第10話 誰にだって欠点はあるもの
ナフィとリザが訪れたのは、家からほど近い薬局だった。その薬局は亜人用の薬を主に取り扱っているというわけではなかったものの、ナフィが自分で用立てるから調合室と材料を貸してくれと伝えると、快く受け入れてくれた。
調合室にて、ナフィはテキパキと作業を進めていた。必要な素材を棚から引っ張り出し、それを調合機器に入れる。迷いの無いその動きにリザは目を奪われていた。
「こ、これって、必要なものはもう全部分かってるんですか?」
「うん。亜人と人間の使う薬が違うからって、根本から違うわけじゃない。私がしてるのは、人間用の薬を基本として、そこから亜人にとってよくない成分を取り除き、他のもので代用すること」
「お、おぉ~……!」
ひとしきり作業が終了したのか、ナフィは不要な機器を片付け始める。後は機械に投入した素材が薬の形になって出てくるのを待つだけだ。
「ナフィさんってすごいですね。お母さんのこと、ちょっと診ただけでどんな薬が効くのか分かるなんて」
「亜人薬学は私の専門だからね。それに、今回はたまたま私が知ってる範囲のことだったからってだけ」
「そんなこと……」
笑顔で謙遜するナフィに、リザは尊敬の眼差しを向ける。彼女はその立ち居振る舞いでさえも美しいと見惚れていた。
そんな折、リザはふと思い出したかのようにポツリと疑問を口にする。少し前にラムロンに聞いたものの、ハッキリとした回答が得られなかったアレだ。
「あの、ナフィさんって……ラムロンさんとはどういう関係なんですか?」
「えっ……」
瞬間、調合室に静寂が満ち満ちた。まさか沈黙が返ってくるとは思ってもいなかったリザは、何事かと改めてナフィの方を見る。
その時だ。ナフィが突然リザの両肩を勢いよく掴む。リザの着ていた服にギュッと皺が寄るのと同時に、ナフィは青白い顔をしながら早口で問いを重ねる。
「リザちゃん、どうしてそんなこと聞くの。まさか、あいつに手を出そうって言うんじゃないよね?」
「えっ……えぇっ!? ち、違いますよそんな。年齢も離れてますし、今日会ったばっかですし、そもそも種族が違うじゃないですか」
「………………本当? 嘘じゃ、ないよね」
「は、はひっ……」
ナフィは先ほどまで緩やかな空気を纏っていたのが嘘のように、修羅のような殺気をリザに向けた。問いを重ねるごとに、リザの肩を掴む手に込められた力が強くなっていく。
だがその直後、ナフィは目の前で震えているリザを目にすると、一瞬にして正気を取り戻した。そしてまた、纏う空気が一変する。
「そーよね、うん。あーよかった。リザちゃんがそんなことするわけないよね。もしそのつもりがあったんなら早めに始末しなきゃいけなかったところよ」
「し、しまつ……?」
ある種、幻滅にも近しい感情を覚えながら、リザはナフィの口にした恐ろしい言葉を反芻する。
(え……何この人? もしかしてラムロンさんのこと好きなの? こんな綺麗で、何でもできそうな人が、あんなボンクラそうな人を……!?)
空気の落差に平常な判断力を失ってしまったリザは、次の瞬間、続けて地雷を踏むことになる。
「あの、ナフィさん」
「ん、どうしたの?」
「その……もしかして、ラムロンさんと昔付き合ってたりとか……」
「はっ?」
「えっ?」
再びの静寂。そして、これまた再び、ナフィはリザに掴みかかった。しかし、そこにあったのは殺気ではなく悲しみだった。彼女は涙目になりながらリザの肩を激しく揺すり、震えた声を漏らす。
「ねえどっから昔って単語が出てきたの? それに、てた、って何ッ!!? なんで、なんで過去形なのおぉッ!??」
「ひえええぇぇぇ―ーーッ!! ち、違うんですッ!!」
(えぇぇッ!!? なになに、もしかして現在進行形で付き合ってたのッ!!? いけない、さっさと修正しなくっちゃ……)
大粒の涙をポロポロと流すナフィを落ち着けようと、リザは必死に言葉を紡ぐ。
「ほほっ、ほらあの、ラムロンさんがナフィさんのこと知り合いって言ってたもんですからッ!」
「え……しり、あい……ラムが私を……あっ、そう」
結果として、リザの言葉はナフィの涙をせき止めることには成功した。しかし、今度は失意の空気がナフィを覆い始める。彼女は焦点の合っていない目で虚空を見つめながら、うわごとのように呟く。
「は、はは……知り合い、ね。私とラムが、知り合いどまり……? くく……あんなことやこんなこともしたのに……」
(あんなことやこんなことって何ですかあぁァーーッッ!!? っていうか、すごいショック受けてる。とりあえず何とかして励まさないと……)
リザはできるだけ込み入った事情に触れないようにしつつ、自分の言葉を訂正する。
「あ……あの」
「何?」
「たっ、多分アレじゃないですかね? アレですよ……ぇと、ラムロンさんとナフィさんの間柄を一言で説明するのが難しかったんじゃないですか? それに、きっと私みたいな子供に言うのは照れ臭かったんですよ……はは」
乾いた笑いを上げながら、リザは恐る恐るナフィの表情をうかがった。三度目の静寂。もしやまた何か踏んでしまったか、リザがそう不安になった時、ナフィが顔を上げる。
「そう……そうよね! いやー何不安になってんだろ。ラムが私のこと嫌いになるわけないもんねぇ~。私達二十半ばとかだから、結婚とかも視野に入れなくちゃいけなくて、最近ちょっとだけ距離感が微妙なだけよ」
「は、はは……そうなんです、ね」
(そ、そんなに仲良かったの……。全然そんな風には見えなかったけどなぁ……)
リザは記憶にある二人が並んでいる様を思い浮かべながら、苦笑いした。
「薬ももうできたみたい。騒いじゃってごめんね、リザちゃん」
「い、いえ……大丈夫です」
機器から薬を取り出して用意していた紙袋に入れるナフィの背を、リザは遠い目で見つめるのだった。
(何から何まで完璧な人っていないんだなぁ)
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