第37話 SMクラブ行ったことある? 俺はない

 エルフは亜人の中でも特に受ける差別が激しい種族だ。人間には恨まれ、あまつさえ他の種の亜人達からも距離を取られる。街ではまともな職につくことができず、衣食住に困ることも少なくない。彼らのほとんどは街から離れた独自の里や村といったコミュニティに属している。だが、そこからなんらかの理由で外れてしまった者は、自分に不都合な場所での生活を余儀なくされる。ラムロンがイズミとその想い人の置かれている状況が何か危険を孕んだものであると考えたのは、このためである。




※ ※ ※




「思ったより、でっけぇな」


 イズミにもらった名刺に書かれている開店時間を少しだけ回ったくらいの時間に、ラムロンは件のSMクラブに訪れていた。眼前にあるそれは、周囲の風俗店と比べても大規模なものだった。ちょっとした城を思わせる風貌は、中で悪趣味なプレイが行われているという事実を、臭いのキツい柔軟剤で隠すかのような趣きがあった。


「……すーッ、よし。入ろう」


 謎の緊張感を抱えながら、ラムロンはSMクラブの扉を開く。

 大仰な観音開きの扉の奥に広がっていたのは、正に欲を発散する場所という感じの内装だった。ピンクや紫の床や壁が、更に同系色の光によって照らされている目に悪い空間。中央のステージでは、露出度の高いボンテージを纏った女性が下着姿の男性にムチを打っている。ステージを囲うように備えられたバーカウンターでは、その見せ物を肴に酒をあおる者達がいた。どうやら、クラブとバーを兼ねているらしい。


「中は変わったところはない……」

(いや何言ってんだ俺は!? まるでSMクラブに来たことあるみてぇに……クソ、こんなとこ初めてだ。何を見りゃいいんだっての……)


 怪しまれないように通ぶった顔で入店したラムロン、内心は心臓バクバクのドキドキだった。何せ、彼はこういう店には行ったことがない。風俗店童貞だったのだ。ピンクや紫の光で店内が満ちていたのは、顔を真っ赤にしている彼にとっては好都合だった。


(あ~やっべ。もう出てぇよぉ……何を見りゃあ怪しいとか分かるんだ? クッソぉ~カッコつけずにもっと聞きゃあよかった)


 店内を回るボーイや客の様子をチラチラと確認しながらも、何も理解することができなかったラムロンは、とりあえず近場のバーの席に座る。

 と、そんな時だ。探る側の立場として無警戒だったラムロンに、後ろから声がかかる。


「ラムロン君、ラムロン君じゃないか」

「ひゃひぃっ……何、え?」


 予想外の事態に変な声を上げながら、ラムロンは後ろを振り返る。彼の背後に立っていたのは、いつぞやの建設会社の社長、リーヴだった。


「リーヴさん!? どうしてこんなとこに」


 思わぬ再会、というか場所を考えれば絶対にないと思っていた知り合いとの出会いに、ラムロンは驚きを隠しきれない。それに反してリーヴはというと、プライベートだからか、楽しそうに笑いながらラムロンの隣に座る。


「どうしてって君、ここはSMクラブだよ? ナニするかなんて決まってるじゃないか」

「は、え……あ、そうですよね、ははは」


 どうやら社外だとフランクに話すらしい。リーヴは小さい椅子の上で小太りの体を揺らして笑顔を浮かべる。そんな彼を前に、ラムロンは乾いた笑いを上げることしかできなかった。


「その顔を見るに、もしかしてラムロン君はこういうお店初めてなのかい? よければ、私が少し教えてあげようか。ここの嬢の鞭はすごくてね」

「ん……」


 唐突な展開に頭を麻痺させられていたラムロンだったが、リーヴが口にした言葉を耳にしてようやく正気を取り戻す。これはチャンスだ。幸か不幸か、こんなSMクラブに通っていた知り合いがいたのだ。年上のオジサンにSMクラブについて教わるというシチュエーションがなんとも嫌だったが、ラムロンは情報収集のためにと受け入れる。


「実を言うと客として来たわけじゃないんですが……お願いできますか?」

「ん、また依頼なのかい? なんだか残念だなぁ……イルオ君を誘ったら断られたし」

「は、はは……」

(こんな社長だから問題起こしちまったんじゃ?)


