第9話 背伸びするガキと大人気ないオッサン

 一同がそれぞれ一杯飲み終えると、三人はリザの先導で彼女の暮らす家へ向かっていた。目的はもちろん、リザの母親の容態をナフィに見てもらうことである。

 そんな風に街を歩く中、ふと、リザの頭の中に疑問符が浮かび上がった。彼女は後ろを歩くナフィとの距離を確認すると、隣のラムロンに小声で話しかける。


「ねぇ、ラムロンさんはナフィさんとどういう知り合いなの?」

「どういうって、急になんだ? まあ、ちょっとした幼馴染ってヤツだよ」

「にしては、さっき口数少なかった気がするけど? 何か後ろめたい仲なんじゃない?」


 リザは少女らしい好奇心でラムロンの顔を見上げる。だが、彼の反応は渋いものだった。


「あん? ちげえよ。つかなんだよ後ろめたい関係って」

「う~ん、元々付き合ってた……とか」


 リザがそう口にした瞬間だ。ラムロンは直前までの表情を消し飛ばし、お前何言ってるんだ、というイラつき混じりな顔でリザを見下ろした。そんな彼の反応を見たリザはというと、コロコロと笑いながら煽りの言葉を口にする。


「ジョーダンジョーダン! そんなわけないよねぇ? あんな綺麗な人とラムロンさんが釣り合うわけないしね~」

「チッ、バカが……つか、お前なんでナフィには敬語で俺にはタメ語なんだよ!」

「え、なんか……雰囲気? ラムロンさんってなんかガキっぽいし」

「ガキはテメェだろがよ。いい年してママがいねえと薬も買えない乳臭いガキのくせになあ!」

「ああぁんッ!!?」


 ガキっぽいという表現は適していると言えるだろう。自分より一回り年下の子供に本気になって煽りを返すのだから。


「私から見たら、どっちも子供に見えるよ」


 往来の真ん中で、歩きつつではあるものの言い争いをする二人を見苦しく思ったのか、ナフィがその間に入る。


「まあリザちゃんはしょうがないとして、ラム。子供に本気にならないでよ。恥ずかしくないの?」

「え、や~別にいいじゃねえか。それに、俺がこいつくらいの歳の頃はもっとちゃんとしてたぜ」

「どうだったかな。確か、夜に一人でトイレに行けなかったってことは覚えてるけど?」

「ちょっ……!」


 突然の暴露に、ラムロンは顔を青ざめさせる。そして、それを見逃さなかったのはリザだ。


「え~? ラムロンさん夜中にトイレ無理なのぉ?」

「バッ……昔の話だっつの!!」

「昔って言ってもなぁ~? 私、何年も前から普通に行けてたしなぁ~」

「こんのクソガキが……!」


 恥と怒りで顔を真っ赤にするラムロン。それをいじくり回すリザ。ナフィはそんな二人を少し距離を置いたところから見つめ、傍観を楽しむのだった。




※ ※ ※




 三人がバーを出発してからしばらく。ラムロン達はリザの家を訪れていた。


「ただいま、お母さん」


 玄関をくぐって少し進むと、寝室に母親の眠っているのがあった。額には濡れたタオルが置かれ、ベッド脇の棚には既に氷水に浸した別のタオルが用意されていた。リザは寝室に入るとまずはそれを入れ替える。


「食事はリザちゃんが用意してたの?」

「はい。お粥とか、そういうの」

「薬はわかんねーのに料理は作れるんだな」

「寝小便おじさんに言われたくないわ」


 ラムロンとリザが小言を言い合う中、ナフィは一人、眠っている母親の状況を確認する。熱の有無、喉の状態、脈の乱れ、時折リザにどんな症状が出ていたのかも確認しつつ、診察は進んでいった。

 

「どうだ、治せそうか」

「……うん、大丈夫。重い病気じゃない。その辺で薬を調達して少し手を加えれば問題ないかな」


 ひとしきり母親の様子を見終えたナフィは、ラムロンの問いに頷いて示す。


「本当ですかッ!? ありがとうございます!」


 治療の見当がついたと知ると、リザはパッと満面の笑みを浮かべ、ペコリとナフィに頭を下げる。


「お礼はいいよ。できることをしてるだけだから。さて……じゃあ私は薬を買いに行ってくるね」


 母親の様子を見るために膝をついていたナフィは立ち上がり、外に向かおうとする。

 その時だ。リザが足早にナフィの背後に回り、声を上げる。


「あのっ、私もついていっていいですか?」

「ん……どうかしたの?」

「どうっていうか、なんていうか、うーん」


 衝動的に声を上げたものの、自分の欲求の言語化にリザは詰まる。そんな彼女を見たナフィはフッと微かに笑みを浮かべ、その小さな肩に手を置いた。


「いいよ、ついておいで。職業見学の一環だね」

「……! はいッ!!」


 ナフィの言葉にリザは大きく頷く。リザの表情には疲れこそあるが、自分の憧れが明確に定まった喜びも含まれていた。

 こうしてリザを受け入れ、彼女と共に再び外に出ようとしたナフィは、ふと振り返ってラムロンの顔を見る。


「俺が面倒みとくよ」

「おねがいね。さ、いきましょ」


 ひと目でナフィの意図を理解したラムロンは彼女達を送り出し、この家に残る選択を取るのだった。

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