第34話 (オチとして)都合のいい女
数日後、事務所にて……
「ラムロンさんの作るパスタ美味しいですね!」
「だろ? こう見えて料理には自信あるんだよなぁ」
ラムロンは事務所を訪れたリコにいつか振るえなかった料理の腕を振るっていた。内容は数日前とは別の種類ではあったが、またパスタだ。ラムロンは自分の料理を美味しそうに食べるリコに、この間の件を話題にあげる。
「そーいや、お前んとこが出した新聞読んだぜ」
「お、そうですか。もしかして失望しました?」
「いや、失望っつーかよぉ……」
ラムロンはテーブルにおいていた新聞に改めて軽く目を通し、ため息をつく。
「未成年の強盗誘導事件、警察の活躍により沈静化か……犯人の身元は未だ不明。これなんだ?」
「見て分かる通り世に出す情報を絞っているだけです」
「絞ってるって、お前なぁ」
「事実ではありますよ。私あの子のこと、名前しか知りませんし」
ラムロンが呆れた目線を向けてくるのに対し、リコは顔を逸らしてそれらしくもまとまっていない言い訳を口にする。
「それに、警察側もあの子のことを公にするつもりはないようですよ? 顔が割れたら扱いづらくなるでしょうし、何より彼女の人生に影響がありますから。私も同じ考えです」
「……まあ、それもそうか」
「いいじゃないですか。どうせ犯人が人間でも亜人でも、興味ない人は興味ないんですし」
「それ言い始めたら新聞自体意味なくなりそうなもんだが」
ラムロンは手元の新聞をたたみ、引き出しにしまう。そうこう話している内に、リコはパスタを食べ終えていた。彼女はフォークを皿に置くと、頬杖をついて口をとがらせる。
「本当のことを言うと、正直、犯人が亜人を騙る人間であって欲しかったっていうのはありますね」
「それは……新聞に載せる記事としてか?」
「そうです。人間と亜人の間の関係を示して問題提起するには十分な内容だと思ってただけに、なんだか残念です」
「その残念がり方もどうかと思うけどねえ俺は」
リコは亜人として、自分たちの置かれている立場が少しでも良くなるように努力しているのだろう。そこに嘘や誤魔化しを入れるのは、手放しに誉められたことではないが。
話に区切りがつくと、ラムロンは立ち上がってリコの前の空いた皿を片付ける。リコはというと、満たされたお腹を笑顔でさすりながら来客の立場を満喫していた。
「フィスは警察の方でうまくやれてんのか?」
「この前グレイさんに聞きましたけど、特に問題は起こしてないそうですよ」
「ふぅ……よかった。ムショにぶち込まれるなんてなったら大変なことになってたな」
「まったくです。人間の囚人達による亜人イジメは有名な話ですから。あんなヒョロガリな子供がそんなとこに入れられたら一週間も持ちませんよ」
「グレイの説得がうまくいって何よりだ」
後の始末まで全てうまくいっているらしいことを知ったラムロンは、大きく欠伸をして伸びをする。同様に、リコもソファから立ち上がった。ここに来たのは数日前の件の事後報告をするためだったのだろう。
「ごちそうさまでした、ラムロンさん」
「あいよ」
「……あの、ラムロンさん」
「ん?」
あとは帰るだけという時に、リコは振り返る。彼女の表情には、うっすらとした不安があった。
「フィス、あの子はこれからうまくやれると思いますか?」
「うまくってのは、具体的にはどういうことだ?」
「人間に対する偏見を直せるかどうかってことです。あんな偏った考え方をしてたんじゃ、警察署でも、あそこを出ることになったその後でも、うまくやれないと思いますから」
何だかんだ文句を言いながらも、自分と同じ亜人であるフィスの今後は気にかかるのだろう。だが、リコが意を決して口にしたその言葉に、ラムロンはなんてことのない笑顔で返す。
「そりゃお前、そんなんも信じられなかったら亜人相談事務所なんざやってねえよ」
「あ……ああ。そういえばそうでしたね」
