第4話 痴漢ダメ絶対!

 ラムロン、ドグ、フォクシーの三人がトラックに乗ってしばらくした時分。ダイバーシティ外部へと繋がる検問では、内外への車両の出入りを警察が管理しているのがあった。ただ、その周囲の雰囲気までもがすべて厳格なわけではなく、検問の内側には外部からの来客を迎え入れるかのように華やかで騒がしい店が立ち並んでいる。人の行き来もそこそこだ。


 そんな往来に、一台のトラックが現れる。ラムロンの知り合いの運び屋だ。トラックは一直線に検問へと向かっていく。


「止まってください」


 検問の目の前に差し掛かると、近くで待機していた警察が両手を広げてトラックを止め、運転手に声をかける。


「載せてる荷物の資料を確認させていただきます」

「これだ」


 運び屋が車の窓から貨物資料の書かれた紙束を差し出すと、警察はそれを受け取り、内容をチラチラと確認しながら形式的な質問を投げかけていく。


「えーっと……車に乗られているのはあなた一人で間違いありませんか?」

「ああ」

「亜人は乗ってませんね?」

「もちろん」

「ここに書かれてるもの以外がないかどうか、私が確認します。よろしいですか?」

「チッ、なあ急いでるんだ。早くしてくれねえか」

「あっ……す、すみません! 分かりました」


 運び屋の苛立ちを隠さない様子に警察は気圧され、さっさとトラックの後方へと回る。彼は貨物資料を片手に、トラックの帳をどけて荷台へと足を踏み入れた。

 荷台には、大きな荷物がいくつも並べられていた。埃っぽい空気と、足の踏み場に困るほどの量に警察は思わず顔をしかめる。だが、彼は真面目だった。


「えっと、これは……よし、個数あってる。次は……」


 警察は手元の資料と荷物の内容を一つ一つしっかりと確認していく。普通ならザッと粗く確認するような作業まで、彼は具にチェックを入れていた。


「おい、早くしてくれよ!」

「ちょっと待ってください。あと少しですから」


 運び屋の声がトラック内に響く。早く出たくてしょうがないというようだ。警察は適当に彼に返事を返しつつ、歩を進める。

 だが、彼が荷台の最奥部に踏み込もうとした、その時だ。


「きゃあああぁぁぁァーーーッ!!」


 外から女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。荷物の監査をしていた警察だったが、その声を聞くと、作業の手を一旦止めて荷台の外へと飛び出す。


「……ン?」


 帳(とばり)を払った瞬間、警察の目に飛び込んできた外の状況は、一瞬彼から思考の余裕を奪った。

 上裸のラムロンが、通行人の女性の肩を掴んで言い寄っていたのだ。


「よぉべっぴんさん。今から俺とどっか行かない? 後悔させねぇぜ」

「何言ってるんですか気持ち悪いッ!? 誰か助けてくださいッ!!」


 被害者の女性は奇声を張り上げて周囲に助けを求める。その声に応じ、通行人の何人かが女性からラムロンを引き離そうと彼の肩に手を置いた。


「おいアンタ、酔っ払ってんのかは知らねえけど……」

「うるせえなぁッ!! アンタには関係ねえだろうヨォッ!!」

「……仕方ねぇ。こうなりゃ腕ずくで」


 通行人の男がラムロンを押さえ付けようと、両手を広げて向かっていく。だが、ラムロンはそれを酔っ払っているとは思えない身のこなしで避けた。


「ぬっ……!?」

「鈍臭いな、アンタ」

「……お前」

「ほらほら! 俺のこと止めたいんだったら力づくできてくれよ!」


 ラムロンは最初に言い寄っていた女性から手を離し、辺りの人々に自分を捕まえるように呼びかけた。上裸の変態がしてきた挑発というのも相まって、彼を取り押さえようとしていた男達にも火がつく。


「なんだアレ……?」


 荷物確認作業中の警察の目にはそれが、上裸の変態が男達の突進をひらりひらりと躱わす謎の光景として映っていた。


「何やってんだ、こっちはずっと待ってんだぞ!」

「あっす、すみません! ちょっと問題が起きまして……頭イカれてんなぁあの変態……少々お待ちを」


 警察は運び屋の荒い声に最低限の言葉で返すと、変態を取り押さえるために無線機で応援を呼んだ。


「ったく」


 テンヤワンヤの一部始終をトラックの運転席から見ていた運び屋は頭を抱えてうなだれる。一見は騒ぎと無関係そうに見える彼だが、亜人の運搬をしている彼にとって、今の状況は卒倒ものだ。


