「帰宅部は賢い」ってソース出せ!:02


 放課後、うみねは約束通り、三角関数特訓講座を開催した。駅前のマックで。私はマンツーマン講義がよかったのに、帰り支度をしていると人気講師のうみねは3人のクラスメイトを連れてやってきた。


「まじで新発売のフラッペうますぎだろ」

「てめ、シェイクなめんなよ。俺は浮気しない」

「家入さんポテトもらうよ」

「……あーい」


 


 私は無気力に応じる。うみねが連れてきた野球少年三人組はまったく勉強する気がないようだ。久々のマックをエンジョイしている。


「野球部って部活動後寄り道できないんだってね」うみねが微笑まし気に三人組を見た。

「そうそう。休みも週一あればいいほうだし」

「え、それって一週間7日の計算で?」

「帰宅部の家入には一生わからないだろうよ、この苦しみ…」

「そして奇跡的に生まれた休日で行けるマックの青春感!」

「まあ、俺は野球好きでやってるからいいんだけどな」


 私のポテトをつまみながら、三人組の一人、一番背が高くて肩幅が広い、もちろん丸刈りの足立がぽつりと言った。


「そっかー、足立はキャプテンだもんね」

「「足立だけかっこつけてずるい!!」」

 

 野球部残りの二名が口を揃えて言った。いやいや、と足立は首をふる。

「俺はなんでも、精一杯やりたいんだよ。全力を出せたらそれでもいいし、あわよくば、結果が欲しい」

 足立は冷静な男で、人望も厚い。だから他薦で野球部のキャプテンになっただけでなく、春の学級委員決めで女子一名男子一名を選出するときには男子枠でうみねの次に票を集めた。僅差だったらしい。


「いいな、熱い男」

「え、あんなは足立みたいな熱血漢がタイプなわけ」

 私が足立の内に秘めた情熱に圧倒されてぽろっとこぼした言葉にうみねが反応した。「おお、カップル誕生か?」なんて下衆な顔をしている。


「いや、そういうんじゃなくて。熱中できることがあるって素直に羨ましいじゃん」

「家入さんも、部活に入ったら? 少し興味ある程度のことでも、飛び込んでみたらはまるかもしれないし」

 私は部活に所属していない。つまり帰宅部だ。気になっていた部活はあったが、結局入部のタイミングを逃してしまった。


「ま、家入は帰宅部で、頭いいんだろうし、俺らも三角関数できるようにしてもらおうぜ」

「うわ出た、帰宅部賢いっていう謎理論。あんたら私の成績知らないでしょ」

「じゃあ帰宅してなにしてんだよ」

「昨日は……」


 昨日は帰宅後、偶然やっていた相棒シーズン4の再放送を見て、同チャンネルを垂れ流したままソファで寝ていた。バイト終わりの兄が私の尻をクッションにしながら、金融と世界情勢を取り扱うニュースにチャンネルを変えていたのを夢かうつつか、覚えている。ごはんよーというお母さんの声に叩き起こされて、おいしいタコライスを食べ、風呂に入り、授業課題を開いたところでなにもわからなかったので申し訳程度に薄い字で答案を書いて寝た。つまり、特になにもしていない。


「どうせなんもしてないんだろうな、あんなは」

「うっさいなうみね。相棒見たわ、シーズン4」

「帰宅部って賢いんじゃねえのかよ」

 

 うちの高校で蔓延する偏見「帰宅部は賢い」は、まったく見当はずれな考えだ。もちろん大学受験を見据えてわざと部活に入らないという道を選んだ生徒もいる。彼らの学力は相当高い。しかし、そういう意識が高い連中ばかりではないのが帰宅部の内情だ。そもそも時間がない!と焦っている部活で忙しい人たちのほうが、常に危機感をもって勉強しているから成績がよかったりする。

 

 まったくこの野球部たちは世の偏見に惑わされすぎているまっすぐな奴らばっかりだ。私は大いにあきれてしまう。


「帰宅部は賢いってソース出せ!!」

「いや、特になにもしないなら帰って勉強して賢くなれよ!」

 

 にらみ合うふわふわロングヘア女子高生と照り輝く坊主頭の男子高校生。

 卓上の課題は全くと言っていいほど進んでいない。


「まあまあ、あんな、今から本気出すよな」

 

 うみねが仲裁に入った。私は数学の教科書をめくりsinとcosの図を探す。シャーペンを回してやる気を注入。教科書にはいくつものグラフが並んでいる。どれがどれかなんて私には判別できない。できないけど。


「うん、今から本気出す。うみね、とりあえずこれ、どっちがsin?」

「やっとやる気に。ほらみんなも早く終わらせよ。えっとねー」

 

 18:40 外は仄暗くなってゆく。

 夏はまだ来ない。




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