第23話 大人ぶってる子供と、ガキのままの子供。黄昏の歳

 ハルが元いた公園に戻る頃には、既に陽が落ちかけている時分だった。温かく包み込むようにも、一日の終わりを目前とした色とも取れる朱色の陽光が、公園全体を照らしていた。


「リザ、帰ったのか。ジュンも……」


 昼間に言い争いをした場所に、二人はいなかった。自然と近くのベンチなどにも目をやるが、そこにも二人はいない。

 と、そうしてハルがあたりをキョロキョロと見回していた時だ。重みのあるボールの弾む音が聞こえてくる。意識を引かれるがまま目を向けてみれば、そこには肩を小さく上下させてボールを弾ませるジュンがいた。


「ジュン……」

「約束、覚えてるよな!」


 丘からここまで走ってきたらしいジュンは、自分の感情や言いたい言葉を一切隠さず、初めから本題に入った。それに対して、ハルは少し迷うものの、同じように応じる。


「これから、大人になってからも、ずっと一緒にバスケやろうってヤツか?」

「……覚えてたのかよ」

「なんだよ、悪かったか?」

「ちげえよ。ただ……ムカつく大人の言う通りで、腹立つってだけだ」


 ラムロンの言っていたことがドンピシャだったことが、ジュンの頭の中で引っかかる。だが、重要なのはそこじゃない。


「そんな約束はもう、守れねえよ」


 ハルが言葉を返す。それはあまりにも冷たく聞こえる言葉だった。手持ち無沙汰で続けられていた間隔の広いボールの音が、止まる。明後日の方角に転がっていくそれに、二人は目を向けなかった。


「っ……お前ッ!」

「元から無理だったんだ。ジュンだって分かってんだろ」


 今にも殴りかからんばかりの怒りを見せるジュンに対し、ハルは怖けずに続ける。


「俺達は来年から高次学校だ。でも、通う学校が同じだからって……ずっと同じように続けられるわけじゃない」


 否定を重ねて友人が張り続ける約束を否定する。ハルの手は、体の横で硬く握られていた。手を覆う緑の鱗が、軋むような音を上げる。


「部活は人間と亜人で分けられるし、クラスだってそうなるかもしれない。テレビとか新聞で見たことあんのかよ。人間と亜人が並んでスポーツしてるとこ。バスケだってなんだって、やるとしても別々になっちまうんだよ」

「だから、それは……!」

「そこで駄々こねられても俺はどうしようもねえんだよ! しょうがねえだろッ!!」


 子供じみた夢の主張を切って落とす。否定される側も否定する側も、同様の表情をしていた。ハルは人間とは違う自分の手足を見やりながら、声を絞り出す。


「もし俺達が仮にバスケ上手くなったって、一緒の舞台に立つことはできねえ! んなこと、約束した時だってちょっとは分かってただろ?」

「うっ、うるせえよ。お、お前らは……お前らはなぁ……」


 昔交わした約束は、最初から守れるものではなかった。その現実を突きつけられたジュンの目からは涙が溢れる。そして、彼は咽ぶようにして何故自分が約束にこだわっていたのかを吐露する。


「お前とリザは同じ亜人だから一緒にいられるけどなぁッ!! お、俺は、おれはふつうの人間だから……三人で、ずっといっしょに、いられないんじゃないかって……」

「ジュン……」

「最近、リザに腕相撲で負けるようになったんだ」


 肌色に覆われた両腕を、ジュンは憎らしげに睨みながら続ける。手のひらには涙がポロポロとこぼれ落ちていた。


「昔はずっと勝ってたのに、今じゃ何回もやって一回勝てるかどうかだ。……そうなった時、ずっと考えないようにしてた俺とお前達の違いが……人間と亜人は、やっぱり一緒にらいられないんじゃないかって」


 不安と焦燥。ジュンを追い詰めていたのは、覆しようのない違いが壁となって、親友と離れ離れになってしまうのではないかという恐怖だった。


「ガキの頃の約束にしがみついて悪いかよッ!? おれ、おれはずっと……く、うぅ」


 ジュンは胸の奥にしまっていた焦りと不安の重さに耐えきれず、膝をつく。もうずっと前に落としてしまっていたボールが、近くで虚しく転がっていた。

 一瞬、ハルは自分がどうすべきか、分からなくなった。分かっていなかったのだ。ずっと一緒にいる友達が、当たり前のようにそこにあった違いを溝と感じていたなんて。


 しかし、ハルは長く迷うことはしなかった。彼の中にある答えは、変わらなかったのだ。


「くだらねえ」

「……え?」

「やっぱあんな約束、クソくだらねえよッ!!」


 そばに転がっているボールには目もくれず、ハルは崩れ落ちているジュンの両肩を掴んだ。そして、真っ直ぐに親友の目を見つめながら、自分の考えを告げる。


「何が大人になってもバスケやろう、だ。こんな約束、する必要もなかったんだ!!」

「は、はる……お前、そんな風に思ってたのかよ」


 ハルのあまりの暴言に、ジュンの目からは滝のような涙が流れ出る。しかし、彼の言葉に対してハルは首を横に振った。


「そんな風に一つの何かで括る必要、全然なかったんだ」

「ど、どういう……」

「約束の内容が間違ってたっつってんだよ。確かにバスケは好きだしお前らとやるのはもっと楽しい。けど、そんなん別のなんだってそうだろ?」


 ジュンを立ち上がらせると、ハルは満面の笑みを浮かべた。そこには大人も子供も関係ない、オレンジの夕日に照らされた笑みがあった。


「俺達の約束は、これからずっと一緒にいよう、だけでよかったんだ。勢いで余計な言葉くっつけちまったから、ウダウダ考えてジュンは不安になったんだろ?」

「でも……二人は亜人で、俺は人間で……いつか、一緒にいられない時が来るんじゃ」

「それは……」


 自分の考えを信じて疑わなかったハルだったが、未だ拭いきれない不安を抱えるジュンの言葉に思わず詰まってしまう。心では回答を出していても、理屈や言葉にするまでは至っていなかったのだろう。

 そんな時だ。二人にとって聞き馴染みのある声が、公園に響き渡る。


「それ言うんだったら、私は一人女なんですけど? 絶賛ハブられ中だったし」


 男子二人はビクッと体を震わせ、声のした方向へと目を向けた。


「「リザ!!?」」

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