第22話 約束は大事にしすぎないくらいが丁度いい

 ジュンは街の一帯を見下ろせる丘で座っていた。地べたにそのまま腰を下ろしているそのすぐ隣には、薄汚れたボールが置かれている。彼はそのボールが転がっていかないように、キュッと上から小さい手で押さえつけていた。

 と、そんな風にジュンが一人で黄昏ていると、彼の後ろに胡散臭い男が現れる。我らがラムロンだ。


「はぁ、はぁ……やっと着いた」

「……誰?」


 離れた公園からダッシュでやってきたラムロンは、乱れた息を整えながらジュンに声をかける。そんな彼を前にすると、ジュンは肌色の腕でボールを抱え、一歩距離を取った。こんなところは、彼もハルも変わらないらしい。


「よう、あ~……俺ラムロン。はぁ……名前、リザから聞いてるか?」

「え、ああ……え、おじさんがラムロンなの?」

「おじッ!!? ……まあそうだよ。俺が亜人相談事務所の、ラムロン。ふぅ~……」


 自らの存在をやたら主張してくる肺と心臓を最後の大きい呼吸で黙らせると、ラムロンはジュンに歩み寄ろうとした。しかし、少年の警戒心は甘くない。ジュンは一歩大きく後ろに飛び退くと、うわずった声を上げる。


「ちょ、待てよ。リザの知り合いだかなんだか知らねえけど、俺に何の用だ!」

「いや、さっきの喧嘩を見ててよ……ハルって奴に随分なこと言ってたじゃねえか」

「あっ、あれは……」


 自分達の喧嘩が他人に見られていたことを知ると、ジュンは顔を赤くする。恥じらいからだけではなさそうだ。彼は胸の前でボールを強く抱え込むと、かすれた声で叫ぶ。


「ハルのせいだ。あいつが……俺達の約束を忘れてたのがわるいんだよ!」

「忘れてた、か……」


 ハルと比べると、ジュンは自分の気持ちを隠さずにストレートに向き合っているようだった。いささか、その勢いが強すぎはするが。

 そのトゲだらけの心に触れようと、ラムロンは少年が大事そうに抱えているボールを指差す。


「バスケか。俺もマンガ読んでちょっとだけやりたいとか思ってた時期あるぜ。まあ三日坊主だったわけだけどよ」

「そ、そうなんだ。……ってか、それがどうしたんだよ!?」

「別に。でも、お前らがずっと一緒に続けていくのは難しそうだと思ってよ」

「ッ!!」


 ラムロンの言葉を耳にしたジュンは、一瞬にして顔を真っ赤にする。ボールを持つ手は打ち震えている。彼はその勢いのまま、ラムロンへと甲高い声を張り上げた。


「お前にそんなこと言われたくないんだよ!! リザに何してやったのかは知らねえけど、俺達のことにクチ出すな!!」

「…………」


 ジュンの様子はまるで玩具を取り上げられた幼児のようだった。怒りを抑えることもせず、全身をカタカタと打ち震わせている彼を前に、ラムロンは問う。


「お前、いくつだ」

「……十三」

「そんなら、もう少し大人になった方がいい」


 ラムロンはジュンが抱えるボールを指差して続ける。


「お前が言ってた、ハルが約束を忘れてるってのは本人にそう聞いたのか?」

「違う。けど、あいつはそれを破ろうとしたんだ! それはおんなじことだろ!!」

「多分、あいつは忘れてねえよ。その約束、最初から守れない約束だったんじゃないのか?」


 ラムロンの言葉に、ジュンは体を大きく震わせる。その顔には強い怒りと、それ以上に大きい不安があった。しかし、ラムロンは追撃を止めることはしない。


「子供ん時はよくやるもんさ。どうしたって叶えられないような口約束をしちまうってのは」

「うるさい! か、関係ないお前に何が分かるんだ!」

「色々だよ。お前の気持ちもちっとは分かる。けど、それは思い違いだ」

「おもいちがい?」


 怒りと不安は色褪せないままだったが、ラムロンの言葉を耳にしたジュンの表情に疑問が浮かぶ。彼はその感覚を隠すことなく、素直に口にした。


「それって何だよ」

「俺に聞くな。あいつ本人に直接聞いた方がいいに決まってんだろ」

「で、でもそれは……」


 ラムロンから答えを得ることはできない。進むためには自分自身で相手の考えを確かめなくてはならないと知った時、ジュンは声も出せなくなってしまった。自然と、後ろに後ずさってしまう。


「なんだ、ビビってんのか?」


 そんなジュンの退路に、ラムロンが火をつける。


「ハルに突き放されることにか? それとも、意気地なしだってリザに思われたくねえか?」

「ッ……!」


 その瞬間、ジュンの中にある怒りが膨れ上がった。ついさっき初めて会ったばかりなのに知った風な口をきいてくる目の前の男。他人の心を土足で踏み荒らすその男をどうしても許せないと、彼の中の怒りに火がつく。それは、不安や恐れを飲み込むほどのものだった。


「ビビってねーよッ!! 今から証明してきてやる!!」


 ジュンは燃えるような怒りに身を任せて吠えると、ボールを持って丘を駆け下りていく。ラムロンはその言葉に返事を返すことはなく、離れていく小さなその背を見送った。


「はぁ……元気だなぁ。クソ、俺もダッシュで戻らねえと」


 目的を達すると、ラムロンはジュンが向かったのとは別の道のりで丘を走って降りていく。既にここまで走ってきていた彼は、明日の筋肉痛が億劫だと心の中でため息をつきながら走るのだった。

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