旅をしている最中に気が合った方を連れてきたとか……」

「あっ……そう! 今でもメンバー全員で旅をすることがあって、行く先々でライブしてんだよ。確か最近、ちょうどこの辺りに来てたはず。突発でライブするときはいつも週末だから、今週末とか運がよければワンチャンあるんじゃねえかな……」

「ふむ、あるか分からないライブですか……」


 好きな事について、という背景があるからか、フィスのコミュニケーションには問題がないように見えた。この調子であれば、別の話題になったところで大きな問題もないだろう。何より、互いに話したがっているからこそ亜人相談事務所にやってきたのだ。意欲が足りないということはないだろう。


(思ったより問題ないな。フィスの方が人間嫌いをこじらせてんのかと思ったが……まあ俺と会った時はタイミングがタイミングだったし)


 フィスと最初に出会った状況などを思い返し、今回の一件がそこまで大きな問題ではないだろうと見定めたラムロンは、腹の立つニヤケ面で茶々を入れる。


「なんだよ、普通に話せてんじゃねーか」

「うっ、うるせえな。別に悪いことじゃねえだろ」


 余計な口をはさむラムロンに歯を剝くフィス。そうして彼女がラムロンに対する罵倒を頭の中で探し始めたその時、言い合いの余所にいたルカが口を開く。


「でしたら今週末、一緒に行ってみませんか?」

「……え?」


 突然の提案に、フィスは目を丸くする。一連の話に参加していなかったラムロンも、ルカの言葉には耳を疑った。しかし、二人の驚愕をよそに、ルカは笑顔で続ける。


「この辺りに来てて、突発ライブの可能性もある……。ファンなら当然行きたいはずですよね。私も、フィスさんの好きなものを直で見てみたいですし」

「で、でも確実なわけじゃないぞ。あるんだとしたら当日の昼過ぎぐらいに告知あると思うけど、もし集まって何もなかったら……」

「それはそれで、仲を深める機会になります。告知がなかったらなかったで、今回話せなかった分、今度は私の好きなものや場所を紹介して来てもらう……というのはどうですか?」


 ルカは自信ありと口で言っているかのようなキリッとした笑顔で誘いの提案をする。先ほどまでぎこちなく言葉をただ重ねるだけだったのが嘘のようだ。フィスは予想だにしていなかった展開に少しの間自分の中で迷う時間を取った後、コクリと小さく頷く。


「分かった。その……付き合ってくれてありがとな、ルカ」

「いえ。付き合わせるのは私になるかもしれないんですから」


 礼に礼を返す二人。彼女達を見ていると、お互いに人間関係の悩みで亜人相談事務所に来たというのが随分過去の事のように感じられる。二人の関係には問題がなさそうだとこれまでの会話を見て感じたラムロンは、欠伸をしながら椅子に深く座り直した。


「ふわぁ~……んじゃあ、終わったらとっとと帰ってくれ。俺も暇じゃねんだわ」

「何言ってんだ。お前も来いよ」

「……えっなんで?」


 夜分に来た仕事を終えて休める。そう思っていたラムロンだったが、フィスが急に彼に飛び道具を投げる。前触れなく週末の予定を強制的にブッキングされたラムロンは素っ頓狂な声を上げるも、それに対し、フィスはまるで当然かのように言葉を返す。


「そりゃそうだろ。私達二人の依頼を途中でほっぽりだすのかよ」

「いや、この場で大体うまくいったようなもんじゃ……つか俺じゃなくてもグレイがいるんだから、そっちに……」

「チッ、中途半端なシャバいヤツだな。女のケツ追いかける時も中途半端で終わってそうだ」

「んだとこの前科者のクソガキがッ!?」


 無視することのできないフィスの煽りを耳にしたラムロンは、顔を真っ赤にして吠え声を上げた。そんな彼を落ち着かせようと、ルカは両手を広げながら二人の間に立ち、小さく頭を下げる。


「まあまあ。私からもお願いします、ラムロンさん。フィスさんの立場上、私含めて何人か引率が必要ですし」

「はぁ……ったく、グレイじゃ駄目なのか?」

「私達の用事に上司を巻き込むのもちょっと……」

「あいつは気にしなさそうだけどな。……まあいい。しょうがねえから付き合ってやるよ」


 ラムロンは苛立ちを発散させるように髪をかきながら、投げやりに頷いてみせる。彼の承諾を耳にすると、ハルカとフィスはまだ少しぎこちない笑みを浮かべて顔を見合わせるのだった。

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