第40話 金は大体全て解決できる。だから俺は大体何とかできる
指名を終えた後、ラムロンは個別のプレイルームへと案内された。でかいベッドに、自由に使ってくれと言わんばかりにそこらに置かれている拘束具やグッズ。これまで関わりを持ったことのないそういうものに囲まれ、ラムロンはいづらそうに何度も座る位置を直した。
そうしてしばらく。個室の扉がノックされた後、ゆっくりと開かれる。入ってきたのは、今朝に事務所へ依頼を持ってきたイズミだ。
「よっ、朝ぶりだな」
「ら、ラムロンさん!?」
目をどこにやったらいいかわからないような露出度の高い格好で現れたのは、イズミだ。彼女はラムロンがこの場にいるのが信じられないという様子で目を見開き、揺れた声を出す。
「もうここに入れたんですか? まさか、元からここの客だったとか!?」
「なわけねぇだろッ! はぁ……大枚はたいて入ったんだよ。ちょっとしたラッキーもあったけどな」
妙な誤解を向けられたラムロンは大声でそれを否定し、イズミを椅子に座らせる。そして、限られた時間でできるだけ早くやるべきことを終えようと、すぐに本題に入った。
「さっきステージで言ってたエルフってのが、お前の彼ってので合ってるよな」
「は、はい……」
「もう少し早めにウチに来ることはできなかったのか? 流石に話が急すぎる」
依頼を受けたとはいえ、肝心のイズミの恋人が傷つけられるのは明日だ。今日と同じ時間にショーが行われるのだとしたら、もう一日もない。猶予が少なすぎる。
ラムロンの言葉に、イズミは目を伏せて答える。
「すみません。話が決まったのは三日前で、昨日は警察に行ってましたから。それに、私達のような住む場所まで提供してもらってる者達は、時間の自由もききませんし」
思い返してみれば、イズミが事務所にやってきたのは早朝、世間が起きる前の時間だ。恐らく自由のきかない中で、他人に外に出たことが漏れないよう振る舞ったのだろう。
「……そうか、悪かった。それで、警察は動いてくれなかったのか?」
「物的証拠とか、明確なものがないと手続きに時間がかかるって。それだと、彼は……」
「相変わらず使えねえなぁ公僕は。しかし、実際の被害ってやつを報告すりゃあなんとかなったんじゃねえか。お前も……その」
ラムロンはチラとイズミの体に目を向ける。彼女の体には、先ほどステージ上にいた男ほどではないが、アザや傷跡があった。その全てが、この場所で行われていることを示している。
だが、ラムロンの提案にイズミは首を横に振った。
「それはそうなんですが、ここで働く人達はみんな契約書を書かされるんです。その、自分の身体の売買について……」
「……そうか、なるほど。別にその先は説明してくれなくてもいい。想像がつく」
口にすることすら憚(はばか)られるような契約だったのだろう。一つ距離を置いた場所に座るラムロンにも、イズミの歯軋りの音が聞こえてきた。
「故郷が人間に襲われて、住めなくなって」
イズミは心の奥底に溜まった泥を吐き出すように呟く。
「ワケも分からないまま、この街に仲間とやってきました。そこで待っていたのは、こんな生活で……。目も耳も鼻も腐るような欲望と付き合って、それで生きるのがせいぜいっていうのが、私達エルフの運命なんでしょうか」
イズミの膝の上で固く握られた拳には、涙がポツポツとこぼれ落ちていた。彼女の声以外に何も聞こえない部屋の中では、その小さな水音すら微かに響いた。
「やっぱり、無理ですよね。急なお話ですし、そもそも亜人相談事務所はお金で解決することを相談する場所って聞きましたし」
「侮ってもらっちゃ困るな、イズミ」
「え?」
絶望的な状況に心の中で膝を屈しかけていたイズミは、ラムロンの言葉に顔を上げる。彼女の目の前では、ラムロンが不安も恐れも一切ない笑みを浮かべていた。
「亜人相談事務所は、何も金だけで全部解決してきたわけじゃねえ。それだけじゃなんとかならねえことも、いろいろ頑張ってなんとかしてきた。今回も同じことだぜ。それに」
ラムロンはイズミの頬に伝う涙を手の甲で拭う。そして、白い歯を豪快に見せつけ、暗い感情を吹っ飛ばすような笑顔で宣言した。
「いざとなりゃ俺がお前達を買えばいい。キャッチコピー通り、金は腐るほどあるんだからな」
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