第5話 歳を食うと涙腺が緩くなる
「とまあ、そういうわけで……」
「いい話だなあぁぁ〜! ぐずっ、えぐッ……」
グレイに署の取調室まで連行されたラムロンは、素直にことの次第を説明した。無論、ドグとフォクシーの身に危険がないことを確信しての行為である。
グレイはラムロンの話を大体聞き終えると、顔面を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして泣き出していた。
「うぐっ……その二人、幸せになってるといいなぁ! 俺も微力ながら二人の幸福を祈らせてもらうとするぞぉ」
「あ、ああ。俺も同じ気持ちだよ」
「ほんと、ラムはすげえよなぁ……えぐっ。辛い立場の亜人を助けてヨォ〜……」
「大したことじゃねえよ。たまたまできる立場だったから」
「大したことだろうがッ!! 誰にでもできることじゃねんだよそれはよォ〜……グズッ、うおおオォォん……」
検問前で部下達に見せていた厳格そうな態度はそこにはなかった。今の彼は、ただただ他人の幸せのために濁流のような涙を流す一人の男に過ぎない。
この男、グレイがどういう人柄なのか予め分かっていたラムロンだったが、その余りの号泣ぶりに彼は面食らっていた。
「んじゃ、仕事も終わったことだし俺は帰るわ」
一人で咽び泣いているグレイに付き合う必要もなさそうだと、ラムロンは立ち上がってそそくさと取調室を立ち去ろうとした。
「いや待て」
ラムロンが出口の前に立ったその瞬間、グレイが泣き声を止め、平坦な声でラムロンを呼び止める。
「確かにお前のしたことはいいことなんだろうが、それはそれとして俺は警察だ。犯罪を取り締まらないわけにもいかん」
「え……どう考えても見逃す流れだったじゃねえか」
「その亜人二人はな。ただ、お前は違う」
「えぇ〜」
頑なな態度を取り戻し、警察としての立場に戻るグレイ。しかし、そんな彼を前にしてもラムロンが恐れることはなかった。
「まあしょーがねーなぁ。通りの騒ぎのことだろ?」
「ああ。お前が通行人の女性に手を出したことについてだ」
「んな痴漢まがいなこと俺がするわけねえだろ?」
「いやどうだろうな。少なくとも上半身裸で騒ぎ回ったことは間違い無いんだろう? それに、お前が変態なのは前からのことだ」
「……どういう意味だっつの」
疑いの目を向けてくるグレイを前に、ラムロンは大きくため息をついた。
(もー少しゆっくり考える時間がありゃ、もっとマシな作戦立てられたんだけどなぁ〜)
その後、ラムロンは取調室の席に戻り、尋問と事情聴取が終わるのを退屈そうな顔で待つのだった。
※ ※ ※
結論から言うと、ラムロンはなんの罰則も受けずに警察署から解放された。理由の大部分は、被害者女性がこれといった被害を主張しなかったためだ。グレイの部下が見つけて連れてきた彼女は、通りで騒いでいたのが嘘のように、特に何もなかったと供述したのだ。
おかげで、ラムロンは日が暮れる頃には事務所に戻ることができた。往来の中で自らを堂々と主張する「亜人相談事務所」の看板をチラッと見上げると、彼はそのまま中に入った。
「ただいま〜」
誰もいない事務所。灯りをつけてもラムロンの声に応じる者はいない。彼は物悲しいこの状況に一つ息を吐き出すと、事務所のソファにドカッと腰掛けた。
「…………」
そんな時、ふと彼は思い出したように懐に手を突っ込んだ。彼がポケットから取り出したのは、指輪だ。質素なつくりながら、丁寧に刻まれた彫刻がしかと主張する作品。これは、あの二人からもらったものだ。
(うまくやれよ)
指輪を見つめながら、ラムロンは彼らからこれを受け取った時のことを思い返した。
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