第44話 社長ってやっぱスゲー!

 時は遡って、昨日の亜人相談事務所。興奮と共に立ち上がったリーヴは、自分が見出した希望について、具体的にラムロンへ説明していた。


「ああいうエッチなサービスを扱ってるお店はさ、増築改築はしちゃあいけないって法律があるんだよ」

「え、なんすかそれ」

「まあ割と最近できた法でさぁ。確かぁ……十年前とか? 欠陥を直すくらいならいいんだけど、地下を作って部屋を設けたなんてなったら確実にアウトだね。まあそれはよくてさ、ラムロン君の話が確かなら、警察をすぐに動かせるかもしれないよ。要するに、あの店は法律違反してるってことなんだからね」


 警察を動かせる可能性が出てきた。しかし、かといってこれまでのリーヴの話では可能性の域を出ない。ラムロンはそれまで一切見えていなかった希望について、前のめりになって掘り下げようとする。


「しかし、肝心な物的証拠は? そういうのがなきゃ、警察はすぐには動きませんよ。取引記録をクラブの連中に見せろってのも通らないだろうし」

「青いなぁラムロン君、そんなことしないよ。でも、取引記録を手に入れる方法はある」


 ラムロンの否定に対して、リーヴはキラリと目を光らせる。まるで素敵な悪戯を思いついたクソガキのようなその光を携えながら、彼は弾む声で語り始めた。


「彼らが仕事を依頼した建築会社に問い合わせればいい。こんなナリだけど、私はこの業界長くて顔が広い。社員のみんなに声かけて探せば、すぐ見つかるさ」

「しかし、もし改築した建築会社が見つかったとして、違法なことを分かってるんだから記録は渡してくれないのでは?」

「そこはほら……ねぇ? 私のコネと君のカネがものを言うんじゃないか」


 どこからどこまでも考え尽くされた計画。欠点があるとすれば時間がないことくらいだったが、それも人員を増やせば何とかなるとリーヴは豪語した。彼の計画を立てる速度と、法律の穴を突く抜け目のない思考に、ラムロンは舌を巻く。


「は……はは。流石、一建設会社の社長」

「そうだろう? さて、我が社の社員達に時間外労働をしてもらはなくては……補填は、君の懐からでいいかい?」

「チャッカリしてんなぁ、アンタ」


 二人は冗談で笑い合いながらも、その直後には顔も知らないエルフのために身を砕いていた。




※ ※ ※




「警察だと!? こんな時に何故?」


 想像も想定もしていなかった状況の急変に、ダスはもちろん、黒服、客達もどよめき始める。混乱がそこには広がった。自分達が後ろめたいことに関わっていたという自覚がある者達は、一斉に逃げ場を探し始める。

 そんな中でも、警察を率いて先頭に立つ一人の婦警は、毅然とした態度で声を張り上げる。


「当建造物の違法建築についての調査です!! オーナーの方はどちらに……」

「ッ!」


 婦警のオーナーを探しているという言葉を耳にした瞬間、ダスはすぐに動き出した。部下の黒服をラムロンへの対応のために何人か残しつつ、自分の護衛にも人員を割き、この場を脱しようとし始めたのだ。


「チッ……冴えてやがるな」


 ラムロンが追跡のために動き出したのを、黒服達が阻む。ラムロンは黒服達を手近な者から叩きのめしていき、どうにかダスを追おうとした。しかし、間に合わない。彼女は既に部下を連れ、スタッフ用の奥の扉に逃げていた。


「クッソ……おい婦警のアンタッ!!」

「は、はい!? 私ですか?」


 ラムロンは、人の波によって目まぐるしく変わる状況に対応しきれていない警察へ指示を飛ばす。


「この店がやってんのは違法建築だけじゃねえ! 亜人を種族問わず虐待してるんだ!! すぐに応援を呼んで、この黒服達を抑えてくれ!!」

「はい、分かりました! ……ん? というか、あなたは」


 反射的に指示に従い、部下に応援要請を頼んだ婦警。しかし、ラムロンの声をどこかで聞いたことがあると感じた彼女は、咄嗟に声のした方へ目を向ける。その瞬間、彼女とラムロンの視線がかち合った。


「あぁーッ! あなた、この前の露出狂セクハラ魔の方ですねッ!?」

「あん? ……チッ、よりによってお前かよ」


 黒服達をいなしながら、ラムロンは婦警の顔を見て舌打ちする。現場にやってきた婦警は、以前に検問前でラムロンを止めようとしていたあの彼女だった。


「こんな破廉恥なお店に来ているとは、やはりあの時のセクハラは……」

「うっせーよッ!! 今はウダウダ言ってられねーんだよ見てわかんだろーがッ!!!」


 しかも更に悪いことに、婦警はまだあの時のことを引きずっているようだった。黒服を抑えながらの彼女への応対が面倒臭くなってきたラムロンは、拘束されたままのイズミにその対処を頼む。


「イズミ!! その石頭女に俺は悪くないって話しといてくれ!」

「あ、はい! 分かりました!」

「ちょっ、誰が石頭女ですかッ!?」


 石頭女婦警のデカい声に返事をすることなく、ラムロンは手近な黒服を自慢の腕っぷしで吹っ飛ばすと、そのままダスが消えた扉に向かう。


「ちょっ、待ちなさ……」


 婦警はあちこち動き回る邪魔な客達の間を縫いながら、ラムロンの後を追おうとする。

 しかし、その時だ。彼女の視界の中に、ラムロンを追うことよりもずっと優先するべきことが飛び込んできた。


「クソ……あのエルフの女からやっちまえ!!」

「ひっ……!」


 黒服達が、拘束されたままのイズミに襲い掛かろうとしていたのだ。それを目の当たりにした瞬間、婦警は警棒を手に持ってその場を飛び出した。


「やめなさいッ!!」


 イズミに向かってスタンガンを振り下ろそうとしていた黒服の腕を、婦警の警棒が打ち払う。続けて、黒服が痛みに顔を歪める暇もなく、彼女は続けて気合いの声を張り上げる。瞬間、彼女は自分よりも一回りは大きい男の体を投げ飛ばした。


「とぅおりやぁあぁーーッ!!」

「うげぁッ……!」


 重い体がどしゃりと床に叩きつけられ、黒服は意識を一瞬で刈り取られる。そうして一人の黒服を難なく無力化した婦警は、守るべき対象のイズミを背におき、警棒を構えた。


「え、エルフの私を助けてくれるなんて……あっ、ありがとうございます!」

「いえ、守るべき市民に変わりありませんから」

「っ……! カッコいいです、石頭女さん!!」

「ふっ、いつでも頼って……って、石頭女って何ですかッ!!? 私は石頭じゃありません!!」


 素直に褒められたのを喜ぼうとしたのも束の間、イズミの口から悪気なしの暴言が飛んでくる。婦警はそれを顔を真っ赤にして否定した。


「チッ……ポリが調子に乗りやがって」


 婦警が余計なことに捉われている内に、ステージ上に残っていた黒服達は体勢を立て直していた。彼らを前にした婦警は気を取り直して警棒を構え、後ろのイズミに釘を刺す。


「これが片付いたら、あの露出狂セクハラ魔について事情聴取させてもらいますからね!」

「はい! ラムロンさんが良い人だって分かってもらえるように、頑張りますッ!」


 婦警の言葉に、イズミは少し前からは考えられないような痛快な笑顔で答えるのだった。拘束は相変わらずそのままだったが。

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