第16話 給料には全人類大体納得できない

 ラムロンは自分に向かってくる亜人二人に対し、一切の躊躇いもなく引き金を引いた。負傷と痛みを覚悟したオルネドは、それでも目の前の男だけは倒すという気勢で腕を振り下ろす。


 しかし、想像していた痛みも、銃声も、手に返ってくる感触もなかった。まさか人質に向けて撃ったのかと隣を見てみても、そこには健在なままの彼がそこにいるだけだ。


「一体何が……?」


 状況をつかめなかったオルネドは、目を白黒とさせてラムロンに視線を戻す。目に入ってきたのは、銃弾の代わりにbangと書かれた旗を口から出した銃と、ニヤニヤ顔のラムロンだった。


「ガハハ、ドッキリ大成功っつってな」

「なっ……」

「どうして」


 直前まで、俺は亜人なんてどうとも思ってないぜ、という空気を出していたラムロンの転身ぶりに、思わずオルネドと人質にされていたはずの亜人は顔を見合わせる。

 

「俺は実銃持ち歩くほど危機意識高くねーし、亜人も嫌いじゃねえよ。亜人相談事務所やってるって言ったろーが」

「くっ……」

「しっかし妙だな。お前ら、犬と猿ってよか、阿吽じゃねえか」


 ラムロンは一緒になって飛び出してきたオルネドと人質に目を向ける。本来は相容れないはずの二人が協調しているのには、何かしらの事情があるのは明確だ。


「こ、これは……その」

「テメェ、はなからこれが狙いだったのか」

「ヒューヒュー……口笛良い音鳴んねぇな」


 かすい口笛の音を鳴らしながら、ラムロンはオルネドと人質の関係性を疑った理由を話す。


「普通に考えて、人質に取るなら人間の方がいい。さっき俺が言ったようなこと、素でやるような奴もいるしな。んなこと考えりゃあすぐ分かるのに、わざわざ同種を人質に取るなんて何かあるとは最初から思ってたよ。それに、人質君の演技下手だったし」

「え、僕の人質のフリ、バレバレでした?」

「そりゃあもう。普通はもっと怖がってるだろうし、キャーキャー喚くもんだよ。お前は役者にはなれねえな」

「え……そんな。僕、夢が役者だったのに」

「えそなの? なんか……ごめんな」


 目に見えない地雷を踏んでしまったラムロンは、これ自分が悪いのか、と思いつつ人質演技をしていた亜人に謝る。

 そんな彼らの後ろでは、金を得る計画を成功させられなかったオルネドが、失意とともに立ち尽くしていた。そんな彼に、リーヴ社長が歩み寄る。


「どうやら、事情があるようですね。話してくれませんか、オルネド君」

「……今更、何話したって変わらねえだろうが。俺達は芝居を打ってアンタらから金をくすねようとした、それだけだ」

「オルネド君……」


 あとは警察になり連行されるだけ、そう考えていたオルネドは社長の言葉に顔を背ける。その頑なな態度が溶かせるような言葉を社長は持っておらず、どうしたものかと二の足を踏んだ。

 そんな時、二人の後ろからラムロンが声を上げる。


「そういう、話してもしょうがないって態度が問題を悪化させるんだぜ」

「……なんだと」


 ラムロンはオルネドを小馬鹿にするような目で見たまま、言葉を重ねる。

 

「お前が何にイラついてんのかは知らねえ。そんで、知らないまま俺や社長さんがお前らのためになんかできると思ってんのか?

「チッ、部外者が知ったような口きいてんじゃ……!」

「だから、俺も社長さんも知った口はきけないだろ、お前が話してくれないんだから」

「ぐっ……」


 硬い態度を軟化させるというより、正面から叩いていこうという考えでラムロンは言葉を続ける。そしてとどめに、オルネドが本来頼るべきだったリーヴを示す。


「見たとこよ、お前らの社長さんは亜人だからっつー色眼鏡ナシでお前らを守ろうとしてたじゃねえか。だったら、その信頼に応えてみたらどうだ?」


 ラムロンからのパス。リーヴ社長はオルネドに目を向け、静かに頷く。

 彼の社長としての普段の人徳がどの程度かは分からない。しかし、彼の直前の言葉は確かにオルネドの脳裏に引っかかっていたようだ。観念したオルネドは、ポツリと自らの行動の理由を口にする。


「給料に納得がいかねえ」


 …………沈黙


「はあぁ? それだけ?」

「ちげえよッ!? 問題なのは、俺達と同じ職場で働いてる人間との違いだ」


 ラムロンの心底から出たような疑問と失望が入り混じった声に、オルネドは吠え声で反論する。


「役職や成果に応じて変化はさせているはずですが、亜人だからといって給料を減らすようなことはしていませんよ」


 オルネドの反論に対して、リーヴは悪びれる様子はない。彼の言うことに覚えはないのだろう。しかし、オルネドは顔を俯けて続けた。


「……誰かが、俺達の分の金をくすねてやがる」

「なんですって?」

「俺達亜人の給料の一部を抜き取って、自分達のものにしてる奴がいる。この前、人間の連中が話してるのを聞いたんだ。あの人の話に乗ってから金の回りが良いってよ。誰だかは知らねえが、俺達亜人の給料を抜いて、自分らに回してる連中がいるのは間違いねえ」

「……いやまさか、そんな」


 社長は自分の会社内での不祥事が信じれないようだった。言葉が出てこないほど動揺している彼の代わりに、ラムロンが質問する。


「じゃ、今回お前達が言ってきた500万って数字は……」

「これまで、俺達が不当に金を奪われた分だ。手に入れることが出来たら、皆に配る予定だった」

「なるほど。お前ら二人だけじゃなく、この会社にいた亜人全員がグルだったわけか。人が全然いねえと思ったら、皆で手引きしてたっつーこと」

「……そうだ」


 思えば、建設現場でありながら事件現場でもあったこの場所には全く人がいなかった。それは、亜人達がオルネドの計画に乗っかり、総出で人が近づかないようにしていたためだろう。

 そして何より、もう一つ理由がある。


「金をくすねてたって奴も同じように人払いしてただろうから、余計にだな」

「……?」


 ラムロンがそれとなく言った一言に、オルネドとリーヴは顔を上げる。まるで、犯人が分かっているかのような口ぶりだ。二人は揃ってラムロンに問いを投げる。


「どういうことだ」

「一体……あなたには、さきほどオルネド君が言っていた犯人が誰だか分かったのですか?」

「まあな」


 亜人相談事務所として依頼を受けたことがきっかけとなって分かった事実。間違いない。そう確信したラムロンは後ろを振り返り、その人物に指を差そうとした。


「その犯人は……!」


 しかし、ラムロンが振り返った先には誰もいなかった。


「……あり? あいつどこ行った?」

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