(あいつムチャクチャ過ぎんだろ!? 策ってこれのことかよあまりにもゴリ押しじゃあねえかッ!? クソ、こんなんでもし捕まっちまったらどうするってんだ……)


 予め、検問に差し掛かった時には警察の目を引くとは言われていた。だが、それがこんな雑なやり方であると知らされていなかった運び屋は、サイドミラー越しに見える上裸のラムロンに悪態をつくのだった。

 そうこうしている内に、検問の一人が呼んだ応援の警察が通りに駆けつける。


「一般人は下がっていてください。不審者は私達が取り押さえます」


 彼らは宣言すると警棒を取り出し、ラムロンへ向けた。


(よし、あの検問の奴がこっちに応援に来るまで後もう少し粘れば……)


 五人の武器を手にした警察は、一斉にラムロンへとかかっていく。だが、彼らの得物が標的を捉えることはなかった。


「くっ、素早い……」


 ただの変態とは思えない軽やかなステップでラムロンは攻撃を躱わす。彼の顔には一筋の焦りもなかった。


「こんな変態一人に手こずるなんて、警察も大したことないねぇガハハ」

「言わせておけば……」


 ラムロンの挑発的な言動に、若い女性の警察が警棒を振りかざす。だが、怒りに任せた単調な攻撃は空を切るだけだ。


「せっかく可愛いのに鬼みたいな面すんじゃねえよ。いや、鬼ごっこみたいなもんだから再現度を高めてるのか?」

「なっ……黙りなさいッ!」


 婦警はからかわれると顔を真っ赤にして高い声を上げた。そして、自分達の力だけではラムロンを捕縛できないと悟ると、トラックの停まっている検問の方を振り返る。


「あなたも手を貸してください!」

「え、僕ですか?」


 捕縛の様子を見ていた検問の警察に声がかかる。彼は騒ぎを遠巻きに見るのに夢中で、まだ荷台の奥までは見ていなかった。


「ま、まだこの車両の確認が……」

「そんなのはいいから、早くこっちに!」


 救助要請と検問の業務に挟まれた男性警察は、どちらを優先しようかと目を白黒させる。そんな彼に、運び屋が一言投げた。


「早く行ってやれよ。つか、俺も急いでんだ。荷物自体は問題なかったろ、な?」

「……わ、分かりました。通って大丈夫ですよ」


 少しの逡巡の後、男性警察は運び屋に通ってよしとの判断を伝える。


「よしきた!」


 運び屋はゴーサインが出ると、真っ先にアクセルをベタ踏みし、検問をぶち抜いた。こうして、ドグとフォクシーを乗せたトラックは無事に街の外へと逃げおおせたのだった。

 そうしてトラックを見送った後、男性警察は助けを求められた往来へと走って向かう。だが、そこには彼が想像していたような光景はなかった。


「……いや、あなたさっきまで女性に痴漢してたでしょうがッ!!」

「いやしてないっつうの。アレはちょっとした勘違いってやつでよ」


 そこに上裸の変態はいなかった。ラムロンは目的であるトラックの検問通過を見届けると、すぐさま上着を身にまとい、警察の拘束及び聞き取りに応じていた。その転身ぶりは誰もが混乱を起こすほどのものだ。


「勘違いで悲鳴はあがりませんから!」

「あげる奴もいるだろ。ちょうどアンタなんて、ちょっとしたことで勘違いしてそうだ。いるんだよなぁ〜少しケツに手が当たったくらいでキャンキャン喚くヤツ。自分の魅力を考えてから言ってくれっつーの」

「は……はァッ!!? なっ、なんなんですかあなたその態度は!?」


 ラムロンは警察に対しても一切緊張することなく振る舞っていた。曲がりなりにも、不審者扱いされて警察に連れていかれそうになっている者の行動とは思えない。こんな状況に慣れているのだろうか。

 と、警察達がラムロンをこれからどうしようかと悩んでいた、そんな時だ。


「また何かやらかしたのか、ラム」


 ラムロンを呼ぶ声が警察達の後ろから響く。その声に聞き覚えがあったのか、ラムロンは顔をしかめて声のした方へと目を向けた。


「グレイ……」

「警部、いらっしゃったんですか」


 銀灰色の髪の男、グレイ。警察達は彼を警部と呼んだ。

 グレイは往来に現れるやいなや、ラムロンへと早足で近付き、その腕を掴む。


「な、なんだよ」

「話は聞かせてもらうぞ。署まで来い」

「……任意? なら断らせて……」

「強制だ」

「はい……」


 警部ともなると侮れないのか、ラムロンはグレイに逆らわず、その指示に従うのだった。

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