第32話 喧嘩の仲裁って難しい

「名前は?」

「フィス」

「歳は?」

「十五」

「どうやって監視カメラのない位置を割り出した?」

「私ハッキング得意だから。監視カメラの映像見れば一発」

「この犯行でいくら稼いだ?」

「さあ? 数百万とか」

「上からスリーサイズを頼む」

「ななじゅう……ってあぁッ!? 何聞いてんだよ!!?」


 フィスと名乗る強盗を誘導していた亜人の少女を捕まえると、グレイは彼女にいくつもの質問を投げかけていた。彼女はというと、手錠をされて諦めがついたのか、淡々と問いに答えている。


「やけに素直だから適当に嘘でもついてるんじゃないかと思ってな。ただまあ、話は聞いていたようだ」

「チッ……気持ち悪ぃマッポもいたもんだな」

「悪いが俺は警部だ。それも最年少のな」

「聞いてねーよボケ」


 フィスは大きくため息をつき、拘束された両手を後ろにして座り込んだ。何かを隠すつもりがないと分かると、ラムロンは興味から彼女に問う。


「金に困ってるのか? 親はいるのかよ」

「あぁ……? 親なんざいたらこんなことしてねーだろーよ」

「じゃあ、やっぱり目的は金か」

「……へっ」

「ん?」


 ラムロンの問いを受けると、フィスは口元を歪めた。そして、立場としては圧倒的優位にあるはずのラムロンを嘲るような目で見上げる。


「お前ら人間様は本当に話が単純だよな。いっつも金金金っつってよ」

「……」

「あいつらも、ちょっとそれらしいことを言ったらすぐ金につられたぜ」


 あいつら、とは恐らくラムロン達が未然に止めたあの強盗達のことだろう。ひいては、それ以前の者達も指しているのかもしれない。


「ぬくぬく甘やかされて育ってっから、亜人の私のせいにすれば罪がなくなるって本気で思ってる馬鹿もいたな。けっ、そんなんで犯罪が許されんなら誰だってやるだろーによ」

「……あなたは人間が嫌いなんですね」


 同じく亜人であるリコは、フィスの濃い憎悪を感じ取る。彼女にも思うところがあるからか、その表情には常の明るさはない。


「それでこんなことをしたってことですか?」

「そうだよ。私が選んだ実行犯は全員人間だったろ? いい気味だぜ。さんざん亜人を馬鹿にして見下してきたクズどもが、亜人の私に言葉だけでいいようにされて人生を棒に振ってやがる。それに、こんなことで強盗する奴なんてどうせまともな奴じゃねーんだよ」

「……まあ、そうかもしれませんねぇ」

「お前、人間どもとつるんでおいて、分かったようなクチきくんじゃねえよ」


 フィスの怒りはリコにまで向かっていた。自分を捕らえた相手の一味なのだから当然と言えば当然だが、それほどまでに人間への嫌悪が強いということだろう。


「人間にいい顔して、ヘコヘコ頭下げて守ってもらってよお。内心じゃあ、別の亜人を見下してんだろうが!」

「……そうですねぇ」


 フィスの言葉に、リコは呆れたように大きなため息をつく。そして、自分の中にある考えを、全く包み隠すことなく口にした。


「他の亜人はともかく、あなたのような亜人のことはご明察通り見下してますよ」

「なんだと……?」

「私は新聞記者です。日々、亜人と人間の格差をなくすための一助になろうと、両者の間で起きた事件や事故を追って新聞にしてます。でも、あなたのような方が出てくると、そういう努力が一瞬で消し飛ぶんですよ」


 苦虫を噛み潰したかのような顔でフィスを睨みながら、リコは淡々と語る。


「必死によくしてきた亜人のイメージが、あなたのような亜人の犯罪者が一人出てきたらどうなると思います? やっぱり亜人は、これだから格差が必要、そんな風に思われるんですよ。分かりませんか? あなたのやってることは他の亜人達の立場を悪くするんです。あなたが経験してきた過去のことは詳しく知りませんが、それは更に昔にいたあなたのような馬鹿でガキな亜人のせいで起きたことなんですよ」

