第33話 十五歳から二十歳が華の時になるかはその人次第

 グレイの提案を受けると、ラムロンとリコはフィスの身柄を彼に預けることにした。元々彼女が犯罪者である以上、警察でもないラムロン達にはどうすることもできない問題だ。


「よし、着いた」

「……やっぱ警察じゃねえか」


 グレイがフィスを連れてきたのは、彼が勤務している警察署だった。


「そりゃあ、悪いことしたんなら捕まるのが当然だろ」

「チッ……」

「ほら、行くぞ」


 自分に続くようにとフィスに手で示すと、グレイは警察署の扉を開いて中に入る。夕方ほどの頃合いである今でも、署の中には事務作業を行なっている警官が多く存在した。その中には、人間もいれば亜人もいる。


「…………」


 周囲の様子をそれとなく見回しながら、フィスはグレイの背についていく。署にいる警官達にとっては逮捕された者が連行されている光景は珍しいものでもないのか、顔を上げてもフィス達のことはチラッと見る程度だった。

 会話もないまま歩いていくうちに、グレイ達は上階へ上がり、通路に入っていく。


「ここで少し待っててくれ」


 一枚の扉の前で足を止めたグレイは、部屋の前に置かれている横長のソファを示す。


「私をどうするつもりだよ」

「お前にとっては捕まるよりマシで、俺達にとっても得があるようにするだけだ」

「答えになってねえんだよ、変態警官」

「あ、あれは……すまない。その、うまく運ぶようにするから、期待して待っててくれ」


 路地での無遠慮なボディチェックについて文句を言われると、グレイは素直に頭を下げて謝る。警察が犯罪者にする態度とは思えない。フィスは申し訳なさそうな顔をして部屋の中に消えていくグレイの背を見送ると、彼の実直さを鼻で笑うのだった。


「アホらし……」




※ ※ ※




 数十分後。フィスがソファで仰向けに寝転がっていると、目の前の扉がおもむろに開く。体を起こしてみれば、そこには鍵を手に持ったグレイが立っていた。


「特別措置が通った」

「特別措置?」


 部屋から出てくるなり、グレイは膝をついてフィスの手錠の鍵を外した。


「本来なら裁判の後でお前を刑務所に入れるのが妥当だが、それを免除するように取り計らってもらった」

「……で、それだけで終わるわけじゃねえよな」

「察しがいいな」


 犯罪者を捕らえておきながら、警察がそれを放免しましたというだけで事を終わらせるわけはない。睨むような視線と共に問いを投げだフィスに、グレイは一枚の紙とペンを差し出した。


「なんだよ、これ?」

「お前、監視カメラをハッキングしたとか言ってたよな。それに、実行犯の選出についても面白い共通点がある。以前までに亜人に対して何らかの被害を出した連中をわざわざ選ぶなんて、それも復讐のつもりだったんだろう?」

「だったら何なんだよ」

「事情聴取や携帯の押収で俺達がようやく分かったようなことを、お前は独力で調べる力があるわけだ。カメラの方も類稀な才能。警察としては、是非手に入れたい人材といえる」


 グレイは細かい文字が羅列されている紙をとんとんと指で叩き、その内容をフィスに意識させる。


「そこにはお前の犯罪に重罰を与えない代わりに、俺達に一定の貢献をするようにってなことが書いてある。もろもろの条件が気になるならよく読んどけ」

「こんなもん、誰が……」


 契約書を渡されはしたものの、フィスはその了承を渋っていた。自分を捕まえた者に素直に従うのが気に入らないのか、それとも人間であるグレイが自分に手を貸す状況に納得がいっていないのか。ともかく、彼女は渡されたペンの先端を出してすらいなかった。


