第39話 欲はある程度で抑えるべき
エレベーターに乗ってすぐ、ラムロンの体には軽い浮遊感が訪れた。
(地下があったのか?)
表のフロアで見せている情報では、地下の存在は明記されていなかった。つまり、この先は誰にでも許された場所ではない。ラムロンは改めて自分が危険な領域に踏み込んでいることを自覚し、唾を飲み込む。
数秒後、エレベーターの駆動音が止まり、直後に扉が開いた。その先にあったのは、上のフロアと同じような構造のステージとホールだった。
しかし、似通っているのは構造上だけだと、ラムロンはすぐに気付く。上のフロアが性欲を満たすための場所だとするのなら、この場所はもっと別な欲を満たすためのもののように見えた。客達はクロスの敷かれたテーブルの上に輝く酒を口にしながら、ステージ上で行われている見せ物を眺めている。肝心のその内容は、上のフロアでのプレイが子供遊びに見えるような、目を覆いたくなる加虐だった。
「ぁぁ……も、やめ……」
「クク、まだ半分を過ぎたくらいですよ。もっと頑張ってください」
皮剥ぎだ。目元をマスクで隠した女が、ボーイの服装をした亜人の男の皮を剥いでいる。エンタメ性などまるでない。両手両足を縛られた男は、耳に嫌な感触を残す悲鳴をあげている。
(あれは、リザやハルと同じ種族か……)
亜人の男の両手両足からは、既にその特徴である鱗に覆われた肌がなくなっていた。そこにあったのは、赤黒い剥き出しの肉だけだ。胴体や顔などの人と変わらない肌色の部分がまるで無傷なのは、そういう趣向なのだろうか。
「お客様は運がよろしいですね。オーナー、ダスのショーの際にVIPルームへいらっしゃるとは」
「あれがオーナー?」
VIPルームへの案内を勤めていた黒服の言葉に、ラムロンは耳を疑った。ステージ上で嬉々として亜人の皮を剥ぐ黒ドレスのあの女が、このクラブのオーナーらしい。
「ああ……ようやく人間と同じになれましたね。また肌が治ったら、剥がないといけませんが……」
オーナー、ダス。彼女は亜人の男の肉が剥き出しになった手足を撫でると、甘い声を上げる。そのひと撫ですら、男にとっては激痛の走るものだ。
「皆々様、聞いてください。この男は金に困ったからと犯罪を犯しました。そこを私に拾われ、ここにいるのです。私がいなければ今頃牢屋にいたでしょう。生活は私の金で面倒を見ています。つまりはそう、私の所有物ということです。そうですね?」
「……は」
「口を開くなッ!!」
あらぬところに飛躍したダスの言葉を否定しようとしたのか、あるいは隷属しようとしたのか、男が喋ろうとする。しかし、彼が言葉を発するより前に、ダスが男の顎を蹴り上げる。一本の歯が抜け落ち、ステージ下のフロアに転がった。
ダスはその歯を何の気なしに目で追う。その瞬間、彼女の口が歪んだ。
「汚らしい……戻してあげる」
「いガッ……ァ、ガアッ!!」
今しがた根から折れた歯を、その傷口にあらんかぎりの力で押し付ける。その痛みは想像を絶するだろう。亜人の男は身をよじり、全身を痙攣させていた。
「ほら、元通り。お客様方に見せてあげて」
ダスは男の髪を乱暴に引きずり、顔を持ち上げて客に向けた。放心状態の男の顔は血と涙に塗れていた。だらりと開かれた口からは赤の混じった唾液が流れ出ている。それを見たVIPルームの客達は、粘着質な笑い声と間隔の広い拍手でダスのパフォーマンスを称えた。
「…………」
(イズミ達が働いてる……いや、働かされてるのはこっちか。こいつらは、行き場のない亜人を集めて、見せ物にも欲の捌け口にもしてやがる)
VIPルームの正体は、亜人への加虐を商品にする場だった。こんな場所で働かされているのなら、イズミが口外を恐れたのも当然だろう。
「皆様、今回はお楽しみいただき誠にありがとうございます。つきましては、次回、明日の演目の予告をさせていただきます」
ラムロンがVIPルームについて考えていると、ダスが再び客に向けて話し出していた。亜人の男は既に舞台から下されている。
「明日は、エルフの削ぎ耳を行いたいと思います」
「ッ!!」
ラムロンの脳裏に戦慄が走った。しかし、彼の驚愕には構わず、時間は進んでいく。
「先日、私が面倒を見ているエルフが違反を行いましてね。罰則も兼ねて、今回は皆様にその様をお見せいたします」
そこから先は、延々他人が苦しみ悶える様を共に楽しもうという旨の言葉だけが続けられた。言葉を飾り工夫してみたところで、その醜悪さが変わるわけでもない。聞く価値を見出せなかったラムロンは、隣の黒服に問う。
「VIPルームのプレイについて教えてもらえないか」
「もちろんです。こちらでのプレイは上階のものよりも過激なものを取り扱っております。主なものは、お客様の方からこちらのスタッフに行うプレイの提供です。人間も亜人も、男女も問いません。料金によっては、性的なサービスも、傷害を前提としたサービスも可能ですよ」
「……そうかい。じゃあ、肝心のスタッフを見せてくれよ」
ラムロンの言葉に、黒服は手に持っていたリストを差し出す。ラムロンはそこから見覚えのある顔を探すと、彼女の顔を指差した。
「こいつを頼む」
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