 以前の事件、もしかしたら風俗通いの上司のせいで起きたのでは。人柄は良いのかもしれないが、どうも変なところがあるなとラムロンはリーヴに奇妙なものを見つめる視線を送った。


「分かった、協力しよう。ひと段落ついたら、また一緒に来ようじゃないか」

「か、考えときますよ……」

「うんうん。じゃあ知ってることを話してくよ。君との良きSMライフのためにもね」

(ッ!!? ……ハッキリ断った方が良かったか?)


 イズミの依頼とは一切関係のないところで余計な読み合いを挟みつつも、情報を得ることはできそうだ。ラムロンは仕事が一歩先に進んだことに安堵する。


「ここはSMクラブの中でも昔っからあるすごく大きなお店でね。基本的にSMクラブっていうのは、受付とホテルが別にあって、いろいろ手続きした後に嬢の待つホテルに行くもんなんだけど」

「は、はあ……そうなんですね」

「まあ一長一短あるとは思うよ。こういうお店だってひと目で分かるもんだから、入ってるのを知り合いに見られたら終わりだからね。ま、その点で言うと私は家内にも知られちゃってるんで、ある意味無敵なんだけどね。ガッハッハ!!」

「そ、そすね……」


 こういう趣味を持っている人にはどういう相槌を打つのが正解なのか。そんなことを考えていた時、ふとラムロンはリーヴの言葉からナフィの顔を想像する。自分とある程度親密な仲にある彼女に、自分がSMクラブに入り浸っているなんてことが知れたら……


(想像したくもねえな)


 怒りを向けられるにしろ失望されるにしろ、まともな結末は待っていなさそうだ。


「ああそうそう、このお店にはVIPルームがあるって話だよ」

「VIPルーム?」


 余計なことを考えていたラムロンの耳に、リーヴの一言が引っかかる。VIPルーム。問い直すと、リーヴはホールの隅の方にある扉を指差した。


「そう。条件は確か、単純な料金制だったと思うんだけどね。詳しいことは知らないんだけど……ほら、あそこ」


 扉の前では黒いスーツを着た男二人が警備をしていた。他のプレイルームに繋がる扉とは一線を画す、物々しい鉄の大扉だ。


「あそこの奥がVIPルームって話さ。どんなプレイができるのか知りたくはあるけど、残念ながら私は富豪というわけではないからいけないなぁ」


 何か黒いことを行うなら、そこしかないだろう。通常のプレイ内容で何か行われているのだとしたら、リーヴにまた事情を聞きに来ればいい。そう判断したラムロンは席を立つ。


「いろいろ教えてくれてありがとうございます」

「いやぁ、君がしてくれたことに比べたら大したことないよ。そういえば、君はお金持ってるみたいだけど、VIPルーム行くのかい?」

「……まあ、そうなりますかね」


 これから暗部に触れようという覚悟を固めたラムロンの気も知らず、リーヴは呑気に構えていた。


「いいなぁ……。あっ、私もこの前君からもらった金を使えば……」

「っておい、舐めてんのかッ!!? アレはオルネド達のもんでしょうがッ!!」

「ははは、冗談冗談。では私は私で楽しんでくるから、ラムロン君も頑張ってな」

「……あ、アンタなぁ」


 笑えない冗談をかましてくるリーヴに、呆れの笑みを返しながらラムロンは小さく頭を下げた。


「助かりましたよ、このお礼はまた」


 リーヴに礼を言うと、ラムロンは表の世界に背を向けた。

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