「…………」

「みんなが頑張って綺麗にしたシャツでも、あなたみたいな醜い汚れがつくと目立つんです、分かりますか?」

「テメェッ!!!」


 リコの言葉に耐えられず、フィスは立ち上がって眼前のリコに飛びかかろうとした。手錠をされていても、空いた口で首を噛み切らんばかりの勢いだ。

 だが、その暴走はグレイによって止められる。


「は~い落ち着こうな。リコ、お前も煽るようなこと言うな」

「チッ、はぁぁ……分かりましたよ」

(ぜってぇ分かってねえだろ)


 明らかにもっと言ってやりたいという顔をしているリコとフィスの距離を離し、グレイは二人を落ち着かせようとした。しかし、フィスの怒りはこの程度では止まらない。


「離せ……離せよッ!!」


 フィスは自分を脇に抱えるようにして押さえ込むグレイの腕の中でジタバタと暴れていた。顔は真っ赤になり、目には涙すら浮かんでいる。落ち着かせるにしても一筋縄ではいかなさそうだ。


「フィス、だったよな。お前は運が悪かったんだよ」

「……あぁ? どういうことだよ!?」


 ラムロンの言葉に、フィスは揺れの激しい声で返す。怒りと疑念、どちらを前にすればいいのか自分でも分かっていないような声だった。


「言葉の通りだっての。お前はこれまでの人生で、良い人間に出会う機会が少なかったってだけだ。もうちっと運がマシなら、今回みたいなことも起こそうなんて思ってなかったんじゃね?」

「うん……運だって? 私がこれまでお前ら人間に見下されてたのが、偶然だって言いてえのか!?」

「そう。まあ確かに亜人を差別する奴は多いけどよ~。実際はそんな奴ばっかじゃねえし、俺の周りの亜人だってお前ほど極端な考えはしてねえぞ」

「だからそれは、たまたまだろ……」


 フィスの滑り落とすかのような一言を耳にすると、ラムロンは指をパチンと鳴らす。


「ほれ、たまたまだ。お前みたいになるのも、その逆も、大体が運と巡り合わせなんだよ」

「そっ、それは……けど、クソッ……」

「でも、お前は今日この時からツイてる」


 ラムロンは未だ涙を浮かべているフィスの目の前で、ドンと自分の胸を強く叩く。


「なんたって、亜人相談事務所のラムロンに出会えたんだからな。亜人のお悩みならなんだって解決しちゃうぜ~?」

「……胡散臭ぇ。人間のくせに、絶対詐欺だ」

「ほら出た、偏見を先にして考える癖。大体詐欺師はアンタのほう……」

「は~いリコはステイステイ」


 隙を見計らって毒づこうとしたリコを止めつつ、ラムロンはグレイに目を向ける。ラムロンの意図をその目線だけで理解したのか、グレイはフィスを捕まえていた腕の力を緩める。体が解放されても、彼女が暴れ出すことはなかった。


「で、グレイ。その辺りはなんとかできるのか?」


 話がひと段落つくと、ラムロンはフィスの今後についてグレイに問う。警察である彼を目の前にしていなければ犯罪の一つや二つ見逃しても良かったのだろうが、今はそうもいかない。


「流石に、このまま連行せずに見逃すということはできないな。やったことがまあまあの規模だし」


 想定していた通り、グレイの回答は生真面目なものだった。ドグやフォクシーのように他人に迷惑をかけていない犯罪なら見逃せても、今回のはスルーし難いのだろう。

 しかし、彼は首を横に振った後で付け加える。


「ただ、俺に一つ考えがある」


 グレイの言葉に、一同は彼の顔に改めて目を向けた。とくに、自分の今後の進退がかかっているフィスは一際真剣に彼の次の言葉を待つのだった。

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