第38話 人生一度は経験したいVIPルーム

 ラムロンはリーヴからVIPルームの存在を聞いて以降、もうしばらくフロアの観察を行っていた。彼が特に見ていたのは、店内を行き来する嬢の体だ。とは言っても、別に性欲的な意味でそれを見ていたわけではない。少しは邪心もあるかもしれないが。


(通常プレイのカウンターでイズミのことについて聞くのは……やめておくか)


 通常とVIPルームとで分けられている以上、安易にVIPルーム内のことを口にするべきではない。もしラムロンの予想が正しく、イズミ達が自分の置かれた状況について口外を禁じられているのなら、何の気なしに口にしたことが彼女の首を絞める可能性がある。


(このフロアの嬢に亜人はいない。……多分、VIPルームの先か)


 行き来している嬢は人間だけだ。イズミのようなエルフや別の亜人はいない。となれば、彼女達がいるのはVIPルームだろう。

 観察をひとしきり終えたラムロンは、ようやくVIPルームの鉄扉へと向かう。そして、その扉を警備する二人の黒服に声をかけた。


「VIPルームに入りたいんだが、条件を教えてくれないか?」


 ラムロンの頼みに対して、黒服は平坦な口調で言葉を返す。


「お客様、大変申し訳ないのですが、VIPルームへのご案内は単なる料金性ではなく、ある程度の来店経験がありませんと。私達の高尚な場を見物しに来た他店の者という可能性もありますので」

「そうか、なるほどね。実際にはどのくらい来ればそのラインってヤツを満たせるのか、聞いてもいいか?」


 黒服は当たり障りのない言葉でラムロンの質問に答えを返す。当のラムロンはというと、黒服の言葉を聞き流しながら、今すぐこの警備を突破する方法がないかと頭の中で模索していた。


(やっぱ、そういうのはあるよな……。仕方ない。余計な出費にはなるが、こいつらに余計な分をちょっと掴ませて……)


 クラブと聞いて予めある程度の金を持ってきていたラムロンは、それを取り出そうと懐に手を突っ込む。

 だが、彼が金を見せようとしたその直前だ。一人の黒服が手を上げ、ラムロンの顔をまじまじと見つめる。


「あなたの顔、どこかで見たような」

「えっ」

(な、なんだ? こいつ俺のこと……)


 見覚えがあると言われたラムロンの方は、全く黒服の顔に覚えがない。一方的に知られるような機会でもあっただろうか。警戒心をマックスにしながら、ラムロンはいつでも対処できるように身構えた。

 しかし、黒服が次に口にした言葉は、ラムロンの予想からずっと離れたものだった。


「お客様は、少し前に往来で半裸になって暴れていた方ですね?」

「ゲッ……」

(いやそこかよッ!!?)


 微塵も考慮していなかった展開に、ラムロンは思わず心の中でツッコむ。調査しているのがバレたりというような確かな不都合でこそないが、何とも言えない恥ずかしさを覚えてラムロンは頭を抱える。

 だが、事態は彼が思ってもいなかった方向へ進んでいく。


「ふむ、どうやら生粋の変態露出狂であることは間違いないようですね。当店にいらっしゃるのは初めてのようですが、ここは特例としてVIPルームへの入室を料金のみで許可いたしましょう」

「あぇ、ええ? いいの?」

「ある意味で信頼はできますからね」

「……そっ、そうかい。助かるよ」

(それでいいのかよッ!!? つか、これ俺の話はどこまで広がっちまってんだ? クソ、あんなことしなきゃよかった。今度ドグとフォクシーに会ったら愚痴ってやる……)


 嬉しいのやら恥ずかしいのやら。ともかく、イズミ達の置かれた状況を知るためには好都合なことに変わりはない。


「この先のプレイでは、最低30万はいただくことになります。利用できるだけの現金をご提示いただけますか?」

「ああ、金ならある」


 持ってきていた金の束を取り出して見せると、二人並んでいた黒服達は顔を見合わせて頷き、扉に手をかける。


「それでは、この先のVIPルームへご案内いたしましょう」


 お入りください、と示された扉の奥の廊下にラムロンは進む。


(ラッキー……てことにしとこう。そう思わなきゃやってられん)


 他人がどう思うかは知らないが、半裸で暴れたという経歴はラムロンにとって汚点でしかなかった。それが結構広まってしまっているということを重く受け止めつつも、彼は歩を進める。

 十秒前後歩くと、目の前に再び扉が現れた。どうやらエレベーターのようだ。黒服はボタンを押して鉄扉を開くと、その先をラムロンに示した。


「それではお客様。こちらへ」

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