第20話 意外と女子より男子の方がヒステリックだったりする
「んで、その後はどうなんだ、リザ。ナフィとうまくやれてるか?」
ラムロンとリザはベンチに隣り合って座り、再会するやいなや共通の知人ナフィについて話し始めた。しかし、ラムロンが彼女の名前を出した途端、リザの表情が少し曇る。
「うん。基本的にはね」
「基本的には? 何か揉めることでもあったのか?」
「え、う~ん……別に仲悪くはないよ? そういう心配はないの。けど」
リザは問いに対してどう返すべきかを迷い、頭を抱える。しかし、少しの沈黙の後、彼女はもう我慢の限界だと言うように両の手で拳を握り、心の内を叫んだ。
「あの人の私生活終わりすぎでしょ!! 初日メチャクチャ掃除大変だったんだけどッ!!」
リザの心底からの嘆き。それを耳にしたラムロンは、目を逸らしながら生温かい言葉を返す。
「ま、まあ……うん。分かるよそれは」
「それに、料理を教えて欲しいって言うから、私もナフィさんに教えられることあるんだ~って思って教えようとしたんだけど……」
一つ切り口を作ると、どんどんと不満や愚痴は溢れ出てくるものだ。リザは自分の髪をクシャクシャと粗くかき回しながら、自分の思いを飾ることなくぶちまけていく。
「なんであの人、弱火で十分なら強火で三分でいいよね、なんて言うの!? 薬作るときはすごい賢いのに、なんで料理作るときはあんな頭悪いのッ!!」
「……そう、だな。ナフィはそういうところあるし」
「ぬぅ……うがァーーッ!!」
ラムロンは当たり障りのない言葉を口にしてリザのモヤモヤが晴れるのを待った。
そうしてしばらく。とても女の子が出すとは思えない野太い悲鳴をあげた後、リザは少し落ち着いたのか、ポツポツと自分がナフィに抱いていた感情について語り始める。
「うう……なんか複雑って感じ。もちろんナフィさんのとこの仕事、楽しいし学べることは多いんだけどね。ちょっと、その……理想が崩れていく、っていうか」
「はは、まあナフィはそういうところが可愛いんだよ」
「え、なんて?」
「なんでもねえよ」
自身の感情のことなどどうでもよくなるような言葉が、目の前をスッと過ぎ去った。リザは目をまんまるにして、聞きこぼしたラムロンの言葉を再度聞こうとする。
しかし、そこは年の功。ラムロンは好奇心旺盛な女子に面倒な追求をされる前に、すぐに次の話題を切り出した。
「で、さっきの二人はなんなんだ? なんかピーピー騒いでどっかいったみたいだけどよ」
「ん、ああ……ジュンとハルね」
ラムロンの口から知り合いらしき子達について聞かれると、リザは胸の前に腕を組んでため息をつく。そして、ラムロンならばいいだろうという考えからか、スルスルと彼らのことについて話し始めた。
「人間の方がジュン、私と同じ亜人がハル。まああいつら、ガキだからよく喧嘩するのよ」
「さっきみたいなのも、よくあるのか?」
「うん。まあ大体そんな感じで、いつものことっちゃいつものことなんだけど……」
途中までなんでもないことのように話していたリザ。しかし、ハルとジュンの喧嘩の内容について問われると、言葉に詰まる。自分に言い聞かせるようにいつも通りだと言おうとしたが、彼女はその直前で踏みとどまった。
「いや、ごめん。今日……最近のは、ちょっと特別。色々あってさ」
「まあ、そんな感じはしたが」
「バレてた? その、なんて言うのかなぁ。正直なことを言うとさ」
リザは言葉をそこで止めると、隣のラムロンの顔を見上げる。そして、自分より背の高い彼の顔をチラチラと上目遣いで見た。
しかし、ラムロンは彼女の視線に含まれる意図に気づかない。あろうことか、背中をポリポリとかきながら欠伸までしていた。それを目にしたリザは致し方ないかと覚悟を決め、少し顔を赤くしながら続きを口にする。
「その、ね? ちょうど、ラムロンさんに依頼しに行こっかな……とか、思ってたとこだったりして」
「……え? お前クソガキだと思ってたけど素直なとこあんだな」
「アンタ……チッ、やっぱやめときゃよかったわ。どーせ金関係じゃなきゃ何もできないんでしょ~」
勇気を持って自分から頼ったというのに、からかいの言葉を返してくるラムロン。そんな彼にカチンときたのか、リザは煽りの言葉を最後に席を立った。
しかし、ラムロンはリザのその小さい背が離れるより前に声を上げる。彼女が口にした捨て台詞が刺さったのだろう。
「そりゃあ聞き捨てならねえな」
「ん?」
「亜人相談事務所は、金以外のことだって取り扱う。ほら、こっち来い」
「どういうこと?」
「お友達の悩みを解決してやるっつってんだよ」
ラムロンはリザに再び座って事情を話すようにと促す。それを見たリザは、小さく口元を歪ませて早足でベンチに向かっていった。
※ ※ ※
「なるほどねぇ」
「どう、何とかできそう?」
大方の事情を説明し終えたリザは、ラムロンに解決できるかの是非を問う。ラムロンはというと、少し厄介だという風に頭を抱え、背もたれに体を預けた。
「お前の言う通り、到底金で解決できることじゃなさそうだな」
「だからそう言ったじゃない。どうする? 諦めるの?」
「誰がそんなこと言った?」
リザの挑発的な言葉にラムロンはニヤリと笑って答える。そこには、自分では解決できないかも、という不安の色は一切なかった。自信という言葉を貼り付けたような、迷いのない笑顔だ。
「俺ぁ、一つ屋根の下で亜人と暮らしてたこともあるんだぜ? 亜人と人間の間の悩みだなんだってのは、正しく俺の専門だ」
「へぇ~。そうなんだ。じゃあ期待してよっかな」
腕を組み足を組み、ふんぞり返ってラムロンはどんと構える。彼の自信満々な態度を見たリザは、早速問題を取り除いてもらおうと、友人である二人の居場所について補足する。
「あいつら、喧嘩した後に行く場所ほとんど固定されてるから、そこ行って話してきてよ。さっき話した通りの場所ね」
「オッケー、了解した。……で、お前は?」
「ん?」
「え?」
ラムロンの問いに、リザは何を言ってるんだと目で問うような表情をする。対するラムロンも、リザにドン引きの目を向けた。彼が納得できないのも当然だ。何せ、この依頼はもともとリザの友人関係に関すること。彼女が解決のために取り組まないのはおかしなことだ。
「いや、これ俺が片方行ってお前がもう片方行く流れだろ」
「だって、私はもう二人とこの件について話してるしさ。あいつら、私の話だと半分にしか聞かないんだもん」
「見ず知らずの俺の話も同じようなもんだと思うが……つかそれ以下じゃね?」
「でもラムロンさんは、半分に聞かれたとしても十分なくらいのありがたいお話をしてくれるでしょ?」
「お前なぁ……」
舐められているのか評価されているのか分かりづらいリザの無茶振りに、ラムロンは思わず呆れの声を上げた。しかし、結局は頷く。
「まあこの俺に任せとけよ」
「ふふ、ありがとね。報酬は、ナフィさんにアンタの印象がよくなるような話をしてあげるってことでどう?」
「バーカ。んなもん必要ねえよ」
冗談を軽く笑い飛ばすと、ラムロンはベンチから勢いよく立ち上がり、リザの話した二人のいる場所へと向かうのだった。
「先に行くのは……ハルの方かな」
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