第8話 女の子はレディに憧れがち

 リザを落ち着かせてから、ラムロンは彼女を連れて街を歩いていた。明確な目的地があるのか、彼は通りの上で迷わず歩を進めている。詳しい方針を聞かされていなかったリザは、母の薬をラムロンが見繕ってくれるのかと問う。


「で、ラムロンさんは私達亜人の薬に詳しいの?」

「いや全然?」

「は……? じゃあなんで力になれますみたいな空気出してきたの?」

「まあ、そういう知り合いがいるっていうかな……。頼りになる奴だから信じてくれていいぜ」


 ラムロンは楽観的な様子のまま頭の後ろで手を組み、不安そうな様子を一切見せない。


「……大丈夫かな?」


 自分の母親が病に倒れている中、頼れるのは目の前のだらけた風貌の男一人。よるべのないリザは不安を感じずにはいられなかった。

 そんなリザを連れてラムロンが向かったのは、一軒のバーだ。昼間から目につくピンクの電光掲示板が激しく主張している。


「その頼りになるって人はここにいるの?」

「そうだ」

(……ここ、バーだよね。昼間っからお酒飲んでる人ってこと? 本当に大丈夫?)

「ほら、入るぞ」


 リザの中の一抹の不安が明確な不安へと移り変わる中、ラムロンはバーの扉を開いてズカズカと店内に入っていく。リザも身を小さくしながらその後に続いた。

 中は看板の様子とは違って物静かな酒飲み場という風体だ。木製のカウンター奥に、ピンクのエプロンをつけた筋肉質の男がいる。


「あら、ラムちゃん久しぶり。なんだか可愛らしい子を連れてるのね、ベビーシッター?」

「そんな所だな、マスター。で、酒を飲みに来たわけじゃないんだけどよ……ん、リザ?」


 ラムロンが振り返ると、リザは何やら怯えた表情でマスターを見つめていた。筋骨隆々な体にピンクのエプロンを付けているのが気にかかったのだろう。彼女はラムロンの服を力なく引っ張り、コソコソと震えた声で話す。


「ら、ラムロンさん。あの人、なんであんなゴツいのにあんな可愛いエプロン付けてるの? フリフリの……」

「あん? マスターはそういう奴なんだよ」

「いっ、意味わからない……。ゴリラが化粧してるみたいなもんじゃない」


 失礼が過ぎる話をしていると、二人の様子が気になったらしいマスターが声をかけてくる。


「どうかしたの? 怖いことでもあった?」

「いい、いえっ、何でもないんです」

「ガキなのにこんな所来ちまって不安なんだってよ」


 ラムロンは委縮して震えているリザの前に立って、適当に誤魔化してから本題に入る。


「それで、マスター。今日、ナフィは来てるか?」

「ああ、んふ……あっち」


 ラムロンが会いにきたという頼りになる人物の名前を出すと、マスターは小さく笑って店の奥の方を指差す。彼が示す先には、隅のソファ席で酒を少しずつ飲んでいる一人の女性がいた。


「よし、ありがとな。マスター」

「飲み物はいる?」

「じゃあいただくよ。俺は水、こいつは……」


 ラムロンは隣のリザを覗き込み、注文を促す。


「え、えと……オレンジジュースありますか」

「ふふ、用意するわね」


 二人の注文を受けると、マスターはカウンターの奥に引っ込んで品物の準備に入った。それを見送ったラムロンは、リザを連れてナフィという女性の方へと向かった。

 席の近くにまで二人が行くと、ナフィが顔を上げる。薄緑の髪を纏う、整った顔の女性だ。少しよれた白衣を身につけている。


「しばらくぶりね、ラム」

「ああ、ナフィ。……こっち、座るぞ」

「どうぞ」


 席についても、ラムロンとナフィはお互いに余計な言葉を交わすことはしなかった。自分にとって近しい関係にない二人組の間に挟まる、という状況に放り込まれたリザは、緊張して口を開けずにいた。ナフィはそんな少女にチラと目を向け、囁くような声で問いを投げる。


「その子はどうしたの?」

「ああ、今日の仕事でな。病気の母親の薬を探してるらしいんだが、ナフィの力を借りたくてよ」

「そう」


 あまり親密そうにも見えない二人の無機質な会話。リザはどうしたものかと、運ばれてきたオレンジジュースをチビチビと飲みながら考えた。

 そんな時、ナフィがストローにしがみつくリザに声をかける。


「あなた、名前は?」

「え、あ……リザっていいます」

「リザちゃん、ね。私はナフィ、この辺りで医者をしてるの。あなたは……見た感じ、レプティルの二型かしら。お母さんとは、食べるものも使う薬も一緒だった?」

「えと、確かそうです」

「ん~、なるほどね」


 ナフィは酒を一口含むと、優しい口調でリザに問いかける。


「オッケ。じゃああとは、実際に君のお母さんの容態を見せてもらおうかな。いいよね?」

「え、あ……もちろん、です」


 母親のことがあるからか、リザは未だに不安そうにしていた。そんな彼女の様子を見てとったナフィは、小さく首を傾げてリザの顔を覗き込む。


「お母さんが心配?」

「は、はい」

「そうだよね。ま、診てみないと何とも言えないけどさ。私が何とかしてあげる。安心して。これでも昔は、凄腕の医者って言われて引く手数多だったから」


 ナフィは歯を見せて無邪気な笑みを浮かべる。落ち着いた雰囲気の彼女が見せたその隙のある笑いは、リザの緊張を解きほぐす。


「あ……ありがとうございます!」

「うん。じゃ、リザちゃんがジュース飲み終わったら行こっか」

「は、はい!」


 リザはナフィの言葉に元気よく頷くと、目の前のジュースを一気に飲み干すのだった。

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