第46話 ウチは亜人相談事務所だからな

 数日後、事務所にて……


「今回のこと、ほんッと~……に! ありがとうございましたッ!!」


 イズミは体を真っ直ぐにピンと伸ばすと、次の瞬間に二つ折りにし、勢いよく頭を下げた。そんな彼女が着ている服は、フードを備えたものでも露出度の高いものでもなく、エルフがよく着るという藍色の着物だった。


「構わねーよ。ちょっと趣味の開拓をしようとしてただけだからな」


 イズミが頭を下げる先には、所長椅子にふんぞり返って座り、テーブルの上で足を組んでいるラムロンがいた。彼は気楽そうに頭の後ろで手を組みながら、イズミにその後のことを尋ねる。


「それで、あの後はどうだった。あの石頭女に何か妙な事はされなかったか?」

「あ、あはは……あの人は、グレイって方と一緒に私達によくしてくれましたよ。まあ、あの人のつくる親子丼すごく不味かったですけど」

「お前の彼ってのはどうしてるんだ」

「ああ……まだ、病院にいます。私を逃がそうとしたのもあって、最近特にひどかったですから……。でも、お医者さんのお話ではすぐに出てこられるそうです!」

「ふ~ん、そうか。よかったな」

「はい!!」


 イズミは笑顔で首を縦にブンブンと振る。初対面の時には暗い印象を受けた彼女だったが、抑圧されていない今は元気溌剌としていた。


「しっかし、今回のことは結構大変だったなぁ~。お前んとこの仕事を直前に受けてなかったら、危うく詰んでたところだったぜ。リーヴさんには礼を言っといてくれよな」


 ラムロンはだらけきった姿勢を崩すことなく、イズミの向かいに座っている亜人に目を向けた。そこにいたのは、獣の亜人であるオルネドだ。


「ああ、社長もお前に礼をと言っていた」

「俺、今回あの人になんかしたっけか」

「なんでも、趣味について語り合える人を見つけたとか言ってたが……」

「勘違いだって伝えといてくれ。ぶん殴ってもいいぞ」

「む? よく分からんが、承知した」


 恩義があるとはいえ、リーヴにSMクラブに誘われたらどんな顔をして断ればいいかわからない。あの時あの場所で会えたのは幸運だったが、しばらくは顔を合わせたくないなとラムロンは思うのだった。


「っと、そういやぁ地下の建築の取引記録だけどよ。よくもまあ、あんなに早く見つかったよな」


 ふと、気になったことをラムロンは口にする。あの場に警察が突入できたのは、リーヴ達が件の改築の取引を見つけたからなのだろうが、ラムロン自体はそれに深く関わっていなかったのだ。彼の疑問に、オルネドが肩をすくめて答える。


「社長が社員全員夜通し動かしたからな。見つけるのは案外早かったぞ」

「なるほどねぇ」

「説得は大体、あのイルオがやってたがな。なんでも、風俗店だってことをクラブ側に隠されたまま建設したことにすれば、深く罪を追及されないって口利きしたらしい。余罪もあるクラブ側は強く反論できないだろうからってよ」

「おぉ~、さっすが前科者。犯罪者の説得はお手のものってか?」

「間違いない」


 前にちょっとばかし間違いを犯してしまっただけの人間を肴にし、ラムロンとオルネドは笑う。


「私達を助けるために、いろんな方が頑張ってくれたんですね。本当にありがとうございます」

「大したことじゃねーよ。俺はちょりっと縁に恵まれてたってだけだ。ああそれと」


 ラムロンはテーブルの上から足を下ろし、前のめりになってイズミに問いを投げる。


「イズミ。お前ら、オルネド達のところで仕事は上手くやれてんのか?」

「はい。オルネドさんも社長さんもよくしてくれてますから。こんないい場所を紹介してくださってありがとうございます」

「いや、礼ならリーヴ社長に言ってくれよ。あの人がお前らに居場所を作ってやらなきゃって言ってくれたんだからな」


 あのクラブで衣食住の施しを受けていたイズミ達は、あの場所が解体されて行き場がなかった。そんなところを、リーヴ達が救ったのだ。ラムロンからのちょっとばかりの経済支援はあったが。


「そこの毛むくじゃらに乱暴されたら俺のとこに来いよ?」

「俺がそんなことすると思うのか?」

「思う」

「ぶっ飛ばしてやる」


 オルネドはラムロンの挑発に怒りを抑えることなく立ち上がろうとした。それを、彼よりも一回りは小さいイズミがアワアワと手を広げて止める。


「まっ、まあまあ。オルネドさんもラムロンさんにはお世話になったって、お話ししてたじゃないですか」

「いや、別に……」

「え? だって、あいつのおかげで亜人の労働者みんなが罪を犯すことは無くなったって……」

「言ってないからな、そんなことは!!」


 オルネドは何故か、話しているイズミではなく、後ろのラムロンに釘を刺すようにそう吠える。しかし、遅かった。ラムロンはいやらしく目を歪ませると、オルネドの気を逆撫でするような言葉をわざわざ選んで口にする。


