第6話 結婚と子作りは計画的に、なにより幸せを第一目標に

 時は遡り、ラムロン達が運び屋のトラックで移動していた時のこと。大金を前にしたドグとフォクシーがどぎまぎしているのを見たラムロンは、呆れたように頭を抱えた。


「なんで異種の亜人同士の子作りが禁止されてるのか、本当に何も知らないままだったんだな」

「そういや、気にしたことはなかったすけど……どうして、なんですか」


 ラムロンの言葉に応じ、ドグが問う。フォクシーも彼の隣で静かに頷き、これからの話を一言たりとも聞き逃さないように神経を集中させた。


「お前達のような二人の間に生まれる子供は……出産自体うまくいかないことがある。同種の亜人同士、人間同士のよりずっとな」

「それは、私たちも少し調べたので分かります。ですが、それさえ乗り越えれば……」

「乗り越えた所で、その先はもっと大変だ。……知ってて決意して、ウチまで来たと思ってたが、どうも違うらしいな」

「……な、なんですか」


 ラムロンの態度は、初めに二人からデキちゃったという報告を受けた時とは違っていた。呆れや怒りではなく、そこには見定めるような表情があった。


「子供が生まれたら、お前らのどっちになると思う。答えは、どっちにもならない、だ。どっちもの生態的特徴を持った子供が生まれる。ただし、完全にじゃない。どこからどこまでが混ざってるのか判別できない。それがどのくらい大変なことか、想像つくか」


 目を丸くしている二人に、ラムロンは淡々と語り続けた。


「周りの子供と違くて疎外感がどうのとかはもちろんある。だがそれ以上に、食べちゃいけないもの、使う薬、その何もかもが分からない状態からスタートするんだ。お前ら二人の種族の情報を参考にすることもできるが、絶対とは言えない。何の気なしに口にさせたもんが子供に有害になることだってある。……そもそも、亜人に対する医術だなんだってのは、人間に対するものより進化してない。なら当然、その影響がお前らの子供に色濃く出るのも分かるだろ?」


 ドグとフォクシーは想像していなかった。自分達に子供ができてしまったという現状に対する対処で頭がいっぱいになっていたのだろう。そんな彼らに、ラムロンは隠すことなく事実を告げる。


「対処するには金も対策も必要だ。お前らとその子供には、他人の助けを選りすぐってる暇なんてない。もし、今の話を聞いてその気がなくなったんなら……この金は、さっきフォクシーが言ってたことに使った方が良い」

「…………」


 子供をおろすという選択肢。残酷ではあるが、しかし、それ以上に現実的な解決方法だ。それを思い出させられたドグは、一瞬、言葉に詰まった。

 彼の迷いを見て取ったラムロンは、改めて切り出す。


「どうする。今ならまだ間に合うぞ。車を停めて……」

「やります」


 答えたのは、フォクシーだった。弱気、神経質、そんな風な印象を彼女に抱いていたラムロンは、真っ先に口を開いた彼女を驚いた目で見つめる。

 フォクシーの目に、およそ迷いと取れる色はなかった。


「確かにこんなに早く子供ができたってことは、少し想定外でしたけど……いつかは、そうしたいと思ってました。もし今回のことがなくて、ラムロンさんにお話しいただいてなかったとしても……いつか、同じ決断をしていたと思います。大変なのは、分かりました。ラムロンさんが誰より心配してくれていることも」


 フォクシーは隣にいるドグの手を取った。呼応するように、ドグの目にも決心が宿る。


「ご心配ありがとうございます。でも、やります」

「……俺も同じ気持ちっす。絶対、フォクシーとこの子を、死んでも幸せにします」


 命の宿ったお腹の上には、フォクシーの柔い優しさを持つ両手と、ドグの決心に固められた拳があった。


「それで、いいんだな」


 ラムロンの再三の確認に二人は同時に頷いて返した。その意思をしかと確認したラムロンは、ドグが手で握ったままだった大金の入っている封筒を示す。


「分かった。なら、その金は大事にとっとけ。これから嫌ってほど必要になるからな」

「は、はい……。でも、やっぱり多いですね」

「俺達、何も払えるもんないし……あ、そうだ」


 100万という大金に対して何か返礼はできないかと考えた時、ドグはふと一つ案を思いつく。彼はその考えを出し渋ることなく、すぐにフォクシーと相談し始めた。


「なんかあるのか? 別に礼なんていいんだけどよ」


 何かあるならもらってはおきたい、ラムロンは若干の期待を含んだ目で二人を見た。ちょうど話し合いが終わったようで、フォクシーはドグに頷いてみせると、懐からひとつの指輪を取り出す。そして、それをラムロンへと差し出した。

 

「え……俺? 渡す相手大胆に間違えてないか? 浮気にしちゃ堂々としすぎだしよ」

「ちっ、違いますよッ!!」


 あまりの大きな誤解にフォクシーは顔を真っ赤にして指輪を引っ込めた。そんな彼女をフォローするように、ドグは自分達の意図を軽く話す。


「俺達、こういう小物の加工の仕事してて……んで、それは俺達が一緒に作った指輪です」

「ほー。亜人にしちゃ珍しい仕事だな。しっかし、指輪ね……これ、お互いに渡すものじゃねえのか?」


 これから子供産んで結婚します、という二人から指輪をもらうのはなんだか気が引ける。そんな顔をしているラムロンに、フォクシーが笑って言葉を返す。


「いえ……その時が来たら、お互い自分で作ったものを渡そうってお話になってますから、大丈夫です」

「その指輪、いつかラムロンさんに好きな人ができたら、渡してあげてくださいよ」

「……えっ」


 ドグが口にした言葉を耳にすると、ラムロンは呆けた声をあげて固まる。鳩が豆鉄砲を食らったような丸い目をして、彼の口はポカンと開いたままになってしまっていた。


「ああいやすみませんッ! 思い上がってましたよね!? その……別にそんな大層に扱っていただかなくても大丈夫ですけど、はい……溶かしていただいても大丈夫です、はい」


 ラムロンの返事が来ないのを自分達の指輪が不出来なものだったからではないかと考えたフォクシーは、青ざめた顔で言葉をまくしたてる。


「いやそんな風には……ふっ」


 正気を取り戻したラムロンは、フォクシーの発作に対して笑顔で答えた。


「ありがとな。大切にとっとくよ。そん時が来たら、渡すことにする」




※ ※ ※




 ひと仕事を終え、一人で事務所に座っていたラムロン。彼はトラックでのやりとりを思い出して柔らかい笑みを浮かべる。そうして、手に持っていた指輪をそっと、机の上の写真のそばに飾るのだった。

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