「そういえばってなんだよ! ったく……いざとなりゃウチで面倒見ればいい。それに、グレイがいるんなら大丈夫だろ。あいつがなんとかする」
ラムロンの揺れることのないその態度を目の当たりにしたリコは、小さく口を歪ませ、玄関への一歩を踏んだ。
「面白い方ですね。機会があれば、依頼ではなく取材をしに来ても? 良い記事が書けるかもしれません」
「ウチはそういうのはやってねんだよ」
「ふふ、そうですか。それではまた別の機会に。失礼しますね」
愛想笑いなのか、それとも心からの笑みなのか、判別のつかない笑顔を最後に、リコは事務所を後にする。彼女を所長席でくつろいだまま見送ったラムロンは、一つまた仕事を無事に終えられたという安息から大きく息をついた。
※ ※ ※
リコを送り出したラムロンは、水につけるだけにしておいた皿を洗い始めていた。この後は特に用事もない。ただダラダラ過ごすだけの日になりそうだ。
と、そんなことをラムロンが考えていたちょうどその時だ。事務所の玄関からインターホンの音が響いてくる。
「あん? また別の依頼かよ、ったく……」
洗い終わった真白の皿を水切りカゴの中に柔らかく置くと、彼はタオルで手を拭いながら玄関に向かった。
「はいはーい! こちら亜人相談じむ……しょ?」
ドアを開いた先に立っていたのは、青ざめた顔をしたリザだった。
「リザ? 急にどうしたんだよ。あの二人がまた喧嘩でもしたか?」
「…………」
リザは問いに応えない。どころか、疑うような、憎むような目でラムロンを見上げてきていた。そんな彼女の尋常ではない様子に、ラムロンはどこか言いようのない不安を覚えて問いを重ねる。
「おいどうした。黙ってたんじゃわから……」
「さっき事務所から出てきた人、もしかして浮気相手?」
「…………あ?」
唐突な言葉に、ラムロンは頭が真っ白になっていくのをハッキリと感じた。そんな彼に構わず、リザは独自の考えを休まず展開していく。
「ナフィさんが不安そうにしてたのよ。このまま距離をとってたらラムロンさんの気が別の人に向いちゃうんじゃないかって。さっきの人、なんかスッキリした感じの顔してたし、もしかしたらって……」
「ちげーわこのボケッ!!!」
「ギャフンッ!!?」
ラムロンはリザの肩をどついて外に追い出し、尻餅をついた彼女に怒声を浴びせかける。
「この俺が浮気なんざするわけねーだろーがッ!! それとナフィに伝えとけ。そんなに不安なんだったらナフィの方から声かけてこいってな!!!」
「あ……あぁ!? こういうのって、男のアンタから歩み寄るのが普通でしょうがヨォッ!!?」
「抜かすなガキがッ!! 前に距離を置こうって話になった時そういう流れになったんだよ!!!」
自分の色恋に口出しされたラムロンは一切の遠慮なくリザにデカい声を張り続ける。
「つってもガキのお前にはよく分かんねえか。恋愛の一つもしたことなさそうな芋臭い顔してるもんなぁ!!」
「あ……あぁんッ!!? もっぺん言ってみなさ……」
「はい、今日の亜人相談事務所はここまでです。消え失せろマセガキ」
リザの言葉の途中でラムロンは事務所の玄関をバタンと閉めて鍵をかける。彼の挑発的な行為と最後の捨て台詞は、リザの心の奥にある一線をプッツンと断ち切った。
「おいゴラァッ!!! 逃げんじゃねえ開けんかい!!!」
リザはギンギン声を張り上げながら、ドアバンバンとインターホン連打を繰り返す。まるで債務者に追い込みをかけるような様相で、リザは亜人相談事務所の玄関に十数分は張り付き続けるのだった。
なお、真っ昼間からの騒音被害によって隣人に怒られ、ラムロンとリザが揃って頭を下げることになったのはまた別のお話。
「はい、ホントすみません、はい」
「ごめんなさい。もうしません」
((ぜってぇコイツの方が悪いのに……!!))
二人が互いに同じ感情を向けていたのは言うまでもない。
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