「フィス、お前さっき親がいないって言ってたよな。だったら暮らしは施設か孤児院てっとこか?」

「どっちだって変わらねえだろ。……施設の出だ。で? なんか関係あんのかよ」

「お前がここで俺達の誘いに乗ろうが乗るまいが、そこにはお前がやったことの報告をする。そうなれば、どうなるのかは想像できるんじゃないか」

「お前、警察のくせに脅してんのか?」


 フィスは目の前で自分を見下ろしてくるグレイの顔を信じられないという目で見つめた。彼の顔には、悪意らしいものはない。だが、彼の語る言葉はフィスの道を一つに追い込むようなものだった。


「お前にとっていい環境だったとは思えない。何せ、こんな事件を起こしたいって感情を無くせないような場所だったんだからな。そして、今回の事件についてそこにいる奴らが知ったら、お前への印象は更に悪くなる」

「…………」

「裁判だのなんだのでお前を見下す連中に余計に顔を合わせる機会をつくるより、ウチで働いて、そのまま帰らないくらいの方がいいんじゃないか?」

「……好き勝手言いやがって」

「俺とお前の関係は警察と犯罪者だからな。そりゃ好き勝手言うさ」


 口では文句を言いながらも、フィスの表情に強い抵抗はなかった。グレイの話通りの展開になることが想像できたのだろう。


「俺はお前がムショに入るのは惜しいと思ってる。それに、ここはそう悪い場所じゃないぞ。お前が言うような亜人に対する差別を持ってる奴なんてほとんどいない。ここは一つ、人間様のご厚意に甘えてみたらどうだ? 今まではやってなかったことを試してみるいい機会だ」


 グレイの半ば脅しの混じった提案を受け入れるかどうか、フィスは迷った。利を取るのならば受け入れた方が良いということは理解しつつも、目の前の人間が信用できるのか。これまでと何ら変わらない環境に身を置くことになるのではないか。そういう疑念が彼女の中に渦巻いていた。

 そんな時、フィスはつい先ほどラムロンが口走っていた言葉を思い出す。


(本当にこれまで、ただ運が悪いだけだったんなら)


 フィスはペンを取り、書面に走らせる。


「やってやるよ。後悔はさせねぇ」

(身を任せてみても、いいのかもしれない)


 フィスが差し出した契約書を受け取ると、グレイはホッとしたように息をつく。そして、契約書をたたんで懐にしまい込むと、改めてフィスと向かい合う。


「そういえば名前を言ってなかったな。俺はグレイだ。よろしく頼む」

「覚えといてやるよ。半グレ警部のグレイ」

「それでいい。さて、それじゃあ早速、お前が少なくとも五年は過ごすことになる宿舎に案内してやる」

「え?」

「ん?」


 歩き出そうとしたグレイの背を、フィスの間抜けな声が止める。振り返って見てみれば、彼女は目をまん丸にして呆けていた。


「五年って、どういうことだよ」

「どういうことも何も、契約書に書いてあっただろ」

「……こ、こんなところで五年も? わ、私十五だぞ。出る頃には二十歳じゃねえか」

「遊びじゃねえしバイトでもねえんだから当たり前だろ」


 自分が五年もの長い間、警察署という閉鎖的な空間に閉じ込められることを後から知ったフィスは、奇声をあげながらグレイに襲いかかる。


「さっきの紙返せッ! 破り捨ててやるッ!!」

「おまっ、何勝手なこと言ってんだ! 別にずっとここにこもれって言ってるんじゃないんだぞ!」

「うるせえッ!! どうして人生一度しか来ない華の時期をこんな辛気臭い場所で過ごさなくちゃならねえんだよォッ!!」

「お前が犯罪者だからだ!! つーか、ムショにぶち込まれるよりマシな方だって分かってんのか!?」

「うっ、うごぉォ……!!」


 ラムロンから契約書を奪えないことを悟ると、フィスはその場にうずくまって呻き声を上げ始める。どうやら、犯罪をうまく隠す努力はしていても、自分がしたことの対価についてはよく理解していなかったようだ。


(才能があって賢くても、やっぱガキだな)


 目の前の床で転がりまわるフィスを目にすると、グレイは呆れから大きなため息をつくのだった。

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