「ワン公のツンデレ嬉しくねぇ~。美少女になって出直してこいや」

「あんだとこの馬鹿野郎がッ!!」

「ギャンギャンやっかましいなぁ。発情期かよ、ったく」


 オルネドが怒りで歯を剥き出しにするのを見てニヤつきながら、ラムロンは再びテーブルに足を乗っけた。

 と、そんな時だ。オルネドの怒り冷めやらぬ中で、イズミが思い出したように口を自然に動かす。


「そういえば……その、あの人はこれからどうなるんでしょうか?」

「あの人?」

「オーナーです」


 イズミは先ほどまでずっと楽しそうだったのが嘘のように、灰色の表情で俯いていた。話にひと段落がついたと思い体を楽にしていたラムロンだったが、彼女の言葉を耳にすると気だるげな顔を上げる。


「ああ、あいつか」


 ラムロンは自分の持っている知識と情報から、あのダスという女の将来を推察する。


「あいつがあのVIPルームで非合法な扱いを強いていたのは、大体が後ろめたい事情を持つ亜人だったって話だ。やってたことがやってたことだから、刑罰は免れないだろうが……」


 気乗りはしていなさそうな、凸凹のない口調でラムロンは語る。話しながら彼が思い出していたのは、廊下に散らばっていた彼女の大量の金だった。


「あいつは相当金を持ってる。あそこにあった分だけじゃないはずだ。ある程度、融通をきかせることはできるだろうな」

「…………」


 結論としては、彼女は重い罰則を受けることはない、ということだ。それを信頼できるラムロンの口から聞いたイズミは、彼に向けていた目を床に落とす。それは明らかに、出された結果に不満を持つ者の態度だった。


「気に入らないか?」

「……え、その……」

「隠してたってしょうがねぇ。言いたいことは、ハッキリ言っちまった方がスッキリするぜ。回答を出してやれるわけじゃねーけどよ」


 ラムロンに声をかけられて上げた顔には、取り繕うような張り付いた笑みがあった。彼女はその仮面を被り続けたままでいようとしていた。しかしその思いは、ラムロンの無責任にも見える言葉と笑みに流される。

 自分の中の暗い感情を表す言葉についてよく吟味した後、イズミはようやく口を開く。


「はい。亜人だからって私達を一方的にいたぶっておいて、そんな、大したことない罰だけで済ませるなんて……ホントを言うと、全然納得できません。あの場所で、私達を見て笑ってた人間の人達も……」

「……そうか。ま、そうだよな」


 プレイルームで、イズミは自分の身の上を語っていた。故郷を失い仲間とさまよった先であの場所に辿り着き、いたぶられたのだと。その怒りはちょっとやそっとのことで消えるほど、ぬるいものではないだろう。


「オルネド」

「なんだ?」


 ラムロンはイズミのそれを拭うために、時間と多忙を頼ることにした。彼は椅子から立ち上がり、後ろのオルネドに頼み込む。


「イズミと、その他の奴ら。そいつらが今話したような感情を忘れるくらい、忙しく、それ以上に楽しく過ごさせてやってくれ。お前達のできる限り、ずっとな」

「当然だ」

「ラムロンさん……」


 二人の口約束の意図は、イズミも分かっていた。恩人達の意思に反しないためには、心の中に振り上げた拳を解くしかないのだと。しかし、それでも心根ではその気を持てるだけ寛容でいることができなかった。

 自分の中の怒りと向き合っているイズミに、ラムロンは背を向けたまま自分の考えを聞かせる。


「悪いが、イズミ。俺はそういう仕事は受けてない。亜人を助けるからって、人間を貶めるわけじゃない。もちろん、腹立つ奴はぶん殴るけどな。それに何より、俺にとっては裁かれるべき奴の不幸より、助けた奴のその後の幸せの方が大事なんだ。そうやって生きててーんだよ。それで、納得してくれるか?」


 振り返ったラムロンと、顔を上げたイズミの視線が合わさる。ラムロンは、気の毒なことを頼み込むように申し訳なさそうな顔をしていた。その顔を見たイズミは、決心を固める。


「……はい!」


 改めてあの女と会った時に、怒りを抑えられるかはわからない。しかし、この時この瞬間において、イズミは確信した。拳を振り上げたその時に、自分を助けてくれた通う血も姿形も異なる人間のことを思い出せたのなら、絶対に自分を止められると。

 イズミが首を縦に振ったのを見ると、ラムロンは救われたような清々しい笑顔を浮かべた。そして、すぐに自分が情けない表情をしているのに気づくと、パッと二人に背を向けて誤魔化しの言葉を並べる。


「まっ、そうだな。またなんか困ったらウチに来ればいい。なんたってウチは……」


 ラムロンは二人の亜人の方へと力強く振り返る。その時にはもう、いつものだらけきった、それでいて頼りになる笑顔に戻っていた。


「亜人相談事務所、だからな」

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