第21話 発破をかける、葉っぱをかけるだと思いがち
ハルは元いた公園とはまた別の公園に一人でいた。彼はブランコのチェーンを、亜人特有の鱗に覆われた手で掴み、体を小さい遠心力に乗せていた。地面を蹴ることはほとんどない。ただただ、膝から先を持て余すだけだった。
そんな風に、一人の少年が空虚な時間を過ごしていた時だ。彼の近くに、怪しい大人にしか見えないラムロンが現れる。
「よっ。ハル……であってるよな?」
「……え誰?」
フレンドリーな初手の挨拶が、逆に少年の警戒心を刺激した。ハルはラムロンを前にすると、ブランコを握る力を強め、その緊張を露わにする。
「そう固くなるなよ。男だろ?」
「いや……お母さんに、知らない人とは話すなって言われてる……言われてますから」
「ああ、まあそうだよな。えっと」
とりあえずの敬語だけ繕ったハル。その隣のブランコにラムロンが座る。彼は探り探り話を進めていこうと、共通の知人の名前を出した。
「リザから話を聞いてないか? 亜人相談事務所のラムロンって奴のこと。そいつが俺さ」
「え、ああ……リザのお母さんの病気を治してくれたっていう人」
「うんうん、そうそう」
「の、金魚のフン」
「……は?」
間違ってはいないのかもしれないが、ラムロンの耳にはハルの言葉が色濃く残った。リザが自分をそう評したのかと思うと、彼女の顔が途端に憎らしく思えてくる。
(あいつ俺になら何を言ってもいいと思ってねえか?)
リザの内心では、ナフィのついでのように扱われていたという事実に、ラムロンは思わず大人らしくない声を出してしまう。そんな彼の心情を幾分か察したのか、ハルは小さく笑ってリザの言葉のトゲを誤魔化す。
「リザは結構強い言葉を使いますし、素直じゃないですから。多分、照れ隠しみたいなものだと思いますよ」
「ん、ああ……ありがとな。随分大人びてるじゃねえか」
自分より一回りも年下の少年に気遣われると思ってもいなかったラムロンは、少し驚いてハルを目に収める。当の少年は、なんでもない風で地面を蹴った。
「別に。リザとは付き合い長いですから、ある程度は分かってるってだけです」
「幼馴染ってやつか?」
「はい」
「あのジュンって奴も?」
「えっ……」
直前に喧嘩別れした友人の名前を出されたジュンは、よく回っていた口をぴったりと閉ざした。そうして少しの沈黙が流れた後、彼は抑揚のない声で返す。
「まあ、そうですけど。それがどうかしましたか?」
「いや、さっき派手に言い合ってたから目についてよ」
「聞いてたんですか?」
「偶然な。よかったら、ワケを話してくれよ」
「それは……」
ラムロンの問いを受けると、ハルは目線を地面にやった。友人が世話になった人物とはいえ、他人に話してもいいものかという迷いが彼にはあった。
しかし、つい先ほど喧嘩したのもあってか、その迷いはすぐにどうでもよいものになってしまう。彼は心の内にある苛立ちと共に投げやりな口調で吐き捨てる。
「あいつが子供なんです。何年も前の下らない約束を持ち出して、駄々をこねて……。俺たちは子供ですけど、ちょっとは現実のことも考える歳なんです。なのにあいつ、ジュンは……」
「いつまでもしがみつこうとしてくる、ってか?」
先の言葉を重ねられたハルは、眉を寄せて隣を見る。すぐ真横のブランコでは、ラムロンがニヤニヤいやらしい笑みを浮かべていた。
「リザから何か聞いたんですか?」
「大体な」
ハルは自分を乗せて小さく揺れていたブランコに強くブレーキをかけ、止めた。
「……あいつもあいつです。なんで、俺達のことを関係もないような大人なんかに。こんなのは、俺達自身で何とかするべきことだろ」
「ふーむ。そりゃあ、お前らより俺の方が頼りがいあるからじゃね?」
「……」
普段の延長なのか、それともわざとか。ラムロンは子供に向かって挑発をかける。それを受けたハルは、歯ぎしりの音と共に隣に目を向けた。彼の視線の先では、相も変わらずラムロンがムカつく笑みを浮かべている。
「自分達でなんとかすべきっつって、どうともできてないのが現状だろ? 何より、男二人で言い合って、女の子一人残すなんざ、頼りないなんてもんじゃないぜ」
「そっ、それは……アンタに何が分かるんですか!?」
ラムロンの言葉にハルは思わず立ち上がった。持ち主を失ったブランコが不安定に揺れ動く。ラムロンは、自分を見下ろしてくる背伸びした子供のケツを叩くように言葉を重ねる。
「いや、何も分からないけど……俺がガキの時は、身近な女の子をガッカリさせるようなことはしなかったけどなぁ」
「……じゃあ、そうやって上からゴチャゴチャ言ってますけど、どうしろって言うんですか?」
ハルの言葉を聞くと、ラムロンは来たかと言わんばかりの会心の笑みを浮かべる。そして、意気揚々と次の言葉を放った。
「友達を大切にして、失望されたくないなら、自分で考えろよ」
「……ッ!」
「ま、割り切りばっかで言い訳してるガキには仲直りもできねえよなぁ、ガハハ。見返したいなら自分達でなんとかしてから来てくれよ」
結局、梯子を外されたハルは、イラつきを隠すことなくラムロンに背を向ける。そして、そのまま早足でブランコから離れていった。
「お~い、どこ行くんだよ」
「アンタには関係ありません」
ハルはラムロンの問いを弾き飛ばし、そのまま走り去っていく。彼の足先は、リザ達が元いた公園へと向かっていた。
「……まあまあの手応えだな」
ハルのその小さな背を見送ったラムロンはというと、自身の思惑がうまくいったらしいことを知り、ブランコから飛び降りる。
「よし、次はジュンってやつだな。急がねえと」
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